ネイマールは2009年のU-17ワールドカップでは、フィリッペ・コウチーニョとともにブラジル攻撃陣の屋台骨を担っていた。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

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 2009年のナイジェリア決戦から、もう8年になる。
 
 日本関係者の期待を背負ったプラチナ世代(1992年〜93年早生まれ)は、U-17ワールドカップでブラジルと対戦した。実はこのチームがブラジル代表と戦うのは3度目だった。過去2度は一歩も引かず、むしろ互角以上の内容で引き分け。世界大会でも終了間際の不運な失点で2-3と敗れたが、選手たちからは「もう一度やったら絶対に勝つ」と自信の言葉ばかりが集まった。

 
 しかしそれから8年後のフル代表対決を迎え、プラチナ世代でピッチに立ったのは交代出場した杉本健勇ただひとり。一方ブラジル側は、当時10番をつけて大黒柱だったフィリッペ・コウチーニョが欠場したが、GKアリソン、カゼミーロ、ネイマールと、ナイジェリアで戦った3人が今では世界的なスターに成長して雄姿を見せた。
 
 落差が生まれる兆候は、すでにU-17ワールドカップの2年後から見えていた。年齢制限は1年ずれているが、ブラジルはU-20ワールドカップで優勝し、コウチーニョを筆頭に、先の日本戦でプレーしたカゼミーロ、ウィリアン、ダニーロ、アレックス・サンドロなどが主力を成した。
 
 それに対し日本は、プラチナ世代を牽引する宇佐美貴史らもプレーしたが、アジア予選で敗れている。その後はブラジルの選手たちが20歳代前半で世界トップレベルに上り詰めていき、逆に日本のプラチナ世代は、本田圭佑、長友佑都、岡崎慎司らに象徴される「北京世代」を突き上げることができず、日本代表低迷の一因になった。日本もトップランナーだった宇佐美は若くしてバイエルンへ移籍し、宮市亮はアーセナルと契約してレンタル先のフェイエノールトでブレイクした。しかし2人とも今では日本代表から離れている。
 
 現在同世代では、バルセロナ、レアル・マドリーからゴールを奪っている柴崎岳が出世頭だが、むしろ目立つのはU-17代表に選ばれていない選手たちの下剋上で、今回の遠征には高体連出身の昌子源と車屋紳太郎が名を連ね、Jアカデミー出身者では小林祐希や武藤嘉紀が前回の国内親善試合で起用された。
 もちろん王国ブラジルと日本では、歴史、文化、国際的な評価などが大きく異なる。成功者が溢れるブラジルなら欧州でも信頼度が高く、下部リーグの選手にも各国スカウトの目が届く。またリーグの質、言語も含めて、欧州順応の難易度は、日本とは比較にならない。
 
 しかし宇佐美がバイエルンで出場機会を得られなかったように、ブラジル勢もネイマールを除けば、少なからず紆余曲折はあった。アリソンがローマでレギュラーに定着したのは今シーズンからだし、インテルに移籍したコウチーニョは途中エスパニョールにレンタルで出され、リバプールでも確実に認知されたのは2シーズン目からだった。カゼミーロにしても、レアル・マドリーでの成功はポルトへの貸し出しを経由している。
 
 おそらく彼らには自分の長所への揺るぎない確信、逆境を乗り越えていく強靭なメンタリティ、それに成功への切実な飢餓感があった。もしかすると柴崎にも同じサクセスストーリーを描けるチャンスがあったのかもしれないが、ブラジル勢、あるいは鹿島の先輩に当たる内田篤人と比べても、欧州進出が遅かった。
 
 一方で彼我を比べて、気になるのがエリート同士の成功確率である。競技人口を考えても、圧倒的に競争率が高いはずのブラジルの選手たちの方が、若年層から着実に代表に残ってきている。それは17歳までにどんな育て方をしたか、とともに、どこに着眼してきたか、という問題も潜んでいる可能性もある。もともとプラチナ世代は、攻撃的に上手い選手が多いと嘱望されたわけだが、技術的な仕上がりが早い反面、攻守の強度を十分に得られていない傾向が見られる。そう考えれば、逆に武藤、昌子、車屋などが頭角を表わしたのも必然になる。
 
 もちろん日本のプラチナ世代にも逆襲の可能性は残っている。だが画期的に才能に溢れた世代が、これだけ王国に水を開けられたという現実は、しっかりと検証をしておく必要がある。
 
文:加部 究(スポーツライター)