「異業種交流会よりもワイン会。ビジネスもうまくいくし、人生も豊かになる」。超人気ワイン漫画『神の雫』の原作者である樹林伸(亜樹直)氏(左)は、ワイン会に出たり企画することを勧める。聞き手は経済キャスターの江連裕子氏 (撮影:文藝春秋社)

ボージョレ・ヌーボーの解禁日は11月の第3木曜日。極東に位置する日本は、世界で最も早くボージョレ・ヌーボーが飲める。今日はまさにその日。仕事帰りにコンビニやスーパーで買ってもいいし、明るいうちから行きつけの店に行くのもいいだろう。そんなタイミングにあわせて、『神の雫』の原作者である樹林伸氏と、経済キャスターとして多くの経営者にインタビューしてきた江連裕子氏の「ワイン対談」をお届けする。

漫画の原作を書くときに「7つのペンネーム」を使うワケ

江連:樹林さんは「7つのペンネームを持つ男」といわれていますよね。たとえば、超人気ワイン漫画『神の雫』(全世界で1000万部以上)では、亜樹直です。

樹林:亜樹直のほかにも、『金田一少年の事件簿』は天樹征丸、『シバトラ』は安童夕馬というようにね。いろいろ書いているので、もし名前を統一してしまうと、1つの漫画コーナーに自分の名前がずらっと並んでしまう。気持ち悪いでしょ。

江連:でも、小説も複数書いていますが、こちらはすべて本名ですよね。

樹林:漫画の場合、名前でゲタを履きたくないから、あえてペンネームを使っている、というのはあるね。つねに新しいペンネームを使えば、読者は新人のように受け止めてくれるし、人気がなくなったら、さっさと連載を休止して、新しい作品を生み出したほうがいい。そのためには、複数のペンネームを持っていたほうが何かと都合がいいんだよ。でも、小説って必ずしも人気の高いものがよい作品とは限らないでしょ。だから、あえて小説は本名でいく。

江連:いちばん有名なペンネームは何ですか。

樹林:やっぱり亜樹直。『神の雫』が世の中に広まってからは、サインを求められたときに亜樹直と書くことが多くなった。

江連:私と樹林さんもワイン会で知り合ったのですが、そもそもなぜワインにハマったのですか?

樹林:もともとワインは結構好きだったんだけど、あるとき、DRC(注:ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティのこと、フランス・ブルゴーニュ地方のヴォーヌ・ロマネ村にある超有名ワイン醸造所)のエシェゾー(注:DRCの中にある500ヘクタール弱のピノ・ノワール種のブドウ畑)に出会い、これを飲んだ瞬間、ワインの虜になった。そこから手当たり次第、いろいろなワインを買い込んでいたら、あっという間に1000本を超えてしまった。

江連:1000本超!

樹林:でも、コレクションするだけではダメ。ワインは飲んでみないとわからない。

ワインは味よりも、イメージのほうが覚えやすい


樹林 伸(きばやし しん)/小説家、漫画原作者、ドラマ脚本家、マルチコンテンツクリエイター。早稲田大学政治経済学部卒業後、講談社に入社し漫画編集者として『シュート!』『GTO』などの大人気ストーリーの制作に深くかかわる。原作者として独立後は亜樹直でワイン漫画『神の雫』(全世界で1000万部以上、フランスで大人向け作品として初の150万部以上発行)、天樹征丸で『金田一少年の事件簿』(全世界で9000万部以上発行)、龍門諒で『BLOODY MONDAY』など、TV化された多くの漫画の原作やその後のメディア展開プロデュースに参画。さらに人気ゲームの原作や小説を発表するなど超多彩なクリエーターとして活躍中。ワインに関しては、ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、サンテミリオン、ボンタン、ボージョレなどの各騎士団からシュヴァリエ(騎士号)を叙勲されている(撮影:文藝春秋社)

江連:ワインって、香りや味わいからいろいろなイメージを広げて、それを表現しますよね。『神の雫』でも、「おお……お」なんて言いながら、「亜麻色の髪をした女性が佇(たたず)んでいる……」なんて、結構気障(きざ)な表現をするわけですが、樹林さんもワインを飲みながら、そんな会話をするのですか。

樹林:まあ、もう少し身近な表現をしますよ(笑)。たとえば、「このワインって、男? それとも女?」ってあたりから始まって、「女かな」となったら、次は「じゃあ、黒髪? それとも金髪?」とか、「肌色は白? 褐色?」というようにイメージを広げていく。味というよりも、イメージでワインを覚えていった。それが『神の雫』のセリフに生かされた部分はあるかもしれない。

