キャリアも幸せな結婚も、そして美貌も。

女が望む全てのものを手にし、したたかに生きる女たちがいる。

それは、東京の恋愛市場においてトップクラスに君臨する女子アナたちだ。

清純という仮面をかぶりながら、密かに野心を燃やす彼女たちは、現代における最強の“カマトト女”。

これは某キー局のアナウンス室で繰り広げられる、“カマトト狂騒曲”である。計算高い彼女たちはどうやって、全てのモノを手にしようとするのだろうか…?




「レミちゃん、今日の番組の衣装、すごく似合ってたねぇ♡」

収録終わり、にこやかに話しかけてきたのは、同期の橘花凛である。

「本当?嬉しい!私は花凛みたいに華がないから、せめて衣装は華やかな色にしないとね。」

花凛は、局の看板アナウンサーだ。サラサラなびくストレートヘアーに、スラリとした細くて真っ直ぐな脚。女の私でもため息が出るくらい、花凛は美しくて華がある。

「レミちゃんは親しみやすい雰囲気だから、そこが主婦ウケするってプロデューサーが言ってたわぁ。」

何の悪気もなくにっこり微笑む花凛に、ありがとうと言うべきなのか悩みながらも自分のデスクへ戻った。

私・田口レミは、26歳。入社4年のアナウンサーである。

周囲が言うように、当初私は報道向けの“地味枠”採用だった。それがたまたまプロデューサーの目に留まり、10時からの主婦向けの番組を担当させてもらえることになったのだ。

でも、私は知っている。
花凛がいる限り、私は絶対に1番になれない。

彼女は女子アナ界きっての、最強の「カマトトちゃん」なのだ。それが計算なのか天然なのか、私でさえ分からなくなるほど。


最強女子アナ・花凛は、カマトトなのか?食事会で垣間見える本性とは


食事会の前に相手のことを調べるのは当たり前?


朝の番組を担当しており、かつ局切ってのエースアナである花凛は、終日ほぼアナウンス室にいない。

今夜の食事会の話も、LINEで連絡が来ただけだった。

―レミちゃん、今夜20時に六本木の『中国飯店』集合でよろしくね♡お相手は素敵な方々なので。

タクシーに乗りながら、せめてもう少し情報をもらえないかと気を揉む。相手のスペックを、会う前に調べておきたい。

しかし花凛には聞けぬまま、私は『中国飯店』へと向かった。




個室に通されると男性陣は既に到着しており、皆シャンパンを飲みながら私たちを待っていた。私は5分くらい遅刻したが、花凛はまだ来ていない。

簡単に自己紹介をし、乾杯しようとしたタイミングでようやく花凛が登場した。

「ごめんなさ〜い!!収録が、ちょっと長引いてしまって…。」

白のVネックに、ニットのタイトスカート。品を残しながらも、花凛の女らしさが見事に強調されている装いに、男たちは目を細める。

花凛が来た途端、男性3名の顔がパァッと華やいでいく。

「お〜!ようやく花凛様のご登場ですね。」

本日のお相手は CMを打ちまくっている携帯ゲーム会社のCEO・峯岸と、コンサル会社経営の藤原だった。

峯岸は最近メディアに頻繁に出ており、女子アナ界では“狙うべき男性”として有名な人物でもあった。

峯岸の会社の年商は数十億。もうすぐ上場間近ともっぱらの噂だ。しかし、花凛は予想外の言葉を発した。

「へぇ〜じゃあ峯岸さんは、ゲームを作っているんですねぇ♡プログラマーさんか何かですか??」

メディアへの露出頻度が多い峯岸は、自分のことは知っていて当然のような顔をしていたため、花凛の発言に一瞬ムッとした顔になる。

「え?俺のこと、知らないの?」
「ご、ごめんなさい……。勉強不足ですよねぇ…。」

花凛はただでさえ黒目がちな目をさらにウルウルさせて、峯岸にそう答える。その姿を見ながら、私は心の中で突っ込みを入れた。

―ん...?そんなはずはない。

だって私も花凛も、彼の肩書きや年収、全て把握済みだから。

先日アナウンス室でたまたま峯岸が掲載されていた雑誌の話になり、女子アナ4人でその記事を読んでいた。

36歳、独身。グルメで話題の店が好き。しかし実は焼き鳥が大好物で、好きなタイプは清潔感があって、家庭的な女性。

そんな情報までしっかり読んでいた記憶がある 。しかし、花凛は素知らぬ様子で会話を続けている。

「え!?あのCMも峯岸さんの会社なんですねぇ〜〜!すごーい♡」

花凛は知っているのだ。有名経営者はその肩書きを褒められるより、なんにも知らない女に0から自分の凄さを教えていく方が好きであることを。その証拠に、すでに峯岸は嬉々として自分の功績を事細かに話している。

