フェロー諸島(以下出典はすべて「Visit Faroe Islands」公式動画より)

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北大西洋のフェロー諸島は「人間より羊が多い」という辺境地だ。どうすれば観光客を集められるか。政府は、「グーグルのストリートビューにも載っていない」という点を逆手にとり、羊の背中にカメラを載せて独自のストリートビューを作成。それが話題を呼び、結果的にグーグルも撮影に来た。戦略PRプランナーの本田哲也氏は、成功のポイントを「グーグルから『おすみつき』をもらえるように動いたから」と分析する。戦略PRの3つ目のポイント「おすみつき」について、スペシャリストが解説する――。

情報が大量にあふれ、生活者ひとりひとりの価値観や嗜好(しこう)はかつてなく多様化している。こんな時代だからこそ、われわれは皆、誰かの「おすみつき」を求めている。「経験豊かな医師が言うなら間違いない」「現場たたき上げの経営者の見解であれば、信用がおける」といった調子だ。実はこの「おすみつき」こそ、戦略PRを成功させるための第3の要素だ。

マーケティング業界では「インフルエンサー」という概念がずいぶん一般化したが、その実態は多岐にわたる。さまざまな専門家やエキスパート、セレブリティ、そしてブロガー、ユーチューバー、インスタグラマーに至るまで、その変遷は語り出せばキリがないほどだ。

こうしたインフルエンサーを、PR担当者はどのように活用すればいいのか。「疾患の啓発だからドクターに話を聞こう」「ファッションのPRだからモデルを起用するか」「テック系の新商品の話は、テック系ブロガーに書いてもらおう」というのも、それはそれでいい。だが、もっともクリエイティブな発想ができるはずだ。

戦略PRにおける大事なポイント6つのうち、3つめに紹介するのは「おすみつき」である。今回は、デンマーク自治領域であるフェロー諸島で行われた、ある画期的な取り組みについて紹介したい。

■北大西洋の小さな島国が、グーグルを呼んだ方法

北大西洋に浮かぶ大小18の島から成るフェロー諸島。雄大な自然と美しい街並みを誇るが、残念ながら世界的にはその存在を知られていなかった。世界中を網羅しているとされる「グーグルストリートビュー」も対応していなかったほどだ。グーグルストリートビューは世界中の道路沿いの風景をパノラマ写真で提供するインターネットサービス。撮影エリアは世界中の都市や郊外をカバーしており、日本では離島や富士山の登山道までカバーしている。なんと最近では陸上のみならず、場所は限られるが海の中まで見ることができる。

しかしフェロー諸島には撮影用のクルマ、いわゆる“グーグルカー”が一向に訪れる気配がない。しびれを切らした観光局と住民は、とうとう自分たちで、自前のストリートビューを作ろうと決意する。では、どうやって撮影するのか。目をつけたのが、島におよそ9万頭いるとされる羊たちだ。フェロー諸島は中世から羊の放牧を行ってきた歴史があり、人口よりも羊の数のほうが多いのである。

テクノロジーに詳しい島民の協力をあおぎ、羊の背中に360度撮影可能なカメラを装着。自由に島中を動きまわる羊たちが撮影した動画を次々にサイトにアップしていった。この「Sheep View」はほどなく世界中で話題となり、SNSを通じて世界中に拡散された。同時に、観光局のサイトでは、撮影済みのエリアを記載した自作マップも作成。ハッシュタグ「#wewantgooglestreetview」も話題となった。

■グーグルがフェロー諸島にやってきた!

やがて、うわさを聞きつけたグーグルがついにフェロー諸島にやってくる。グーグルカーでストリートビューを撮影するのはもちろん、島民や旅行者にも機材を貸し出し、撮影を依頼。そのために撮影トレーニングも実施した。ストリートビューにすら載っていなかった小さな島は、知る人ぞ知る存在となり、観光客も増加。島民と観光局の取り組みは大成功したのである。

ここで重要なのは、フェロー諸島の人々はグーグルに「おすみつき」をもらえるよう依頼したわけでも、報酬を支払ったわけでもないという点である。

案外忘れられがちなことだが、「おすみつき」はカネで買うものではない。正しくおすみつきを得るためには、まず、おすみつきを与える側のメリットや関心を徹底的に考える必要がある。フェロー諸島の事例でいえば、彼らはまず「人間ではなく、羊にカメラをもたせる」という世界的に盛り上がるような話題性のある方法で、グーグルの出番を作った。ここでグーグルが動けば、自身のブランドイメージが上がる。グーグルが動かざるを得ない状況を作りあげているのだ。

■インスタグラマーを呼ぶなら、どんな発表会をすれば効果的?

例えば、これが新製品の発表会であればどうか。「最近、若者の間ではインスタグラムが人気だから」といって、フォロワーの多いインスタグラマーを呼ぶケースが増えている。ここまではいいが、そのインスタグラマーはどのように選ばれた人なのか。新製品を売りたい相手にどの程度の影響力を持っているのかといったことはきちんと考慮されているだろうか。また、発表会の現場でどれぐらい、“インスタグラムっぽい写真”が撮れる工夫がなされているか。一般的な記事を書くための写真を撮るのに必要なセッティングと、“インスタグラムっぽい写真”が撮れるような背景や照明を準備するのとでは、まったく違う。いわゆる「インスタ映え」する写真とは、ただ綺麗なだけではない。ポイントは、投稿されたときに、どれだけSNS上での興味や羨望を引けるか。極端に彩度の高いカラフルな背景や、「ここどこ?」と思わせるような非日常空間、違和感をもたらすような被写体など、フィードに埋もれない要素が重要になる。旧態依然とした記者発表会の延長線上では到底、インスタグラマーたちのニーズには応えきれないはずだ。

結果、「話題のインスタグラマーを呼んではみたけれど、効果はイマイチ」と嘆く羽目になる。「影響力が足りなかった」とインフルエンサーのせいにする前に、インフルエンサーの能力を発揮できる舞台装置が用意できているのか、情報発信の設計から見直す必要がある。

「おすみつき」を与える側はなぜ動くのか? どうやったら動きやすいか? PR担当者はそこを徹底的に考えないと、期待した効果を出すことは難しいのだ。

(ブルーカレント・ジャパン代表 本田 哲也)