黒沢清監督×夏帆『予兆 散歩する侵略者 劇場版』対談 「最終的には女性が引っ張っていく」

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 映画『散歩する侵略者』のアナザーストーリーを新たな設定・キャストで連続ドラマ化し、9月にWOWOWプライムにて放送されたスピンオフドラマ『予兆 散歩する侵略者』が、『予兆 散歩する侵略者 劇場版』として、11月11日より公開された。本作では、主人公・山際悦子が、臨床工学士の夫・辰雄に紹介された新任の外科医で、「地球を侵略しに来た」という真壁司郎に翻弄されていく模様が描かれる。

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 リアルサウンド映画部では、本作の劇場公開を記念して黒沢監督と夏帆にインタビューを行った。連続ドラマから劇場版で公開するにあたって意識したポイントを中心に、撮影時の様子も振り返ってもらった。

ーー映画のスピンオフドラマとして制作された作品が、また劇場版として映画に帰ってくるという珍しい展開になりました。

黒沢清(以下、黒沢):『予兆 散歩する侵略者』はテレビドラマ用として撮った作品ではありますが、いつも映画をやるスタッフと一緒に撮っていたので、テレビだからということは特に考えずに、映画を作るときと同じように作っていました。俳優の方々にもテレビだからといって特別にテレビ用の指示をしたわけではありません。理想はやはり映画館の暗闇の中で、大きなスクリーンで観ていただくことだったので、今回、劇場版として映画館で上映できるのは本当に嬉しい気持ちです。

夏帆:私も撮影をしている時から1本の作品にできればいいなと思っていましたし、実際にそういう話もしていたので、劇場版になると決まったときはすごく嬉しかったです。

ーー全5話の連続ドラマとして制作した内容を劇場版に編集し直すにあたって、ドラマ版との違いをどのように生み出そうとしましたか?

黒沢:正直に言って、ドラマ版は全5話に分かれているとは言っても、ひとつの物語をテレビ用に5つに分断した感覚だったので、1本につながった映画版のほうが最初から私の理想でした。内容に関しては大きな違いはないのですが、1話と2話の間で重なっているところを削ったり、1話何分という制約があるドラマ版からどうしてもはみ出してしまったカットを復活させたりしています。そして何より一番手間がかかったのが“音”です。もちろんセリフは同じなのですが、やはりお茶の間でテレビで見せるときの音と映画館で聞かせる音はまったく違うので、音作りはほぼ全部やり直して、映画用の音にしました。

ーー具体的にどのようなポイントを?

黒沢:この作品は静かなシーンが本当に多い作品になっています。ただ、静かだから音が何も入っていないかといったらそうではない。静かだからこそ聞こえてくる音、耳を澄まさないと聞こえてこないような音、うっすらとしたいろいろな音が、かなり複雑に入っています。テレビ版にもそういうところはあるのですが、テレビはただでさえ日常の音がある場所で見るわけですから、静かな効果は狙いづらいんです。なので、映画版ではそういった静かなところをどれだけ音で表現できるかを操っています。

夏帆:私はまだ劇場で観ることができていなくて、公開されたらすぐに観に行きたいと思っていたのですが、今のお話を聞いて、早く大きなスクリーンといい音で劇場で観たくなりました。今からすごく楽しみです。

ーー夏帆さんはもともと黒沢監督の作品に出演するのが憧れだったそうですね。

夏帆:監督ご本人の前でお話しするのはすごく恥ずかしいのですが……(笑)。

黒沢:悪口言えませんもんね(笑)。

夏帆:いや、恐れ多いというか……。映画って、どんなスタッフさんや役者さんが関わっていようと、不思議と監督の色がすごく出ると思うんです。黒沢さんの現場は、空気が澄んでいる感覚でした。すごく無駄がないですし、黒沢さんの世界観がそのままの雰囲気で現場にも流れていました。

ーーSNSなどでは夏帆さんの熱演が大きな話題になっていました。黒沢監督は演出面で何か意識していたことはあったのでしょうか。

黒沢:僕はなんとなくやり始めただけで、何もしていないですよ。特に説明もしていませんし……。俳優ってすごいもので、カメラを回し始めると、その場のいろいろな要素が全部合わさって、何かがそこでひょいっと出てくるんです。それは意図していたりしていなかったり、どちらもあると思うのですが、こちらはそれを見ているだけで。打ち合わせをしなくてもこれだけのことができてしまうのを、まざまざと目の当たりにした感じです。本当に何も言っていないですよね?

