微妙な表情の変化から、お辞儀までしてくれる

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 性産業、とくにAVや「大人のおもちゃ」といった分野では、日本は世界でも独特なポジションを築いてきた。日本のクールジャパンは、実はこうしたアダルトコンテンツにも支えられていたわけだが、昨今、その構図が崩れてきたという。ソフト戦略を重視し始めた中国共産党の進撃は、凄まじい。ノンフィクションライターの安田峰俊氏がレポートする。

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 パソコンに向かう青年たちと、机の上に置かれたロボットのサンプルや雑多な機械類。そんな研究室の一室で、セーラー服姿のコケティッシュな美少女が片膝立ちで微笑んでいた。

 透き通るような肌に、あどけない瞳と口元。膝上10cmのスカートから伸びる細い足。白衣の男が親しげに声をかける。

「宝貝、ニーハオ。君に彼氏はいるのかい?」
「面白い質問ね。ふふふ」

 表情を動かさない彼女の背後から人工音声が響いた。日本はどんな国、空はなぜ青いの……? 質問を次々と聞き取り、答えていく。

「君は人類をどう思う?」
「みんな敵です。すべてを滅ぼしちゃいますね」

 目を丸くした私に、「彼女」の開発元企業CEO・楊東岳氏(34)が笑いかけた。

「びっくりしました? わざとユニークな回答をするようプログラムしておいたんですよ」

 ここは遼寧省大連市の甘井子区。郊外の田舎町にある大連蒂艾斯科技発展股扮有限公司(EXDOLL)の研究室内だ。2013年設立の同社は、いまや中国で有数のラブドール(高級ダッチワイフ)製造企業として知られている。

 EX社は今年8月18日、中国の新興企業向け市場・新三板に、ラブドール業界では世界初となる株式上場を果たした。従業員数は130人で、約3000平方メートルの工場を自社で保有。1か月あたり400〜800体を出荷する。各商品の価格は2980〜2万3800元(約5.1万〜40.5万円)ほどだ。

 一般的に言えば、モテない孤独な男性との親和性が高そうに思えるラブドールは、大人のオモチャのなかでも特に後ろ暗いイメージが漂う。そうした商品を扱う会社が、コンプライアンス面の制約も多い株式上場に踏み切り、「表の世界」におどり出たのはなぜか?

 ゆえに私は好奇心半分、冷やかし半分のつもりで取材を申し込んだのだった。ところが現場で目に飛び込んだのは、クリーンな研究室に並ぶ、スタイリッシュなハイテクイノベーションの数々であった……。

◆「かわいい」を中国に

「ラブドールとの出会いは日本留学中のことでした」

 EX社CEOの楊東岳氏はそう語る。都内の大学で電気情報学を専攻していた2005年、「代購」を手掛けたのが事業の契機だった。

 これはネットで注文を受けて代理購入した日本の物品を中国に送る行為で、留学生の小遣い稼ぎの定番だ。そこで様々な商品を扱ううち、1体70万円近いラブドールを求める中国の顧客が大勢いることを知った。

「オリエント工業(業界大手)の製品を購入して、クオリティに感動したんです。価格が高くても、美しいものは売れるのだと確信しました」

 過去のダッチワイフには風船のようなチープな製品も多かった。だが、1990年代後半に米国でシリコン製の滑らかな肌を持つリアルドールが開発される。やがて日本のオリエント工業が少女タイプの高級ドールを発売して、話題に。2000年代後半には国内で10社近いメーカーが競合し、ファン専門誌が創刊されるほどであった。

 同じ東洋人だけに、日本的な「かわいい」ドールは中国人にもウケる。楊氏は26歳になった2009年から起業の下準備をはじめた。

「日本のメーカー、アルテトキオ社のドール造形師に技術指導を受けました。ドールの顔は蝋人形の製作技術を応用しています」

 高級ラブドールはシリコン製(安価モデルはポリウレタン製)で、内部に金属の骨格を持つ。ユーザーが「実用」や撮影をする際に、自在なポージングを実現させることが重要だ。

「現代の中国には製造業の技術が蓄積されています。シリコンの肌質はオリエント工業に負けますが、高級モデルの金属骨格はうちのほうが上かもしれません」

 また、シリコンは人肌と似た触感の肌を作れるが、比重が人体より重い。生命を持たない物体だけに、移動やメンテナンスの際は数字上の重量以上の重みを感じるとされる。

「そこで20kg台までボディを軽量化しました。日本製の同サイズの製品(30kg台)より、取り回しが楽になるよう設計しています」

 工場にも立ち入らせてもらった。まず出迎えるのは大量のボディの金型だ。さらに安価モデルの手や足(着脱式)がバラバラと棚に積まれている。いっぽう、一体成型型の高級モデルはヘッド部だけが後付けなので、別の部屋には首のない大量の裸体がぶらぶらと吊り下げられていた。人形とはいえかなり怖い光景だ。

