ドナルド・トランプ氏(以下トランプ)が大統領に当選して1年が過ぎた。政権発足からほぼ10カ月が経ち、トランプの評価は分かれている。

 最新の支持率(ギャラップ調査)は38%という低さで、不支持率は56%。実はこの数字は今年5月からほとんど変化がない。下げ止まりしているとも考えられる。

 別の数字に目を向けると、共和党内でのトランプ支持率は依然として82%という高さがある。一方の民主党内での支持率はたった8%である。トランプをめぐって国が完全に分断されていると言って差し支えない。

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オバマケアを撤廃できないトランプ

 共和党の8割を超える支持者たちは、トランプが暴言を吐こうが失言を繰り返そうが大統領を支持する姿勢を崩さない。不人気な政策を打ち出しても、一定層の保守派からトランプが見放されることは今後もないだろう。

 トランプ政権下の米経済は堅調な成長をみせ、株式相場も最高値を更新している。しかし、トランプは選挙前に掲げたほとんどの公約を実現できていない。

 その筆頭がオバマケア(国民皆保険)の撤廃である。撤廃すると言い続けてきたが、現在まで共和党が多数党であっても、連邦議会は撤廃できていない。

 今後、撤廃される可能性はある。

 2010年にバラク・オバマ大統領が法案に署名したことで、米国の「長年の夢」と言われた米国版の国民皆保険が成立。撤廃されれば膨大な市民が健康保険を失う。議会予算局(CBO)の試算では3200万人という数字だ。

 深刻な悪影響が及ぶのが子供たちである。ニューヨーク大学のアロン・ベンメイエ教授は撤廃された後の米社会について述べている。

 「オバマケアが撤廃されてしまうと、悲劇的な結末が待っています。低所得者はより貧しくなり、荒れ果てた町はより荒廃し、犯罪は増加するでしょう」

 「最悪なのは社会的な弱者である子供たちが医療を受けられなくなることです。影響は甚大で、社会に負の足跡を残すことになり、明るい未来を描けなくなります」

 子供への影響は取りもなおさず、親の経済状況次第ということである。米国の子供の貧困は日本よりも深刻で、以前から指摘されている。

子供の5人に1人が貧困にあえぐ

 世界通貨基金(IMF)の最新の統計によると、1人あたりのGDP(国内総生産)で米国は現在世界第8位(5万7607ドル)であり、22位の日本(日本3万8882ドル)よりも上である。

 にもかかわらず、子供の貧困では米国の方が日本よりも数字が悪い。

 いつの間に1人あたりGDPで日本は22位にまで下がったのかという印象があるが、日本の子供の貧困は厚生労働省の発表(2016年)ではおよそ7人に1人。米国の数字は5人に1人である。

 経済協力開発機構(OECD)の加盟国35か国中、米国は下から5番目という悪さである。

 5人に1人が貧困という事実をどう受け止めるべきなのか。周囲を見回して、100人の子供たちを無作為に選んだ時、20人が貧困ということになる。

 子供の貧困が最も少ない国はデンマーク、フィンランド、ノルウェーといった北欧諸国で、貧困率は3%から5%にすぎない。

 トランプ政権になって、米国の貧困率は少しばかり向上したが、オバマケアの撤廃によって政府からの支援が止まり、生活が貧窮する家庭がでることは間違いない。

 それでは貧困率とはいったい何なのか。

 まず世帯所得から税金や保険料などを引いた手取り収入を計算。収入を順に並べて、中央にきた人の年収の半額を算出する。その半額以下の収入を得ている人たちの割合が貧困率だ。

 端的に述べると、平均収入の半分以下の年収で生活する家庭であり、その子供たちということになる。

大学の町ボストンでも高い貧困率

 米国では貧困レベルの算出方法が日本と違う。

 個人であれば、年収が1万2060ドル以下の人を指す。家族の構成人員が2人の場合は年収が1万6240ドル以下、3人であれば2万420ドル以下の家庭が貧困という範疇に入る。

 こうした状況で、米国では子供5人に1人が上記の貧困レベルに入るのだ。ただ明記しなくてはいけなのは、地域や人種によって貧困率に差が出ることである。

 例えば東海岸マサチューセッツ州ボストン市の子供の貧困率は26.9%で、4人に1人が貧困層に入る。

 また中西部インディアナ州の州都インディアナポリスのあるマリオン郡は31%。さらにテキサス州の最南端に位置するキャメロン郡の貧困率は47%という数字だ。

 地域ごとに特性があり、貧困率に如実に現れる。ボストンは大学の町であり、高額所得者が多いかに思われるが、黒人やヒスパニック系の占める割合が高いのと同時に、アイルランド系、イタリア系の移民も多く、人口の28.6%が外国生まれである。

 インディアナ州マリオン郡でも黒人の比率が高く、人口の約25%が黒人だ。テキサスのキャメロン郡の人口の84%がヒスパニック・ラテン系であり、人種間の差が子供の貧困に色濃く影響している。

 そうしたなか、トランプは選挙中こそ富裕層に対する優遇税制を導入するかにみえたが、今年1月の就任演説では次のような内容を口にした。

 「米社会は子供たちのために素晴らしい学校を切望しています。安全な住環境を求めています。(中略)しかし多くの市民にとって、現実は違うものとなっています」

 「母親と子供たち(母子家庭)は都市の貧困に苦しめられています。(中略)こうした惨状はいまここで止めなくてはいけません」

低所得者層向けの食糧費補助も削減

 就任演説はスピーチライターが数か月かけて、今後4年間の理想を原稿に記したものだが、少なくとも子供の貧困を阻止しようとの思いがうかがえる。けれどもトランプがやろうとしているのは真逆のことだ。

 貧困層への支援削減である。

 今後10年間でフードスタンプと言われる低所得者向けの食料費補助対策のカット(総額1900億ドル(約21兆円))に始まり、子供向け医療保険プログラムと低所得者向けの医療保険(メディケイド)も削減するつもりだ。

 実現されれば貧困レベルの子供たちがさらに増えることは確実だ。

 前出のアロン・ベンメイエ教授が最後に述べる。

 「トランプの提案は米社会の根幹を成す人々をいかに無視しているかの表れです。何億ドルもの予算をメキシコ国境の壁建設に使う代わりに、子供たちを含めた社会政策に回すべきです」

 アジア歴訪からワシントンに戻ったトランプには、ロシア疑惑がついて回る。貧困にあえぐ子供たちに思いを馳せ、政策転換するなど考えも及ばないのが現実だろう。

筆者:堀田 佳男