銀歯。その他アクセサリーや電化製品など。見渡せば、「銀」は私たちのまわりに溢れている。そんな日本の銀、もとい世界の銀の歴史を支えた重要な世界遺産である島根県の石見銀山は、今年で世界遺産登録10周年だ。

にも関わらず、日本にある世界遺産の中でのリピート率は、ワースト2とも言われているらしい…。

「それは、みんな石見銀山の本当の素晴らしさを理解しないまま帰ってしまうからなんです。きっと、穴一つの世界遺産だと思っているでしょう? 違うんですよ」

と、現地を訪れた際に知り合った観光ガイド、「石見銀山ガイドの会」の会長・安立さんが教えてくれた。そう、ここ、穴一つじゃないのだ。

わからないまま帰るのは
もったいないですけん

「先日、楽天トラベルで“本当に行ってよかった日本の世界遺産”っていうランキングを発表したんです。19箇所中、石見銀山は18位。行ってよかったと思われてないんですよ…」

と言って、残念そうに眉毛を下げる安立さん。ちなみに19位は群馬県の富岡製糸場、17位は軍艦島など明治の産業革命時重要な役割を担った場所。

「下三つは産業遺産と言われている所で、自分たちで歩いただけではその良さがわかりにくく満足度が低い。三年程前、NHKで富岡製糸場と石見銀山はガイドと歩くことがおすすめと放送されましたが、ほとんど認知されていなくて残念。ぜひ、ガイドと一緒に歩いてほしいんです」

このガイドツアーを経験した私からも言いたい。ぜひ、石見銀山の旅は彼らガイドの会を頼ってください、と。

なぜかここの良さは
フランス人の方が知っている

日本人の人気を差し置いて、じつは石見銀山、以前フランスのミシュラン旅行ガイドに掲載されたこともあるという。銀山の麓の町・大森地区にある小高い丘の上の神社から見下ろすと、赤い石州瓦の町並みが南フランスの風景に似ている、なんて言う人もいうけれど…。

「フランスから視察に来た方は、みんなこの大森の地区をほめますね。余分なものがない、そのまま残ってる、って。先日ロシアから来た視察の人も絶賛して帰りました。彼らが言うには、世界遺産の中に町の人の普通の暮らしがありながら、自然や町並みも保存できているのが素晴らしいと」

家の縁側には花が飾られ、さりげなく町に彩りが加えられている。

「綺麗でっしゃろ。これ、この縁側は誰が腰掛けてもいいですよっていう、お客さん歓迎の印なんですよ」

町の人がみんなで作り、大切に守ってきた自慢の世界遺産。でも、そのりきみがない自然体な感じがすごく好みだなぁ。なんて、すでに心が捕まれつつあった。さて、どんな旅になるやら。

自転車を借りて銀山へ。
最初の目的地は…小学校?

石見銀山を訪れるのは初めてだった私。観光の勝手がわからないので、とりあえずガイドの安立さんについて行くことにした。どうやら大森地区から銀を掘っていたとされる「龍源寺間歩」までは、約2キロほどの登り坂で、車で行くことができないらしい。

観光の際は電動自転車がおすすめとのことなので、私たちも早速自転車を借りて出発。

安立さんが最初に足を止めたのは、小さな町の小学校だった。

この地区では、小学校に「銀山学習」というものがあるという。小さい時からこの場所の素晴らしさを学んだり、銀山遺跡の保存方法を手伝ったりして大きくなるそうだ。

「ここの卒業生で、今40、50歳くらいになる人たちがこの街を支えています。だから、ここの世界遺産は、この小学校が支えていると言っても過言ではないのですよ。ちなみに隣の保育園に今いる子供は19人」

この町の規模にしては、なかなかの人数かもしれない。

「一時期、子供が減って廃園になりかけたんです。でも、この保育園出身で町の大きな会社の社長さんになった人たちが、古くなった家を買い取って修復し、若い夫婦に月3万5千円で貸し出したり、子供が一人生まれたら月5000円の手当を出したりして、子育てを支援したんです。計算上、7人生まれたお家は家賃がタダですね(笑)」

こういった手当も含めて、みんないろんな方法でこの町を守ろうとしているという。

あの山から、
銀がようけ採れました

そして、銀山のある山の方を指差しながら、安立さんが言った。

「あの辺りから銀を採り始めたんですが、当時は穴を掘る必要がなかったくらい銀がようけ採れたそうですよ」

山の上で採れた銀は全部山の下へおろされ、海へと12キロほどの距離を運ばれた。到着した港から、銀は各地へ旅立ったのだ。この道路と港も、最初に銀を運んだ別の道路と港も世界遺産に指定されている。

「港のすぐそばにある温泉津(ゆのつ)温泉と大森の町も世界遺産ですよ。この世界遺産を“穴一つ”と思って来る人が多いんですけど、色々あってとても広いんです。銀山は90年前に終わってしまったけれど、道路や、港、温泉、町は、かつて銀山と一緒に栄えたという雰囲気を良く残し続けています。これを”文化的景観”と呼ぶんですが、町の人がみんなで守ってきたわけですね」

そしてそれは、ここが世界遺産になれた理由のひとつでもある。

「今ここに人が住んでなかったり、ボロボロの家が並んでいたりしたら、世界遺産にはなれなかったというわけ。町のみんなが自分たちで申し送りをしたり、お金をかけたりして町を守ってきたからここが世界遺産になれたわけなんです」