江連:『神の雫』や、今回、上梓された『東京ワイン会ピープル』という小説で取り上げたワインは、どういう観点から選んだのですか。

樹林:自分がハマったワイン。『東京ワイン会ピープル』で取り上げたワインだと、第1話の「DRCエシェゾー2009年」は、自分がワインにハマるきっかけになったワインの年違いだし、第2話の「シャトー・マルゴー1981年」(注:シャトー・マルゴーはフランス・ボルドー地域の超有名生産者。ボルドーの5大シャトーの1つ)は、ヴィンテージチャート(注:ヴィンテージとはワインが造られた年を指す。同チャートは、ワインの品質を生産地区や生産年によって評価したもの。チャートの製作者によって、複数評価がある)が82点という平均的な数字なのに、飲んでみると、マルゴーらしいエレガントで美しいワインという印象が強かった。

1983年のほうが、ヴィンテージチャートは95点ではるかに高いのにね。あと、最終話で取り上げた「ドメーヌ・フルーロ・ラローズ・ル・モンラッシェ1991年」(注:ブルゴーニュ地区の生産者であるフルーロ・ラローズの最高級白ワイン銘柄<シャルドネ種>。なおシャトーもドメーヌも共に生産者を表すが、シャトーは主にボルドーで使われ、そのほかではドメーヌが使われる。ボルドーではシャトーそのものが格付けの対象となるのに対し、ブルゴーニュなどの地域では、どのドメーヌがどのワイン畑で造っているかも重要になる)は、ヴィンテージチャートが71点。1991年は白ワインにとって決してよい年ではなかったにもかかわらず、実にすばらしい出来だった。

これ、近所のおすし屋さんで開けたのだけど、グラスに注いだ瞬間、店中にものすごい香気が漂ってね。大将も飲みたがったくらい。だから点数にこだわる必要はないし、大事なのは、そのワインのイメージを表現できているかどうか、だと思う。

たとえば、『神の雫』に出てくる「12使徒」のうち、第1の使徒は、ジョルジュ・ルーミエ(注:ブルゴーニュの超人気ドメーヌ。同ドメーヌ産は世界中の愛好家が血眼になって探し求めるワインといわれる)の「レ・ザムルーズ2001年」(注:レ・ザムルーズは「恋人たち」の意味)にしたのだけど、世間の評価は、1996年、1999年のほうが高い。でも、自分にとってレ・ザムルーズっぽいのはどれかといえば、2001年だったということ。まだ『神の雫』のフランス語版も出る前だったんだけど、ジョルジュ・ルーミエの3代目である、クリストフ・ルーミエに会ったとき、「レ・ザムルーズっぽいのは何年?」と聞いたら、漫画のことなんか知るはずがないのに2001年だと言ってくれて。これは本当にうれしかったね。

江連:樹林さんは、「ワインにはなんといってもほかのお酒が絶対にかなわない、すごい効用がある」と常々おっしゃっています。

樹林:「人と人をつなげる力」だよね。まさにそのとおりで、『神の雫』がヒットして以降、いろいろな経済人やそれ以外のジャンルの方々から「ぜひ会いたい」というお話をいただく機会が増えた。それも日本の経営者だけでなく、韓国や本国のフランスの経済界でも話題になって。

特に韓国に行ったときには、飛行機を降りたときから行く先々で大歓迎してくださったのは、素直にうれしかった。このように、人と人がどんどんつながっていくのが、ワインの力だと思う。だから、ワイン会を積極的に開催することをお勧めします(笑)。

江連:確かに、外交でもビジネスディナーでも、圧倒的にワインが使われますね。

樹林:昨年、開かれた伊勢志摩サミットで、晩餐会に使われるワインの選考委員を拝命し、12本の日本ワインを選びましたが、海外の要人にも本当に喜んでいただけました。

江連:これまで経営者など1000人を超える経済人にインタビューをしてきたのですが、ワイン好きの方が本当に大勢いらっしゃいます。

ワインを飲めば、あっという間に距離が縮まる


江連 裕子(えづれ ゆうこ)/経済キャスター。経済学修士。TBS、フジテレビ、テレビ東京、KPMG税理士法人を経て、最年少で日経CNBC夜のメインキャスターに抜擢、9年間で多数の経済番組を担当、延べ1000人超の経営者、エコノミスト、学者、著名投資家、政治家などにインタビュー。テレビ東京「Mプラス11」ではマーケットキャスターも担当。TV以外のメディアでのインタビュー、モデレーターや大学講師なども経験後、2013年すべての番組を卒業、ロンドン、NY、サンフランシスコで海外生活。帰国後はラジオNIKKEIの経済キャスター(現任)を務めるとともに、グルメ杵屋の社外取締役就任(現在3期目)(撮影:文藝春秋社)

