ECBのドラギ総裁は10月26日の政策理事会で量的緩和の規模縮小を決めた(写真:ロイター/アフロ)

FRB(米国連邦準備制度理事会)に続いてECB(欧州中央銀行)も出口戦略に着手し日銀の孤立が深まった、との論調を目にすることが多くなっている。ECBが10月26日に開催した政策理事会で、国債購入を含む拡大資産購入プログラム(APP、以下、わかりやすくするために量的緩和を表す「QE」と表記)に関し、2018年1月以降、月間購入額を月600億ユーロから月300億ユーロに縮小することを決定した(実施期間は2018年1月から9月まで6カ月間延長)からだ。こうした政策変更の方向性が金融政策の正常化を示唆していることは間違いない。

しかし、FRBとECBは正常化という方向性は共通しているとはいえ、置かれた状況がだいぶ違う。結論から言えば、(表面上は)順調に歩を進めるFRBとは対照的に、ECBの場合、今回が正常化に向けた政策修正としては最後になる可能性すらあると筆者は考えている。

10月理事会後の記者会見に臨んだドラギECB総裁からは、今年6月、ポルトガルで行われた講演で「デフレ圧力はリフレ圧力に置き換わった」と言い放ったときの威勢がまったく感じられなかった。ユーロ相場が年初来で最大プラス15%と対ドルで急騰したことに加え、9月以降の域内の選挙で、ドイツ、オーストリア、チェコと相次いで極右勢力が台頭していることも意識したのかもしれない。

少なくとも延長期間が半年ではなく9カ月とやや長めになったのは、来年5月までにイタリアで解散総選挙があることを意識したからだろう。正常化を唱えつつも、総じて「弱気な強気」がにじみ出ていたことのほうが強く印象に残った。

ECBのプラス金利への復帰は2020年秋以降

なお、月間購入額を半額(600億ユーロから300億ユーロへ)とした理由は判然としないが、次の減少決定について予見可能性を高めたいという思いがあったのかもしれない。もちろん、300億ユーロの次が「ゼロ(つまり廃止)」という可能性もないわけではないだろう。この点、記者会見では「この(月間購入額の300億ユーロという)水準からであれば、すぐに打ち切ることは可能なのか」との質問が出た。要するに「もう縮小して延長する可能性はないのか」という質問だ。だが、これに対しドラギECB総裁は「突然終わることは確実にない。そうしたことがわれわれのスタンスだったことは一度もない」と回答している。

この発言からはおそらくもう1回の減額は挟む可能性があることを感じさせる。その際、金融市場では今回の決定をヒントに再び半額、つまり月間150億ユーロへの減額予想が支配的になりやすいだろう。たとえば、2018年10月以降のQEに関し、月間150億ユーロとしたうえで6カ月延長することなどが考えられる。その場合、QEは2019年3月まで存続することになる。

また、たとえQEが終了しても、ECBは「必要があるかぎり(as long as necessary)再投資を継続すること(つまり残高は保つこと)」を宣言していることも忘れてはならない。2019年3月にQEを廃止しても、FRBが着手したような保有資産の圧縮はさらに先の話になる。

そのうえ、ECBはQEに加えて先進国では最も深いマイナス金利を採用している。具体的にはECB預け金(超過準備および預金ファシリティ)にマイナス0.40%という金利を付している。この引き上げに着手し、プラス圏に復帰する動きが視野に入らないかぎり、本当の意味で正常化が完了したとはいえまい。だが厄介なことに、ECBは政策金利に関し、「長期(extended period of time)かつ資産買い入れ期間を大きく超えて(well past)維持する」と宣言している。要するに「QE廃止後、相当な期間が経たなければ利上げはしない」という約束である。

この約束に上述したQEに係る想定を併せ見れば、2019年3月を大きく越えてマイナス金利が維持される可能性がある。ECBの言う"well past"の定義は定かではないが、これを「6カ月」と読んだ場合、2019年9月まではマイナス0.40%という深いマイナス金利が据え置かれる可能性が出てくる。ここから、3カ月ごとに10ベーシスポイント(0.1%ポイント)ずつ順当な利上げに成功したとしても(19年12月、20年3月、6月、9月)、預金ファシリティ金利がゼロ%に到達し、プラス圏復帰が視野に入るのは2020年秋である。

さらに、QE終了、利上げ着手の次の段階としては、FRBが着手し始めたバランスシート縮小という論点が浮上してくるが、これは2021年以降の話となりそうである。つまり、正常化プロセスに関し、ECBが現在のFRBと同じくらいまで進捗するにはあと4年程度はかかりそうだ。それまで世界経済や米国経済にショックなく過ごせるのか。また、多数の脆弱な国々を抱え込むユーロ圏が現在の好調を維持できるのか。ゴルディロックス状態が極まりつつある現状を踏まえれば、あまりよい予感はしない。

次期ECB総裁は「今度こそドイツ」?