自販機に現れる町の人の心

さらにツアーが進んで行くと、こんなものが目に入った。

この自販機、助成金などではなく町の人が自分たちでお金を出して作っているという。ちゃんと景観に馴染むように作ってるんだな〜、なんて感心していたけれど、見るべきポイントはデザイン以外にもあったようだ。

「値段を見てほしいんです。値段がね、山の上も下も一緒なんです。普通坂上がるとちょっと高くなりますやろ」

変わらない理由、それはここが世界遺産になった時、町の人たちで3つの約束をしたから。

「一つ目はお客さんが増えても、空き地に有料駐車場を作るなどして小金を儲けんとこう。二つ目は江戸時代からの道幅を触らんとこう。そして三つ目は、なんぼ観光客が増えても自分たちの家をむやみやたらにラーメン屋や民宿にしてお金儲けに走らんとこうって。それが申し合わせなんです。だから、この自販機では150円でも200円でも売れるんだけど、全く値段を変えていない。これがこの町の人たちの気持ちなんですよ」

みんな、ここを愛し、ここが「そのままある」ことを大切にしているのだ。

銀は、この花の下に

「汗かいた人はいますか? はい、これ食べてくださいね」

次のポイントに移動し、安立さんがおもむろにポケットから取り出したものは、「塩あめ」。

「噛んでなくなったらもう一個あげますけん」

いつもよりちょっとだけ美味しい気がした塩あめでエネルギーを補給し、銀山の始まりや構造などもイラスト付きでわかりやすく解説してもらいながら先へ進む。そして、銀山の入り口に到着。安立さんがふと地面に咲いている白い花を指さした。

「4月と5月に来たら、こんな白い花だらけになるんですよ。ハクサンハタザワっていう花です。じつはこの白い花の下に銀があるわけです」

なんと、昔の人はこの花を銀のある場所の指標にしたという。

「この可愛らしい花と合わせて、シダが銀の目印。シダはどこにでも生えているように見えますが、裏側をみて点々(胞子嚢)がいっぱい付いているものでなければなりません。これらがセットであったらより銀を見つける確率が高かったんです」

宝探しみたいで楽しいでしょ。

この灯の中で掘りました

いよいよ、銀山の中へ入る。

ひんやりとした空気の中、見落としがちなポイントを見たり聞いたりしながらツアーは進んで行く。その時、安立さんが立ち止まって見せてくれたものがあった。

はい、では江戸時代の灯つけますよ」

 そう言って出てきたのは、サザエの殻。当時はこれにエゴマ油を入れて燃やしていたとか。

「江戸時代の灯はね、これぐらいやったと言われています。暗いと思われるかもしれませんが、意外と明るいんですよ。手元が照らせるくらいの灯ということですね」

でも、サザエの殻が燃えて黒いススがいっぱい出るんですよ。このススをみんな吸わないといけないから、肺の病気になってしまう。だから、当時は30歳まで生きたら長生きだって言われていました」

しかもこの灯、小さいので上から水が落ちてきたら消えてしまう。だからみんな、この絵のように後ろに手を回して持ったそうだ。

日本を支えた銀山。そこで働いた人たちの苦労と生き様。これも大事な歴史の一部だ。

「ちなみにこの灯は螺灯(らとう)と言って、太田市のマスコット・らとちゃんはここからきてるんですよ」

ツアー当初から、安立さんの胸元についているサザエ頭のぬいぐるみが気になっていた。ここにきてようやく納得。そういうことだったのか、ってね。

さて、続きは自分の目と足で

ユーモアとホスピタリティ溢れる安立さんのツアー。今はただ、静かにそこにあるだけの銀山で当時の様子を聞いていると、頭の中でタイムトンネルを潜る瞬間が何度も訪れた。まるで気分は江戸時代。

けれど、今回ツアーの紹介はここまでにしておく。 いじわるじゃありませんよ。当然、私が全てを話してしまうのはもったいないから。彼のいろいろな説明を聴きながら、銀山の少しひんやりとした暗がりの中を進むのはとてもワクワクしたし、これ、絶対直接体験する方がいいと思うから。ここの良さ、フランス人は知っているのに、日本人が知らないだなんてもったいない。

山の方だけ、町の方だけ、など、ガイドの会にはいろんなコースがあるし、それぞれが、好きなものを選んでお願いすれば良いと思う。1コース、ワンコインから。

 

「また来たいと思われる世界遺産にしたいけん」

 安立さんはそんな風に言っていた。じつは私もこのツアーに参加するまでは、これが石見最初で最後の旅かなぁと思っていた。でもそれは、「知らなかったから」。特に知ることができてよかったと思うのは、この世界遺産を守り続ける町の人たちの自然体の愛。

今は、どうだろう。また石見に行きたいなぁ。そして、のんびり散歩したり、お茶したり、緑を眺めたり、町の人とおしゃべりしたりしたい。旅の帰り道、ポッケの中から出てきた彼のオリジナリティー溢れる名刺を眺めながら、すでに私は次はいつ、誰を誘って石見に行こうかを考えている。

ガイドさんとまわる石見旅、おすすめ。

【石見銀山ガイドの会 HP】
http://iwamiginzan-guide.jp/

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