「東京落語会」で700回記念口上を行った(左から)柳家花緑、春風亭昇太、柳家権太楼 、三遊亭小遊三、柳亭市馬/(C)NHK

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NHK Eテレで放送中の「日本の話芸」(毎週日曜昼2:00-2:30)。11月12日(日)の放送では、1959(昭和34)年の開始から数えて700回を迎えた「東京落語会」の記念すべき公演を送る。柳亭市馬、三遊亭小遊三、柳家権太楼、春風亭昇太、柳家花緑による記念口上の他、花緑が「時そば」を披露する。

【写真を見る】11月12日(日)の放送では、花緑が初心者にも分かりやすい古典落語「時そば」を披露する/(C)NHK

今回、公演を終えた市馬と小遊三に「東京落語会」に対する思いなどを聞いた。

■ 落ち着いて考えると、すごいことです!

――700回を迎えましたが、お2人にとって「東京落語会」はどのような存在ですか?

小遊三:昭和34年からということで、すごいことですよね。昭和34年っていうのは、王(貞治)さんが読売巨人軍に入った年だからね(笑)。王さん、とっくに辞めちゃっていますからね。

市馬:(「東京落語会」が)始まった頃はテレビの放送がなかったけど、最近は放送になるので見ますね。でも、700回というのは素人の時からの思い入れがありますから、そこで口上を言うとか、トリを取るとか、落ち着いて考えるとすごいことですね。

――記念すべき会で、小遊三師匠は「らくだ」市馬師匠は「八五郎出世」を披露されました。なぜこの演目を選ばれたのですか?

小遊三:演目は結構前に決めるのですが、何をやるか聞かれた時にふと「らくだ」でもやってみようかなと思ったんです。そして、今日になって困るんです(苦笑)。これは不思議なことで、演目を決める時とやる時で、気持ちが同じってことはないですからね。

市馬:私は単純に、おめでたいのがいいだろうということで選びました。

■ 寄席は女性が行く場所ではなかった!?

――この会のお客さんは厳しいと聞いたことがありますが…。

小遊三:最近、少しやわらかくなってきたかなとは思います。僕が前座の頃は、チケットを買ってわざわざ来ているのに「こいつのは聞かないよ」って感じで、噺(はなし)が始まるとロビーに出ていく人もいたんです。それが、1人や2人ではなくて…。これは恐ろしい会だと思いましたね。それがトラウマになっていたから、自分が出る時も無駄な緊張をしました(苦笑)。先代の(橘家)圓蔵師匠がトリを取る時は、言い訳していましたね。「お客さん、帰っちゃだめだよ」って(笑)。それくらいプレッシャーがかかっていたんでしょうね。そういう会でした。

――この会はホール落語の老舗ですが、他の会と違うところは何ですか?

市馬:ここ会のいいところは、新作も古典も分け隔てなくできるところです。今日は違いましたけど、必ず1本、新作が入りますからね。他の会は、結構、古典重視なんですよ。

――市馬師匠は20回、小遊三師匠は43回も出られているんですね。

小遊三:毎回、同じような噺(はなし)ばかりやっているけど (笑)。まあ、回数の問題じゃないと思いますけどね。

――今、落語が若い人に人気ですが、初心者にお薦めの演目はありますか?

小遊三:難しいねー。

市馬:寄席とかに身を投じて、演目がどうかというよりも、周りの雰囲気を味わってもらいたいですね。

小遊三:最近は女性の方が増えました。よく笑ってくれるし、明るくなったし、雰囲気が全然違いますよ。昔は男性ばっかりでしたらね。平日の昼席は年配の方や仕事に行き詰った人とかが多くて…誰も笑いませんよ! 土・日・祝日は、ご夫妻でいらっしゃる方も増えましたね。女性の方が増えたのは、50年代中頃からかな!? “カルチャーセンター”という言葉がはやり始めた時、「寄席は人がしゃべる場所だから勉強しに行こうかしら」という奥様方が増えたのかもしれないです。僕が学生の頃とか、昔は暗かったですよ。

市馬:昔は女性が1人で入るような場所ではなかったです。最近は女性が増えたので、おじさんたちが喜ぶ噺(はなし)がやりにくくなったのは確かですね(苦笑)。ネタも変わってきました。

小遊三:最近、夏休みとかにお母さんが娘さんと来ているのが、目につくんですよ。そんなこと、昔はあり得なかったですからね。世の中が変わったなぁと思いますね。