みなかみ町では、2008年ごろから農泊をスタートさせた

地方の中山間地域を自動車で走ると、閉鎖されたお店やガソリンスタンド、廃墟になった学校や病院が目につく。少子高齢化による過疎化の影響を受けて「消滅」の瀬戸際に立たされているところも少なくない。

生活環境の悪化が推測される地方においても、その暮らしを選択したくなるような魅力ある地域になれないか。群馬県の最北端。新潟県魚沼市などとも隣接する利根郡みなかみ町は、そんな問題意識から生き残りをかけて、人を呼び込む仕掛けを試行錯誤している。

「農泊」がもたらしたもの

拙著『みなかみイノベーション―群馬県みなかみ町に見る農泊を核とした観光まちづくり』に詳しく解説しているが、みなかみ町では、2008年ごろから地元の農家による国内外の宿泊者受け入れ=農泊をスタートさせ、受け入れ農家・体験者とも、順調にその数を伸ばしている。みなかみ町内だけでなく、沼田市、川場村、高山村、昭和村など隣接の市町村にも広がっている。

みなかみ町で初期段階から宿泊者の受け入れを行っている農家の男性は「特別なもてなしは何もしていない」と語るが、訪れた学生や子供たちの感動は大きく、体験後の交流は深く長く続いているそうだ。台湾、マレーシア、インドネシアなどからの体験者も増えているので、スマホの翻訳アプリを活用して対応し、コミュニケーションに不自由はないと笑う。


海外からの体験者も増えている

それぞれの農家がそれぞれの流儀で体験者たちを迎えるわけだが、お互いのおもてなしメニューなどの情報交換にも積極的に取り組み、改善に向けて余念がない。

町からの農泊受け入れ要請に対応するだけだった農業従事者に、「観光業」としての企業家精神がめばえたのだ。農泊が拡大したことで、みなかみ町を離れて生活していた農家の子供たちが孫を連れて手伝いに帰ってきたり、古民家を借りて再生を始めた農泊提供者がいたり、移住希望者が増えてきたりといったうれしい変化も現れてきた。

町の最北部にある人口450人ほどの集落で先代から継承したホテル・スキー場を経営する松本氏は、都内の大手企業からのUターン。「働く場所がない」が住民たちの口癖のようになっていた場所のホテルであるにもかかわらず、毎年各地から応募してくる新卒学生を採用し、「自然と笑顔に」という理念を打ち立てた。


農泊の体験者

これには「自然を通じて心からの笑顔を生み出す」「働く人たちが心から笑顔になれる環境をつくる」「地域の人たちが一緒に笑顔になれる循環をつくる」という思いが込められている。厳しい状況の中で、「自社だけが生き残ればいい」という考えでは長期的な安定は求められない。全体が潤う循環を松本氏は強調している。

松本氏に「次の手」を尋ねると、その一例として「ヘルスツーリズム」の答えが返ってきた。

「心身を病んだ人が、健康な環境で、体に良いエクササイズと食生活などを体験して、回復することを狙いとしたツアー」。中高年が最も好むレジャーである「旅」と、メタボやうつ病などから解放する「健康」を組み合わせたツアーとして業界関係者も注目しているそうだ。

行政との連携

国は、「2060年に1億人程度の人口を確保する」という中長期展望に立ち、2015年から2019年度までの5カ年で取り組む「地方創生」戦略を明らかにしている。2016年にはこの戦略をかみ砕いた「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を打ち出し、地方に仕事をつくり、平均所得を向上させ、安心して住み続けられる「好循環」をつくり出そうというのを大きなテーマにしている。

私が関心をもったのは、その戦略目標の中に「時代に合った地域をつくり、安心な暮らしを守るとともに、地域と地域を連携する」と掲げられていた点である。内容は「立地適正化計画」=「コンパクト・シティ」構想で、そのメリットや合理性はうなずけるものの、中山間地域の実情にはそぐわないと感じた。

効率や利便性よりも、人々が「生まれ育った土地に住み続けたい」「少々の不便さは気にならない」というマインドの部分を拾えていないと思うからである。

戦略の立案者たちも、段階的なプロセスとして、中山間地域などには「小さな拠点」の形成が重要だとしている。その事業目的は、「地域住民が主体的に、行政などと連携して、地域の困りごとに対応(活動)することで、暮らし続けたいという『願い』を実現させる」などと説明され、「地域イノベーション」への入口にはなると思う。一方で、この戦略そのものが「地方」への丸投げになって、双方が疲弊してしまうことを懸念する。

「地方創生」戦略の中で、「地方創生インターンシップ」を活発に展開するという施策にも注目している。インターンとは、期間を設けて実務現場で研修を受けることであり、「企業インターンシップ」はすでに広く普及し、大手企業の採用シーンでは、これが重視されている。その仕組みを、地方創生の現場にも適用し人材還流と地域人材の定着に寄与させようというのが、この「地方創生インターンシップ」である。


みなかみ町

地方の活性化、地方創生には、内的な変革が埋め込まれ、連鎖反応を続けていくことが不可欠である。それを仕掛け、運営し、進化させる力は人材にある。そう考えると、この施策に参加する学生の存在は、地域活性の触媒になりうるかもしれない。

みなかみ町でもいくつかの大学から、何名かの学生がインターンとして訪れ、そのまま地元の会社に就職しているケースもある。

都会の大手企業さえ人手不足の今日、地方で、それも中山間地域の企業・農業法人などに目を向け、足を運ぼうとする学生は極端に少ないが、関心は低くない。

「地方、過疎地のほうが、個性や能力が活かせるかもしれない」と考えている学生も潜在しているはずだ。ただ、情報が少なく、カリキュラムや受け入れ体制など、もろもろの環境条件の整備が遅れているのは課題だ。

ロールモデルのみなかみ町


日本の中山間地域には「ヒト・カネ・モノ」がない。世界遺産級の自然・文化・産業遺産があるとか、大河ドラマの舞台になったとか、集客力のある「地元B級グルメ」とか、聖地・パワースポットなどの観光資源に恵まれているところは、ほんのひと握りである。それらが一過性のにぎわいで終わらず持続的にリピーター層を形成できているところは、さらに少ない。

みなかみ町もまた、めぼしい観光資源があるわけではないが、「農泊」は、「コト」(体験)を打ち出したことで活路を見いだした。そして住民たちは新たな「働き甲斐・生き甲斐」を見いだしている。みなかみ町に生まれたのは、こうした人的ネットワークという資産だ。

少しずつでも収入や雇用など成果の手ごたえを感じることができ、持続可能な方法であるみなかみ町の「農泊」は、どこの中山間地域でも無理なく取り入れられる。みなかみ町の「農泊」が生み出したのは、「地域イノベーション」の1つと言っても大げさではない。