昨年のはしご酒の様子。毎年参加店舗と参加者が増えている(写真:「はしご酒」実行委員会提供)

築地といえば、東京の台所・東京都中央卸市場、通称・築地市場のある街として知らない人はいないだろう。実はこの築地で、年に1度「築地はしご酒」というイベントが開催されている。うまいものの街、築地でのはしご酒とあっては、酒飲みならずとも聞き捨てならない。

2014年から始まった築地はしご酒は今年で4回目。読んで字のごとく、築地の飲食店を回り、イベントに合わせて用意された料理や、お酒を楽しむイベントだ。参加料の1000円を支払うと、同イベントに参加している店舗を、はしごしながらその日のための特別メニューを格安で堪能できる。今年は、11月18日に開催される同イベントは、昨年の2000人を上回る2500人が参加する見通しと、結構な盛り上がりを見せている。

市場だけじゃないオール築地のイベント

このイベントの最大の特徴は、「築地2丁目から7丁目まで、築地の街のほぼ全エリアのお店が参加している点です」と、発起人で、実行委員会のメンバーの1人でもある「そば処築地長生庵」の松本聰一郎さんは話す。「その分、参加している飲食店のジャンルが幅広く、居酒屋や海鮮系のお店だけではなく、バーやイタリアンのほか、ラーメン店も参加しています」。

築地というと、場内・場外市場がある4〜6丁目にばかりスポットライトが当たりがちだが、このイベントは市場外築地のお店も参加する「オール築地のイベント」なのである。初年度23店の参加で始まったはしご酒も、回を重ねるにつれて参加店舗が増え、今年は45店舗が参加する見通しだ。

各店舗、この日に合わせて趣向を凝らしたメニューや、当別なお酒を用意するそうだが、どんなメニューが用意されているのかは当日まで明らかにされない。参考までに、昨年のメニューを見せてもらうと、値段はほとんど500円か1000円とリーズナブルながら、店によっては「天然ウナギの塩焼き」や「フレッシュトリュフを使ったパスタ」など、高級食材を使ったメニューなどもある。

築地というと朝のイメージが強く、夜、飲みに行く街のイメージはあまり強くない。にもかかわらず、なぜ「はしご酒」なのか。イベントを始めようと思ったきっかけについて、聞いてみた。

「イベントを始めようと思ったきっかけは、やはり場内市場の移転です」松本さんとともに、はしご酒の発起人の1人で、実行委員会のメンバーも務める「伊藤海苔店」の伊藤信吾さんは言う。

場内が移転すれば、人の流れが変わってしまうのは確実だ。そのため築地で商売をしている人は、以前から大変な危機感を抱いている。実際、移転の話が決まってから、場外市場ではさまざまなイベントを開催するなど、場内市場移転後も街のにぎわいを消さないよう、多様な取り組みが行われている。

「市場外の築地も危機感を抱いているのは同じで、築地という街全体で盛り上がる何かができないかと考えていたのがもともとの始まりです」(伊藤さん)


昨年のイベントで配られたマップ。参加する店は、築地全体に広がっている(画像:「はしご酒」実行委員会提供)

スペイン料理からエスニックまで

築地というと、多くの人が魚を思い浮かべるかもしれないが、実は野菜や肉をはじめさまざまな食材が豊富にそろう、まさに「東京の台所」。ここ数年、そんな豊富な食材を使った飲食店が、市場外の築地にも増えてきている。しかも、すしや海鮮丼といった築地の観光客が好みそうなアイテムの店だけではなく、バーやいろいろな国の料理が楽しめるレストランも数多くある。

正直言って以前の築地は、夜楽しむには選択肢が少なかったのだが、ここ何年間かで大分状況が変わったようだ。「築地には夜のイベントがほとんどなかったのもそうですが、こういう多様性に富んだ飲食店が、築地にもたくさんあることを、多くの人に知ってほしかったというのも、はしご酒を企画したきっかけの1つでした」(松本さん)。

