「国政はお任せします」と玉木氏(右)に後を託して希望の党代表を退いた小池氏だが、一枚看板を失った党はどうなる?(写真:つのだよしお/アフロ)

永田町に冷たい秋雨が降る14日、小池百合子東京都知事が希望の党代表を辞任した。衆院解散直前の同党結党と代表就任は、国民の間に「初の女性首相」への期待も広げたが、自らの過信と舌禍が招いた衆院選敗北で一気に求心力を失い、都政専念を理由に国政の舞台から降りた。昨夏の都知事選圧勝で始まったいわゆる「小池劇場」は小池氏の巧妙なメディア戦略で大入り満員が続いたが、権力への野望がむき出しになるにつれて観客の腰が引け、衆院選という大舞台での誤算と自爆の果ての閉幕を余儀なくされた。

「国政はお任せします」と希望の党共同代表に当選したばかりの17歳年下の玉木雄一郎氏を後継代表に指名し、首都・東京のリーダーとして「めげないで頑張る」と笑顔を見せた小池氏だが、肝心の都政も公明党の与党離脱などで苦境に追い込まれている。都知事選で約300万票、衆院選比例でも約1000万票を叩き出した政界のトリックスターだが、「政治家・小池」に残された道は、狭く、厳しい。

10日の共同代表選を受けて14日午後に開催された希望の党両院議員総会であいさつした小池氏は「国政は皆様にお任せし、私は代表の座を降りる」と代表辞任を表明し、同総会で決まった玉木新執行部に後事を託す考えを明らかにした。小池氏は「しかるべき形でサポートしたい」と創業者として今後も党運営に関与する姿勢は示したが、突然の後継指名について党内には「根拠不明、唐突で違和感がある」との反発も広がる。

一枚看板失い、路線対立による離党も予想され

小池氏に代わる野党第2党党首となった玉木新代表は、党運営の要の幹事長に古川元久・元国家戦略担当相起用し、大島敦久代表代行、長島昭久政調会長、泉健太国対委員長などの執行部人事案を総会に提示、了承された。また総会では、小池氏とともに結党を主導した前原誠司前民進党代表の入党も了承され、所属国会議員の数は野党第1党の立憲民主党に迫るが、「野党の星」との期待はまったくない。

玉木新体制では、小池氏が打ち出した政治路線を支持する保守派が重用され、異論を唱えて共同代表選で敗れた大串博志元民進党政調会長らが排除されたことで、路線対立による一部議員の離党といった「お家騒動」を予想する向きも少なくない。玉木新代表は「党の顔が変わっても、国民に示した政治路線は変わらない」と結党の理念を堅持しての党運営を進める考えを力説したが、「小池百合子氏という一枚看板の創業者」(自民幹部)が去ったことで、党存続の意義と将来性を問われる局面も続きそうだ。

両院議員総会では「喪服」を思わせる黒ずくめの衣装で代表辞任を表明した小池氏だが、同夜の「都民ファーストの会」のパーティーには、自らが"都政カラー"としたブルーの上着に東京五輪グッズの市松模様の風呂敷を首に巻く都知事ルックで現れた。都民ファは小池氏が立ち上げた地域政党で、政治資金パーティは初開催。特別顧問を務める小池氏は「何かと拙速なところがあって、十分に実らないこともあったが、めげることなく都民のために働く」と笑顔で挨拶して来場者の拍手に包まれた。

しかし、7月の都議選での小池氏との選挙共闘で「知事与党」となった都議会公明党は14日、東村邦浩幹事長が「これまで小池知事寄りのスタンスを取ってきたが、これからは是々非々でやっていく」と記者団に語り、知事与党からの離脱を宣言した。東村氏は「(小池氏が希望の党の)代表を辞めようが残られようが、われわれのスタンスはあの時で決まっていた」と説明し、小池氏の国政挑戦が関係解消の決め手となったことを強調した。

都議選後、都民ファースト(53人)と公明(23人)の合計76人の知事与党が都議会(定数127人)の過半数を占めて小池都政を支えてきたが、今回の公明の離脱宣言で小池都知事は「少数与党」で宿敵・自民党(23人)との対峙を迫られる。来年10月に予定される築地市場の豊洲移転問題を始め都政の火種は多く、来年度予算案や各種条例案の都議会可決には、知事自ら低姿勢で各党の協力を求めるしかない。

