紅蘭(くらん)

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「懲役ラッパー」交際で、紅蘭コメント全文掲載(2)

 草刈正雄の長女、紅蘭(くらん:28)が、「週刊新潮」の取材に対し、「凄絶犯歴」のラッパー・RYKEY(リッキー)との交際を肯定。芸能界に限らず、大きな反響を引き起こした。

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 そもそもRYKEYとは、どんな男なのか、詳しくは第1回の「草刈正雄の愛娘・紅蘭を記者直撃で「草刈正雄の愛娘・紅蘭が恋人ラッパーを語る『彼の前科は分からない』」をご覧頂きたい。

 とにもかくにも2010年に強盗致傷で2年間服役。更に16年には紅蘭本人がRYKEYのDVなどを警察に相談、覚せい剤関係の捜査が進んだこともあり、再び収監。今年7月に出所してきたばかり――と、少なくとも親の視点からは「招かれざる恋人」であるのは言うまでもない。

紅蘭(くらん)

「週刊新潮」が11月9日号に掲載した記事「『草刈正雄』やきもき『愛娘』が溺れるラッパー彼氏の壮絶犯歴」では紅蘭本人のコメントを掲載した。しかし紙幅の関係で、大幅に割愛せざるを得なかった。そこで今回はネット版オリジナル記事、全3回の短期連載として全文をノーカットでお届けしている。

 本人直撃インタビュー全文公開の第2回は、いよいよ恋人逮捕の経緯が、紅蘭本人の口から語られる。基本的に紅蘭の発言に修正などは加えず、そのまま掲載する。

記者が「去年の7月、覚せい剤を使用したRYKEYが、あなたを殴って逮捕されたのは事実ですか?」と訊ねると、紅蘭は「事実です」と認める。

「15年の夏に交際が始まって、私は真剣に彼のことを愛していましたし、彼もそうだと思って、結婚前提の覚悟で付き合っていました。そのとき私は実家住まいだったんですが、半同棲という形で、半分くらいはRYKEYの家にいました。ただ、去年の事件の数日前から、彼が暴力的な言葉を言ったり、暴れたりするようになったんです」

 付き添うマネージャーも「去年の6月末か7月頭くらいから、『急にRYKEYが変わっちゃった』って言ってたよね」と助け舟を出す。

「私、我慢できないタイプなんで、恋人と激しい喧嘩になることは多いんです。なので、最初はちょっと喧嘩がヒートアップしてる感じかと思ったんです。でも、私がおかしいと思ったのは、きちんとした原因があって喧嘩するんじゃなく、『何でそこで怒るの?』というポイントで激昂することが多くなったんです。RYKEYが声を荒げるところを見たことはなかったし、ビンタされることもなかったから、最初は驚きました。ただ数日間は『仕事で嫌なことがあったのかな?』、『何かイライラしているのかな』と思って我慢していたんです。けど1週間くらいその状態が続いて、『私には手に負えない』、『いかれてんな』と思って一度実家に逃げました。その日、RYKEYは錯乱状態で怒鳴ったり暴れたりしていたので、本当に逃げるように帰った感じです」

「『私が絶対治す』って思いました」

 当時、紅蘭の母親は「(私に)彼氏がいることは知っていましたけど、彼のパーソナリティについては何も知らない」状態だったと説明する。まして父親の草刈正雄は「パパは彼氏がいることも知らなかったと思います」と振り返る。

「実家に戻ってすぐ、1人で警察署に行きました。確か生活安全課というところで、これまでの経緯などについて話しました。警察に彼の薬物使用について訊かれましたが、『わからない』と答えました。正直、『やってるかもしれない』とは思いましたが、証拠を見たことがなかったので、確信が持てませんでした。一通り相談すると、『明日、早朝に暴行容疑で逮捕しにいく』と言われました。そして翌日の朝か昼くらいに自宅で彼は逮捕されました。その次の日、私は警察署に呼ばれました。行くと、『彼から薬物反応が出たので、あなたも尿検査してください』と言われました。そこで彼の覚せい剤使用を初めて知ったんです」

 恋人が覚せい剤を使用していたことを「滅茶苦茶ショックでした」と紅蘭は言う。だが、衝撃以上に「私が傍にいないと」、「彼を支えなきゃ」と思ったと語る。

「覚せい剤でおかしくなる人が沢山いるってニュースとかで見るじゃないですか。彼がそうなってしまうことが本当に嫌でした。どんな自信か分からないですけど、『私が絶対治す』って思いました。出所後も誰も彼を支えなかったら、本当に彼は落ちるところまで落ちて、死んでしまうかもしれない。結果的に私が彼を刑務所に入れてしまう形になってしまったわけだから、それを放っておくわけにはいかない、という気持ちもありました。あと、覚せい剤の使用が分かったことで、彼にされたひどいことが『覚せい剤のせいだったのかもしれない』と思えたんです。覚せい剤が関係ない、ただのDVだったら、人間として引いてしまっていたと思いますけど」

「彼はいつも『俺は生まれ変わったんだ』って言ってます」

 RYKEYが刑務所に入ってからは毎週、手紙を出した。面会に行ける時は必ず出かけた。

「タレントなんで、刑務官の人たちにも『紅蘭だ』、『この前、テレビに出てたね』って言われたりしましたね(笑)。彼は刑務所に入ってすぐ、『刑務所に入れてくれてありがとう』と言ってました。刑務所というのは特殊な空間なので、会いに行くたび、彼にも気持ちの波は見えました。ニコニコしている日もあれば、イライラしていたり、不安が強くなっていたりする日もありました。でも、一緒にいたいという気持ちは変わらず持ち続けてくれていました」

 RYKEYが出所した時、紅蘭は仕事で海外に滞在していた。本人から直接電話があり、釈放を伝えられた。

「ネットで調べると、『出所直後は精神的に少し不安定になる』と書いてあったので(笑)少し間を開けてから彼と会いました。そこで、今後も一緒に頑張ろうという話をしまして、8月中旬ごろから私が借りている部屋で一緒に暮らすことにしました。彼は2週間に1回、どこかの施設に尿検査に行って、更生プログラムにも通っています。家でもプログラムの冊子に何か記入したりしています。当然、私に暴力を振るったりもないですよ。彼はいつも『俺は生まれ変わったんだ』って言ってます。それを信じなくなったら終わりだと思っていて、私は信じています。今後は結婚することを考えています。母と父の口から結婚という言葉は出てこないですけど、結婚を前提に付き合っていることは感じていると思います」

 心を動かされた方も、悪夢だと眩暈がされた方も、どちらも同じぐらいの数だろうか。いよいよ最終回の(3)で紅蘭は、父・草刈正雄について語る。

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(3)につづく

週刊新潮WEB取材班

2017年11月15日 掲載