確かに、今回、はしご酒に参加している店舗を見ても、スペイン料理あり、生ハムの店あり、煮込みの店ありと、バリエーションは非常に豊かだ。もし、築地を「生魚を食べに行く街」だと思い込んでいたとしたら、その認識は改めたほうが「はしご酒」をより楽しめそうだ。

はしご酒は、先ほどの松本さんと伊藤さん、そして卵焼き屋店「本玉小島」の小島英明さんの有志3人で話し合って始めたイベントで、今でもこの3人だけで切り盛りをしている。法人化などはしておらず、完全に3人の手作りのイベントで、築地の商店会組合ほか、既存の団体からの支援も、いっさい受けていないという。「街の人からは、時々『お前らよく頑張ってるな!』と声をかけてもらうことはありますが、それだけですね(笑)」(伊藤さん)。


参加者は本願寺で受付をすることになっている(編集部撮影)

今でこそ45店舗が参加する規模にまでなったが、初年度の参加店を集めるのにはかなり苦労したそうだ。「いろいろな店に夜な夜な飲みに行っては、『こんなイベントやるんですけど、参加しませんか?』と声をかける日々が続きました」(松本さん)。

大手チェーンには声をかけない

店選びの際には、自分たちで実際に足を運び、自らの舌で試し、気に入った店のみ参加をお願いしてきたのだそうだ。回を重ねるにつれて、参加したお店がほかのお店を紹介してくれるケースも増え、2年目以降は順調に参加店舗が増えたらしい。

参加店舗リストを見ると、チェーン店など大資本の店や、メニューにすししかない純粋なすし店はない。これらのお店は意図的に声をかけないようにしていて、今後も参加してもらう予定はないそうだ。

実はオール築地のイベントといいながら、昨年までは場内市場の店舗は参加していなかった。が、今年から、「築地魚河岸」のフードコートに入っている4軒も、はしご酒に参加する予定だ。

築地魚河岸は、昨年11月に築地の場外市場内にオープンした新市場。場内市場が移転するにあたり、地元の中央区が造ったもので、1階には50店舗以上の仲卸問屋が店舗を構え、プロ向けの卸売りと一般向けの小売りを行っている。3階にはフードコートがあり、場内市場にあるお店が運営している飲食店4店も居を構えている。

先述したように、これまではしご酒のイベントには、場内市場のお店はいっさい参加してなかったが、今回初めて場内市場の飲食店の参加がかなった。「これで名実ともに『オール築地のイベント』になりました」と松本さんは感慨深げに語る。

また、「エリアが広くなりすぎる」という理由で、初年度は7丁目の店には声をかけなかったが、探してみると実はいい店がたくさんあることがわかった。2年目から7丁目からも参加を募っており、これが参加店舗数の増加につながっている。

「実は、7丁目には1軒、ぜひ参加してほしいと思っている店があって、何度も口説きに行っているんですが、なかなかウンと言ってくれないんです」(松本さん)。来年は5回目ということで、いろいろ新しい試みを企画しているらしいので、そのお店も口説けるよう、陰ながら応援したい。

お客さん同士も仲良しに

はしご酒のイベントも4回目を迎え、徐々に認知度も上がり、それにつれて参加者も増えている。飲み歩きのイベントというと、中高年の参加者が多そうだが、参加者は老若男女さまざま。はしご酒で初めて会った参加者同士が仲良くなったり、毎年参加するのを楽しみにしているリピーターも少なくないそうだ。


はしご酒では、参加者同士が仲良くなることもしばしばある(写真:「はしご酒」実行委員会提供)

はしご酒を開催することによって、思わぬ副産物も生まれた。築地の飲食店は、以前はあまり飲食店同士で交流することはなかったが、イベントをきっかけに人のつながりができ、今では一緒に日本酒の勉強会なども開催するようになったのである。また、はしご酒用に提供するメニュー開発にアドバイスをすることもあり、その中からお店のヒット商品が生まれたケースもあったという。

イベントを通じて地域の交流が深まった築地。今後も地域一丸となって築地を盛り上げることによって、築地が単なる魚市場ではなく、食の一大拠点として知られるようになれば、場内市場移転後も、多くの人が訪れる場所であり続けるのではないだろうか。