チームメイトと下地奨(右)

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 数年前、ラグビーでエディ・ジャパンが大金星をあげたころ、ブームに乗った筆者は神宮で行われたラグビーの試合を見に行ったことがある。一番衝撃だったのは、試合開始一分後に流血沙汰になったことだった。

 流血そのものは、サッカーでもよくある話だ。ヘディングで競り合ったときに間違って鼻に入り鼻血が出るなどは珍しくもない。ただ、サッカーの場合は選手が流血したら必ず一度ピッチ外に出す。そして止血処置を行ってから試合に戻す。それが普通だと思い込んでいた。

 ところが、ラグビーの場合は流血沙汰になってもそのまま試合続行となる。選手がピッチを出る気配も全くない。周囲も誰も気にしていない。サッカーを見慣れている身からするとあまりにも異様な光景だった。

 下地奨(ウドーンタニFC所属)にこの話をすると、以前所属したクラブのオーナーの話をしてくれた。

「その人、ラグビーにも関わっている人なんですけどね、いつも言ってましたよ。『サッカー選手が毎回痛がっているのを見るとムカつく』って。今の話を聞くと、確かにわからないでもないですね」

 下地に「今までで一番良かった監督は?」と聞くと、現在ムアントン・ユナイテッド監督を務めるタワン・スリパンの名前を挙げた。

「まあ、一番の理由は試合で使ってくれたからということですけど。あとはプロ入りした時の尹晶煥さんですかね。一日三部練習でさんざん絞られましたけど、あれがあったからその後どんな練習があっても辛くないというか」

 タワン・スリパンは試合後の記者会見で何度か目にしたことがある。現役時代にはタイ代表にも加わった選手だった。小柄だが精悍な顔つきで、昨年度青山直晃が所属するムアントン・ユナイテッドを優勝に導いた。会見の際に筆者が英語で質問を投げかけると、彼は通訳のほうを振り向くことなく間髪入れずにタイ語で返答してきた。つまり、ある程度というか、かなり英語もわかっているという証拠である。

 タイのサッカークラブのオーナーは、ほぼ全員がよくいえば強烈なリーダーシップを発揮し、悪く言えば傍若無人の限りを尽くしている。筆者が直接知るだけでも、「ハーフタイムの間に勝手にロッカールームに入ってきて一席ぶつ」人がいる。

「お前ら、今のところ1-0で勝ってよくやっとる。しかしワシはまだ我慢できん。あのにっくきXXXを4-0でぶちのめしたら、ボーナス2500ドルを積んでやる」

 後半は守備的にいきたい監督としてはたまったものではあるまい。

 これくらいで驚くのはまだ早い。もっとすごい例で言うと、「最初からベンチに入っている」オーナーまでいる。

 筆者自身、このベンチにいるオーナーを直に目撃した。下地によると「オレは監督をやりたいが、指導者ライセンスがないから持っているヤツをカネで買っている」と公言しているという。実をいうと、筆者はこのオーナーの下で監督を務めた、ある人物からの証言も得ている。本人たっての希望で匿名とする。

「サイドラインから指示を出していたら、全く身に覚えのない選手交代がおきたんだ。何事かと後ろを振り返るとオーナーが交代表を出してた」

 この監督のことは下地もよく知っていた。

「あの監督、縁あって会う機会があったのですが、めちゃくちゃいい人でしたね。でも、そのチームで得点が入ったり取られたりすると、毎回後ろを振り向いてオーナーの動向を気にしていましたよ。あんまり、そういう監督の姿は見たくなかったな」

 筆者は下地に「オーナーがベンチに入るというのは、FIFAのルールで認められているのか?」と聞いた。下地はこう答えた。

「その辺は正直なところ僕もよく知りませんけど、タイのオーナーにそんなの関係ないですよ。たとえダメだとしてもそれがまかり通るのがタイという国ですから」