葛飾区議選は惨敗、五輪は政府の圧力強まる

「国政復帰への踏み台作り」と多くの都民が受け止めた希望の党結党から衆院選敗北に至る“小池騒動”で、都知事としての支持率も急落。騒動の最中に実施された12日投票の葛飾区議選でも、都民ファが惨敗した。都議選後初の区議選に、満を持して臨んだ都民ファだったが、公認候補5人のうち、当選したのはわずか1人。小池都政への区民の不安と失望が顕在化した結果だ。小池氏は1度も応援に入らず、都民ファが内定した公認を辞退して出馬した女性候補や、小池氏に三下り半を叩きつけて決別した音喜多駿、上田令子両都議が応援した候補2人の当選で、都民の急激な“小池離れ”も浮き彫りとなる。

衆院選圧勝で1強を維持する安倍晋三首相との緊密な連携が必要な東京五輪開催についても、これまで以上に「政府からプレッシャーがかかる」(五輪組織委幹部)ことは間違いない。小池知事の求心力低下がさらに進めば「心ならずも安倍首相の軍門に下る」(官邸筋)という“屈辱の事態”も現実味を増す。「いつも正念場のつもりで頑張る」と笑顔で語る小池氏だが、内心の苛立ちと焦りは隠しようがない。

「政界渡り鳥」の異名通り、四半世紀前の細川護煕元首相による日本新党結党・細川政権誕生以来、小沢一郎元自民党幹事長、小泉純一郎元首相と「時の最高権力者」に寄り添うことで出世の階段を駆け上がってきたのが小池氏だ。しかし、都知事選圧勝で巨大組織のトップとなり、国政政党・希望の党代表として「初の女性首相」も目指したことで、それまでの「権力の脇役」から「権力者そのもの」へとの変身が際立ち、「政治家人生の暗転」(自民長老)へとつながった。

「小池語」とも揶揄される横文字多用のメッセージや、「小池グリーン」に象徴されるファッショナブルな装いで映像メディアを手玉にとり、満員御礼の「小池劇場」の主役を演じ続けてきた小池氏は、その政治手法から「トリックスター(手品師)」(自民長老)とも呼ばれる。「自民党をぶっ壊す」と叫んで首相の座に就き、「それでも地球は動いている」とのガリレオ・ガリレイの名言をひいての「郵政解散・総選挙」の大勝で長期政権を実現した小泉氏を「元祖」とすれば、小池氏はまさに「2代目のトリックスター」だ。

ただ、任期を全うして惜しまれながら政界を引退した小泉氏はなお、次男で「将来の総理総裁確実」ともてはやされる小泉進次郎・自民党筆頭副幹事長の後見役として国民注視の存在だが、現状の小池氏には初の女性都知事を最終経歴にした「過去の人」となる近未来も否定できない。今後の都議会運営混乱などで都政の停滞を招けば、20年夏の都知事選での再選にも黄信号が灯る。そうなれば、国政復帰どころか「一丁上がりの前都知事」にもなりかねない。

「落下傘なしで崖の上から飛び降りる覚悟」で挑んで圧勝した都知事選から1年3カ月。そして9月25日の希望の党結党・代表就任宣言からのジェットコースターのような51日間で見せた「政治家・小池百合子の真実」には、政治家はもとより国民も不満と失望を隠さない。

「爆発」より「地道な努力」が残された唯一の道

政権の仕切り役を自認する菅義偉官房長官は14日の会見で、小池氏の「二足のわらじ」からの撤退を「(政治家としての)常識だ」と切って捨てた。政界引退後もなお影響力を保持する古賀誠・元自民党幹事長も同夜のテレビ番組で「(小池氏の一連の行動は)無責任の極み、希望が失望、絶望になってしまった」と厳しく批判した。両氏は小池氏と同様に独力で這い上がってきた「たたき上げ政治家」でもある。

代表辞任翌日の15日昼前、小池氏は「金融都市東京」を売り込むためシンガポールに飛び立った。「首都のセールスレディ」としての海外出張だ。語学力を駆使する都知事として、今後も外交でのアピールに力を注ぐ構えで「得意分野での勝負」で再浮上を狙う。

都知事選圧勝の際、「私は10年に1回、爆発するの」と誇らしげに語った小池氏だが、10年後は後期高齢者だ。「東京大改革は始まったばかり。一歩一歩実績を積み重ねしかない」との言葉通り、「見果てぬ夢と野望」を封印し、派手なパフォーマンスより地方のリーダーとして地道に努力することが小池氏に残された「唯一の道」ではないか。