すっかりいい気分になった峯岸は、花凛にあれやこれやと質問し出した。

「花凛ちゃん、お酒はやっぱりワイン派?」

「実はワイン、全然分からなくて…。実は私、焼き鳥とビールの組み合わせとかが好きなんですよねぇ〜〜。」

「うっそ!花凛ちゃん、焼き鳥とか行くの?人気絶頂の女子アナさんは、毎日高級店で食事会三昧かと思ってたよ。」

「峯岸さん、ひど〜〜い!!私、焼き鳥と中華料理が大好きなんですよぉ」

「本当?中華料理って言っても、ヌーベルシノワの高級店でしょ?」

「ヌ、ヌーベルシノ・・ワ?それってお料理の名前ですかぁ?一番好きなのは餃子です♡」

花凛のその言葉に峯岸は爆笑し、「花凛ちゃんって本当いい子だねぇ」と目を細めた。

私はその会話を見ながら、何とも言えない思いで赤ワインのグラスに手を伸ばした。

花凛は今年、ワイン好きが昂じて夏休みにフランスへワイナリー巡りに行っていたのを、私は知っている。

中華料理が好きというのは本当だと思うが、先月『虎峰』に2週連続で行っていたし来週も花凛のリクエストで『茶禅華』での食事会がある。

ヌーベルシノワを知らないとは、どの口が言っているのだろうか。


その女、計算なのか?それとも天然なのか?


「で、花凛ちゃんはいつフリーになるの?」

峯岸が、冗談交じりで聞いている。皆女子アナの給料事情が気になるらしい。そんな時に返す言葉は決まっていた。

「そ、そんな、フリーだなんてっ……。会社にお世話になっていますし、女子アナだって所詮はただの会社員ですからぁ…。」

あくまでも会社員。この響きに、なぜか人は共鳴し、好感を持つのだ。

「お金だって全然ないですし、世間が言うほど、なんにも知らないんです……。ランチはいつも社食だし、富士そばとか好きでしょっちゅう食べてる感じですよぉ〜〜」

―昨日局長にお昼おごってもらうとき、「だったら十番の更科行きたい〜」って言ってたクセに…。

私は心の中でまた、突っ込みを入れた。

たしかにタレントさん達と比較すると驚くほど低いけれども、一般のサラリーマンに比べると給料は高く、金銭感覚も普通とは言い難い。

特に花凛の場合、年収2,000万は下らないだろう。しかし、花凛は決してそのことを他言しておらず、同期の私でさえ彼女の年収を知らない。

「花凛ちゃんって、いい子だね。」

峯岸が鼻の下を伸ばしながら花凛を見つめていた。






翌日、早朝5時からの生放送があった。たとえどんなに深夜まで飲んだとしても、女子アナの朝は早いのだ。

「それでは本番参りまーす!はい、ゴー、ヨン、サン、(2,1 ...)」

ADさんの声がスタジオ内に響き渡ると一瞬にして緊張感が高まり、そのまま本番を迎える。

「皆様、おはようございます。朝から元気いっぱい、新人アナの木崎翔子です!」

後輩である木崎翔子の笑顔を、私はモニター越しに凝視していた。

若いアナウンサー達は希望に満ちた目をしており、それは新人特有のフレッシュさとなってお茶の間の人気を集める。

しかし、彼女にはそれに加えて何かを感じる。私なんかとは比べ物にならない、花凛に似た何かを。

-木崎翔子が、花凛の後釜になるだろう。

翔子の入社当時から、局内ではもっぱらそう言われていた。女子アナの寿命は短い。早めに、次のエースアナを育てておかなければならないのだ。

昨日の食事会で、皆の視線を独り占めする花凛を思い出す。私はこうしてまた、後輩にさえ追い抜かれていくのだ。

そんな時、あることを思い出した。

「翔子ちゃん、再来週空いてる?花凛と食事会に行くんだけど、翔子ちゃんも来ないかと思って...」

「花凛先輩もいるんですかぁ?もちろんです♡」

私は最強のカマトト女子・花凛と翔子の戦いを、この目で見てみたいと思ったのだ。

▶NEXT:11月23日木曜更新予定
最強のカマトト女子・花凛VS後輩の翔子。笑顔で足を引っ張り合う女たちの本性