樹林:ワインには、人間関係を円滑にする力があるよね。ほかのお酒では、やっぱりこうはいかない。たとえばビジネスディナーの席に、主催者の方のためなどに、生まれた年の「バースデー・ヴィンテージワイン」を持っていってみてください。値は張るかもしれないけど、あっという間に会話が盛り上がって、距離がグっと縮むはずだから。

これまでいろいろな方と一緒にワインを飲んできたけど、皆さん、ワインの「使い方」が本当に上手です。ここぞというときに、すばらしいワインを持ってくる。挙げればキリがないんだけど、まさに国産のバースデー・ヴィンテージワインを持ってきてくださった方も、いらっしゃった。

江連:ということは、1960年代の国産ワイン! なかなか「自分の生まれ年ワイン」って見つからないものですが、それでもどこかで探して持ってきてくださったら、感激してしまいます。それだけ、自分のことを大切に思ってくれているんだと。

樹林:なので、とにかくこの対談を読んでくださった方は、早速、何人かでワイン会を開いてみてください。社内外の集まりはもちろん、マンションの組合の集まりでもなんでもいい。20歳以上であれば、老若男女は問いません。昔は「合コン」、ちょっと前は「異業種交流会」だったかもしれませんが、今はワイン会だと思う。

江連:ワイン会を成功させるためのコツは何ですか。バースデー・ヴィンテージワインの話を聞いた後だと、敷居が高そうな……。

樹林:まず、会のスタイルや狙いにもよるけど、一本一本を楽しむ会なら人数は6人がベストだね。なぜなら、ワイン1本(750ミリリットル)では6杯分が適量なので。8人でもいいけど、そうなると1本の割り当てが少なくなるので、できれば人数は6人までに抑えること。ワイン会は、大体1人につき1本ずつワインを持ち寄るので、8人集まればワインの本数は増えるけれども、やはり1本の割り当てが少なくなると、十分に味わえなくなるから、ちょっと不満が残ってしまうかもね。


あとは一緒に飲む仲間。さっきも言ったとおり、いろいろな集まり方がある。最近は「ワイン会」で検索すると、いろいろなワイン会の開催のお知らせがあるから、それをツテにして参加してみるのも1つの方法だけど、やっぱり気心が知れている者同士のほうが楽しめると思う。誰と飲むかは、ワイン会を成功させる要素として、とても大事です。

江連:ワイン会というと、下手に安いワインは持っていかないほうがいいと思ってしまうのですが。

樹林:それは気にする必要ないでしょう。値段の高いワインは、経済的にそれを出せる人が出せばいいだけの話です。実際、いろいろなワイン会を見ても、目玉として1万円くらいか、たまにそれ以上の高級ワインが1本あれば、残りは3000円程度のもので十分だし、さらに1000円くらいのワインがあってもいいと思う。

失敗ワインにぶつかってしまった場合には?

江連:風味が落ちてしまった「劣化ワイン」や失敗ワインにぶつかってしまったときは、どうやって場の雰囲気を切り替えるのですか。

樹林:これは、まあ、あるね。ただ劣化したワインも、抜栓してしばらく置いておくと、不死鳥のごとく、よみがえるケースがあるし(笑)。たとえよみがえらなくても、なぜ劣化したのか、なぜおいしくなかったのかを皆で話し合ったりすれば、それはそれで勉強になるし、楽しいでしょう。

江連:最近は、ニューワールド(米国やその他の国・地域)などのワインも勢力を伸ばしていますが、樹林さんにとって1番のワインって何ですか。


樹林:答え方が難しい質問だな〜(笑)。日本のワインには日本のよさがあるし、カリフォルニアのワインにはカリフォルニアのよさがあるからね。ただ、ワインにも神が与えたもうた土地というのがあるような気はするね。

いわゆるテロワール(土地それぞれの、ブドウを取り巻くすべての生育環境の特徴)のことで、フランスのブドウ畑はいっさい、灌漑(かんがい)をしない。ところがニュージーランドやカリフォルニアに行くと、灌漑によってブドウを育てている。別に灌漑が悪いと言っているのではなくて、人工物を加えずに、自然な形で育ったワインのほうが、物語を紡ぎ出しやすいと思う。

江連:今までお話しいただいたような内容が、この『東京ワイン会ピープル』には盛り込まれているのですね。

樹林:そうだね。ワイン会は初心者の人でもハマること請け合います。でも、なかにはワイン会には出てみたいけど、ワインのことをまったく知らない状態で、いきなりワイン好きが集まっている会に出席するのは敷居が高いと考えている人も多いと思う。そんな人のためにもこの本を書いたので、ワインの知識がまったくなくても読み進めることができるし、読み終われば多少、ワインの知識が身に付くはずです。読んでいるうちに、きっとワインが飲みたくなると思いますよ。

(構成:福井 純)