ところで、以上のような想定に基づいた場合、利上げ着手、金利のプラス圏復帰、最終的な保有資産圧縮といった難易度の高い正常化プロセスはドラギECB総裁の後任に託されることになる。ドラギECB総裁の任期が終了するのは2019年10月である。この後任人事に係る観測報道や外交上の駆け引きは2018年下期以降にヒートアップしてくるだろう。

現状では今度こそドイツ出身者、具体的には独連邦銀行(ブンデスバンク)のイェンス・バイトマン総裁になるとの声がやはり強い。オランダ(ウィム・ドイセンベルク)、フランス(ジャン=クロード・トリシェ)、イタリア(マリオ・ドラギ)と引き継がれてきた経緯を踏まえれば、「今度こそドイツ」との想定は無難である。バイトマン氏の任期が2019年4月までなので、タイミングとしても頃合いといえる。

なお、前回もウェーバー元独連銀総裁が最右翼といわれながら実現しなかった経緯がある。これは同氏がタカ派的な主張を強弁してきたことで、経済環境が厳しくなっていた周縁国の支持が得られなかったことが影響したといわれる。ウェーバー氏は独連銀総裁を2011年4月に途中辞任しているが、これは国債購入を行う証券市場プログラム(2012年9月に廃止)の積極運用に抗議しての辞任との声がもっぱらであった(表向きは「個人的理由で辞任」)。

当時の政策理事会のムードを肌で感じ、ECB総裁候補を自ら降りることにした結果、イタリア出身のドラギECB総裁へとお鉢が回ってきたという話である。現在に目を転じれば、金融政策をめぐる他国との温度差に関し、バイトマン独連銀総裁の立ち位置はウェーバー氏のそれと大して変わっていない。だが、債務危機を背景とする緊張がピークに達していた当時よりは「ドイツ的な主張」が受け入れられやすくなっていることも間違いないだろう。

ドイツ人のECB総裁は危惧すべきなのか?

ちなみに次期ECB総裁候補に関し、バイトマン独連銀総裁以外ではフランスのマクロン大統領の後押しでフランソワ・ビルロワドガロー仏中銀総裁の名も取りざたされる。ドイツのメルケル首相もバイトマン独連銀総裁を強く希望しているといわれるため(もともとバイトマン氏はメルケル首相の経済顧問である)、そうなるとメルケル首相とマクロン大統領の代理戦争という様相を呈することになる。

両者のポリティカルキャピタルの差は歴然としていること、そもそもフランスはトリシェ元ECB総裁の記憶がまだ新しいことなどを踏まえれば、さすがにフランスの芽はないだろう。そのほかの候補としては、前回の2011年にはフィンランド中央銀行のリーカネン総裁やメルシュECB理事の名が取りざたされていた。だが、メルシュ理事はともかく、フィンランドもまた、タカ派主張を好む加盟国の1つである。フィンランドが容認されるならばドイツでよいという話になるのではないか。

市場参加者の視点からいえば、バイトマン独連銀総裁がECB総裁に就任すれば、ほぼ間違いなくECBのタカ派化が市場で騒がれ、欧州金利は上昇、これに伴いユーロも買われる可能性が気掛かりである。少なくとも最初のリアクションがそうなる可能性は非常に高い。だが、これは安直な反応である。政策理事会はあくまで多数決(役員会6票、各国中銀15票で計21票)であり、賛否同数の場合にのみ、ECB総裁がキャスティングボートを握る。総裁がドイツ人になったからといって、それだけで運営がタカ派化することはない。

あまり周知されている事実ではないが、ECBの意思決定システムは分権主義的な思想の下に設計されている。

政策理事会のたたき台はあくまで役員会(正副総裁2人+理事4人で運営)における事前準備を経たものであり、そのメンバーは2つ以上の加盟国が重なって籍を置くことがないという不文律に基づき構成されている。役員会メンバーは常時投票権を持ち、「政策理事会のたたき台を作ったうえで政策理事会のメンバーとしても投票できる」という特別な存在であるため、国籍バランスに配慮があるのは当然である。

なお、現在はドイツ出身のラウテンシュレーガーECB理事が存在するため、仮にバイトマン独連銀総裁がECB総裁へ就任すれば同理事は途中退任することになろう。これはドラギECB総裁就任時にイタリア出身のスマギECB理事が途中退任を迫られている例からも推測できる話である。

議題には域内の多様な事情や意見が反映されている


意思決定に話を戻せば、そうした役員会に至る前段階でもECBスタッフおよび各国中銀(National Central Banks、以下NCBs)の代表者などから構成される専門委員会やワーキンググループといった下部組織の議論を経由している。つまり、最高意思決定機関である政策理事会に議題が上がってくるまでには域内の多様な意見や事情が考慮されるように制度設計されているのである。

詳細な議論は近刊の拙著『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』を参照いただきたいが、あくまでECBとNCBsが「主従関係」ではなく「補完関係」を築き、分権主義的な発想が大事にされている点はECBの政策運営を語るうえで重要な事実である。

もちろん、現実問題として、ECB総裁の地位にあるものが「最もタカ派で若い(バイトマン総裁はまだ40代である)」という構図が南欧を筆頭とする緩和志向の強い加盟国の敵対心を刺激する不安がないわけではない。しかし、現状ではドイツですら安定的に上昇率がプラス2%を超えてこないという物価環境を踏まえれば、細かな政策修正で摩擦があったとしても、政策理事会の分裂までを懸念するには至らないと筆者は考えている。次期ECB総裁人事について、現段階では、この程度の情報量で十分だろう。今後の情報を踏まえ、逐次認識をアップデートしていきたい。

(※本記事は個人的見解であり、所属組織とは無関係です)