 法的な規制がある日本と異なり、中国では性器付近の造形もリアルに作れる。だが、「違い」はこうした点だけではない。

◆オリエント工業を圧倒

「話を聞く限り、EX社の規模は国内各社とは桁違いです。日本ではオリエント工業でも社員数は数十人程度。市場全体も、ファンの高齢化や若者層の貧困化で非常に苦しい状況です」

 国内中堅メーカーのLEVEL-D代表・菅原史嵩氏(55)は話す。 

 往年のブームは沈静化し、日本では業者の廃業が相次ぐ。業界草分けのオリエント工業すら出荷数は年数百体とみられ、売上(非公開)はEX社の約1911万元(約3億2500万円)を大きく下回る可能性が高い。

「職人の目で見れば、中国側にまだ技術改良の余地はある。しかし、進歩は目覚ましく価格競争力も強い。弊社も数年前からヘッド部分(顔)だけの製造に絞り、中国製のボディに乗せて商品化しているんです」

 後に判明したが、LEVEL-D社が用いはじめた中国製ボディもEX社製品だった。提携先の取扱品だったのだ。他のものづくり分野と同じく、この業界も中国の台頭は凄まじい。

 他方、EX社は元気である。中国では伝統的に男児が好まれ、一人っ子政策のもとで「産み分け」をした親も多かったために、国民の男女比は116:100(標準比は107:100程度)と極端に不均衡だ。結婚に数千万円以上の金銭負担が強いられる例も多く、伴侶がいない男性(剰男)は3000万人以上。潜在市場は大きい。

 中国国内で競合が少なく、日本製の輸入ドールは高価なため、EX社は質と価格の双方で優位性がある。経営陣の全員が八〇後(1980年代生まれ)の若者なので、中国国内のオタク・コスプレ系文化にも目端が効く。

 事実、造形のかわいさが受けて、若い女性の顧客も1割以上いるらしい。男性でも「実用」目的ではなく、写真撮影モデルとして買う人がかなり多いという。

◆動いて話す人造美女を

「現在、表情や身体が人間のように可動したり、AIで会話ができるドールを研究中なのです」(楊氏)

 研究室には本稿冒頭の会話型ドールのほかに、可動型の試作品や内部骨格ロボがいくつも置かれている。

 目を見開き口元を動かす首だけの女性。お辞儀をする水着の美女。その表情に不自然さや不気味さは薄い。

「成人向けの『セクサロイド』のみならず、店舗の看板持ちをさせるなど宣伝ガールとしての売り出しも検討中です。実用化まで6〜7割ほどは開発が進みました」

 ほか、人間をまるごと立体コピーできる巨大3Dプリンターも準備した。社員の女性をモデルにヘッド部を作成し、それをラブドールのボディに乗せた「コピー人形」も試作済みだ。

「女優やアイドルと完全に同じ顔をした、笑ったり喋ったりするアンドロイドが会社の受付嬢になれば面白いと思いませんか?」

 EX社の上場は、アンドロイドやAI開発の資金調達が目的だったのだ。すでに上場時点でも事業方針が評価され、ベンチャーキャピタルから1000万元(約1億7000万円)以上の投資を受けた。

 AI開発の総指揮者には東北財経大学副教授の李博陽博士(35)を招く。中国ロボット協会の副会長で、人工知能学の権威だ。

 習近平政権は2014年から「大衆創業・万衆創新」を提唱してイノベーション立国を図る。結果、スマホ決済の普及に代表されるニューエコノミーは、いまや中国経済を支える柱となった。ドローンなどの機械系ベンチャーも好調で、EX社もまた、その後に続く。

 中国の新規技術は創業当初こそ民間でのびのび開発が進むが、政府の治安部門が顔認証技術を大規模採用したように、やがて「政治」に組み込まれる例も多い。

 将来、中国製の美少女アンドロイドが容姿を武器に世界に普及。サイバー版のハニートラップが始まる……。そんなSF的な未来が来るかもしれない。

【PROFILE】安田峰俊●1982年滋賀県生まれ。ノンフィクション作家。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。当時の専攻は中国近現代史。著書に『和僑』『境界の民』『野心 郭台銘伝』など。

※SAPIO2017年11・12月号