夏帆:いや、でも私は黒沢さんの演出どおりにしかやっていないです。特別自分から何かをしたわけでもないですし……。でも今回は染谷将太くんと東出昌大さんという素敵な2人の役者さんに引っ張ってもらった気がします。特に染谷くんとは同じシーンが多かったので。

ーー夏帆さんが演じた主人公・悦子は、映画『散歩する侵略者』で長澤まさみさんが演じていた主人公・鳴海と対になっている印象も受けたのですが。

黒沢:それはあまり意識しませんでした。2人とも夫のいる妻だということ、そして夫が普通ではなくなっているという現状をどう打破していくかという意味では、確かに同じポジションではあります。ただ、『予兆』に関していえば、脚本の高橋洋のテイストが、『散歩する侵略者』とはだいぶ違うものとして夫婦のあり方に反映されていると思います。ただ、監督はどちらも僕ですし、高橋くんはよく知っている友達でもあるので、なんとなく共通した感覚もあって。それは何と言っても女性のほうが強いということ。悦子は世界の全責任をひとりで背負ってしまうわけで、女性にそんな責任を背負わせるのは恐縮ではあるのですが(笑)。それは男の目線かもしれませんが、フィクションの世界ではそれが面白いし、日常感覚でもそうだよなということは、僕と高橋洋の間で共通していました。最終的には女性が引っ張っていく、女性が決断を下すという展開になるのは『散歩する侵略者』も『予兆』も同じですね。

夏帆:私も映画版を意識することは特にありませんでした。『予兆』は映画から生まれたスピンオフで、映画と同じ設定ではありますが、まったく別のものと捉えていました。ただ、『予兆』の脚本を読んでから『散歩する侵略者』を観たので、より一層この世界観を理解することができたと思います。

ーー『散歩する侵略者』はもちろん、黒沢監督の作品全般においてもそうなのですが、『予兆』はエキストラの方々の動きが非常に印象的でした。

黒沢:エキストラの動きは重要ですね。主人公を撮っていても主人公だけが映っているのではなく、周りに余白がたくさんあるわけです。そこに何を配置するかで印象が全然変わってくるので、主演俳優がある動きをしているなかで、エキストラはもちろん、風の動きや光の変化など、様々な表現を試みています。

夏帆:病院のシーンや縫製工場のシーンとかすごかったですよね。私は病院のシーンでは出番がなかったのですが、撮影の様子を見に行ったんです。東出さん演じる真壁が歩くのとあわせてバタバタと人が倒れていくのは見ていて本当に面白かったですね。しかも皆さん倒れていくのがすごく上手くて(笑)。

黒沢:メインの登場人物以外の人間をどう変化させていくかは、僕としてもやりがいがありますし、演出において一種の腕の見せどころでもあります。

ーー夏帆さんはホラーやサスペンス作品と非常に相性がいい気がするのですが、今回の悦子のような役を演じる際、特に意識していることはあるのでしょうか。

夏帆:そうですか?(笑)その都度、いろいろと考えてはいるのですが、特別何かを意識していることがあるかと言われると……。

黒沢:今回の撮影に入る前は園子温さんの『東京ヴァンパイアホテル』をやっていましたよね?

夏帆:そうですね。『予兆』に入るちょっと前にやっていました。

黒沢:僕はまだ拝見していないのですが、それもあってかは今回はラクでした。経験のない女優さんですと、悦子のような役柄をどうやって演じるか戸惑われたと思うのですが、拳銃を持って倉庫の中をゆっくりと進んでいく姿なんか、もう板についていて。

夏帆:そうですか? なんか似合わないなと思ってしまいましたけど(笑)。

黒沢:いやいやいや。拳銃を持って走る姿なんて、毎日持ち歩いているんじゃないかというぐらいで。

夏帆:『東京ヴァンパイアホテル』の撮影で毎日持っていたのは確かです(笑)。

黒沢:そうですよね(笑)。ちょっと予想外だったのが、あまりに素早くババババッと撃つので、「一応素人という設定なんですけど…。これだとプロではないですか」と。

夏帆:そうなんですよ。ついつい癖で撃っちゃって(笑)。

黒沢:拳銃を撃つ手つきはプロのようでした。

夏帆:黒沢さんにおっしゃっていただいたように、確かに自分では意識していないところで、これまでの経験が積み重なっているところが大きい気がします。いろいろ失敗もして、自分なりにいろいろと考えた結果が、今回の作品にも反映されていると思います。(取材・文=宮川翔)