今や社会人の2人に1人が転職している時代。総務省の労働力調査でも2016年の転職者数は306万人。7年ぶりに300万人台の大台に上がったとニュースになり、これからも転職人口は増加予測。

そこで本連載では、いい転職をした女性と、悪い転職をした女性にお話を伺い、その差は何かを語っていただきました。

吉田由香子さん(仮名・36歳・千葉県出身)

転職回数……3回(食品メーカー、PR会社、医療機器メーカー、派遣社員)
転職した年齢……24歳、34歳、35歳
年収の変化……200万円、480万円、500万円、320万円
学歴……都内の名門大学卒業

「自分の能力は、みんなが思うよりも高い」

子供の頃から成績は良かったんですよ。中学校までは、勉強しなくても成績は学年で3番から下がりませんでした。私立の中高一貫女子校に高校から編入したのですが、ここでちょっとおかしくなってきたかも。周りには頭が良くてかわいい子がいっぱいいて、私なんて全然イケてなかった。今まで自分が一番、頭が良くてかわいいと思っていたので、ショックでしたね。だから、必死で勉強して、名門大学に推薦で入りました。

大学に入ってからは、遊びも勉強もイマイチで、「私のホントの能力をみんなわかっていない」と思っていたかな。今まで勉強ばかりしていたから、ちょっとヲタっぽいことをしようとしたんです。そういった場所で、女子がいたら人気があるじゃないですか。だから、すごいかわいい子が鉄道やアニメに膨大な知識があったりすると、私の居場所を奪うなと呪いながら生きていました。本当のところ何も夢中になれなくて、“ヲタクになれないコンプレックス”で苦しみました。

新卒時に就職したのは、コンサバな食品メーカーの子会社

特にコネもないので、新卒時の就活はボロボロでした。予定では、丸の内をスーツ着て闊歩するデキる女だったのに、実際はダサい制服着てデータを入力するモサい事務員。会社も大手は全部落ちて、かろうじて引っかかったのは、大手食品メーカーの子会社。有名な名前を冠しているから、勘違いした親戚や世間の人から「いい会社にお勤めなのね」と言ってくれるのが切なくて。親会社と比べると、給料も劣るし、仕事の内容も単調。親会社の人からは、明らかに差別されていることがわかるんですよね。変なあだ名をつけられて、「あいつらにメンドウなことをやらしておけばいいんだよ」みたいな扱いをされていました。

おブス枠の容姿は、イロモノ扱い……屈辱的だったとか

仕事の現場でも、派遣社員の人の方が仕事はできて、給料泥棒状態が続きました。しかも私は自分ではかわいいと思っていたけど、現実にはあまり美しくないので、同僚や親会社の人から、容姿面でいじられて、毎日家に帰っては「私はいい大学出て何やってんだ」とお風呂で泣いていました。

先輩に誘われるまま、PR会社に転職

新卒で配置されたのは、資材調達をメインに行ない出張も多い花形の部署だったのですが、2年目からは閑職に島流しされました。毎日ヒマで1日中ネットニュース見て、定時で帰宅。会社から期待されていたのに、応えられなかった自分を不甲斐なく思い、自分を責めまくりました。

その年末に、そんな状況を相談していた先輩が勤務するPR会社に誘われたのです。個人の裁量は多く、責任ある仕事を任せてもらえて自分も成長できると、悩んだ末に転職を決めました。翌年の2月に簡単なペーパーテストと社長面接を受け、一発合格でした。

会社に辞表を提出したら、すぐに受理され1か月半後の4月1日からPR会社に転職。このPR会社には10年間務めましたが、血尿が出るくらい忙しい時期もあり、外回りだったので外反母趾と巻き爪が悪化し、手術を受けたこともありました。それでもイベントをやって人が来れば嬉しいし、クライアントさんに喜んでもらえるなど、やりがいはありました。

でも、給料は上がらないし、私より優秀な後輩がたくさん入って来る。ぶっちゃけ、PR会社って、決裁権を持っているオジさんを落としてナンボ……っていうところがあるんですよ。34歳になって、仕事の成績が頭打ちになり、全然輝けないと思っていたところ、クライアントだった医療機器メーカーから「PRと広報の正社員として来てほしい」と誘われて、転職を決めちゃったのが、最悪の転職だったと思うポイントです。

転職前で培った人脈を、転職後に活用したことも「裏切り者」の烙印を押される要因に。

仁義を通さずに転職してしまったツケは大きかった……〜その2〜に続きます。