後にF3やF3000(当時)にも参戦、KONDO Racingチーム監督として、アイドル業のみならずレースシーンでも欠かせない存在となっているスーパーアイドル・近藤真彦さんの初レース参戦紹介の記事です。

OPTION姉妹誌のオートスポーツ誌や芸能・アイドル雑誌ならカラー数ページでド〜ン!と紹介するのでしょうが、OPTIONは…違っていましたね! モノクロ4ページ、記事というかなんというか、舐めきったページ構成です(笑)。全編吹き出し、マッチのインタビューさえもない。

でも、これがOPTION! 長いものには巻かれない、アイドルだって面白ページでOK! そんな感じです。

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スーパースター近藤真彦 初挑戦
富士フレッシュマンレースの一日

ヘッドコーチの「ホッチ」だよ。レース前に250周も練習したんだ。ツナギもオレのインパル。え? マッチの才能? あるんじゃないの? ハハハ。

フレッシュマンレースで警察官が大挙出動するんだからな〜。マッチはVIPですよ。

結果は30台中25位でした。当時としてはまったくのレース素人の芸能人がここまで頑張ったんだから立派でしょう。

レース専門誌オートテクニック編集長・飯塚です。こんなに観客が集まりマスコミが取り上げるのはレース愛好家にとって好ましいことですね。しかし、日本のレース界におけるスターの不在館を痛感しました。

ホッチと一緒にコーチした柳田(セントラル)でーす! いや〜エクサで予選落ちしてヒヤヒヤもんだったけど、第2レースで通過してくれてホッとしたよ。ホント良かった、良かった、イヤ良かったホッ。

ボク、同じレースで優勝した小宮延雄です。予選の時「マッチをスリップで引っぱってくれ」って頼まれたけど、ボクまで(予選通過が)危なくなったんでやめました。

それにしてもマッチの人気にはタジタジしました。たったひとりでFISCOを3万人の観客で埋めるなんて凄い。まさにフレッシュマンレースがグラチャン並みだったんですから。楽しませてもらいました。

本格的に続けてくれると、レース人気も高まり、日本レース史の金字塔として永遠に語り継がれるんですけどね。これもホンネです。

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このレースを経験し、悔しさを噛みしめ、マッチはレースの世界にのめり込んでいったのでしょうね。サーキットにGALが押し寄せ、その異世界の方々に少しでもレースに興味を持っていただけたのはマッチのおかげ。

マッチも今では日本レース界のレジェンド・ドライバーのひとりです。

【OPTION 1984年9月号より】

(Play Back The OPTION by 永光やすの)

スーパーアイドル・近藤「マッチ」真彦の初レース記事…なのに、OPTの扱いは!?【OPTION1984年9月号より】(http://clicccar.com/2017/11/14/530922/)