今にも列車が進入してきそうな廃駅のプラットホーム。防災上の理由からパネルが外され、鉄骨がむき出しとなっている。黄色いパネルの部分は、出口があることを示していた(筆者撮影)

――サイバーテロリストのラウル・シルヴァを捕らえることに成功した「007」ことジェームズ・ボンド。地下壕の改造によって建設された新しいMI6本部では、押収したシルヴァのパソコンを解析していた。ところが、仕掛けられていたウィルスによりMI6のコンピューターはハッキングされ、シルヴァを捕らえていた牢屋のカギも解錠されてしまう。脱出に成功したシルヴァは仲間が用意した警察官の制服に着替え、地下鉄テンプル駅からサークル線に乗車して逃走。猛然と追いかけるボンド――

映画「007」シリーズの中でも、歴代1位の興行収入を誇る『007 スカイフォール』(2012年公開)。その迫力あるアクションシーン、中でもとりわけロンドンの地下で繰り広げられる息をのむ追跡シーンの連続に、観客はスクリーンに釘付けとなった。

シルヴァを追っていたボンドが地下道を抜けるとテンプル駅にたどり着くというシーンから、MI6の地下本部は地下鉄サークル線のテンプル駅近くにあることがうかがえる。しかし、もちろん本物のテンプル駅を使って撮影しているわけではない。

撮影現場の廃駅へ潜入!

そんな地下の撮影は、いったいどこで行われていたのか。

これらの撮影は、路線延伸とルート変更のために1999年11月限りで廃線となった、元ジュビリー線のチャーリング・クロス駅プラットホームと駅構内、それに工事の際に使用されたトンネルや通風孔などを使って撮影しているのだ。

2016年6月26日の東洋経済オンライン記事「ロンドン地下鉄の「廃駅探険ツアー」は超レア」でご紹介した通り、ロンドン地下鉄では年に数回、普段は立ち入ることができない場所への探検ツアーを実施している。非常に倍率が高く、発売と同時に売り切れてしまうこれらのツアーだが、中でもこの映画の撮影現場として使われた、旧チャーリング・クロス駅ツアーは非常に人気が高い。

これまで数度、申し込みをするも即完売で涙を呑んだが、今回ようやく参加することができた。そのツアーの様子を、映画のシーンと絡めながらご紹介しよう。

見学当日は、まずチャーリング・クロス駅の待ち合わせ場所に集合。なんだか見覚えのある場所だと思ってみれば、その場所はちょうど映画の中で、敵役シルヴァが仲間から警官の衣装を受け取る、まさにその階段の下であった。


廃止で使われることがなくなった、ジュビリー線プラットホームへ通じるエスカレーター(筆者撮影)

安全反射ベストを手渡され、注意事項を確認の後、いよいよ探検ツアーがスタートする。ジュビリー線の旧ホームへは、同駅に乗り入れる路線のうち、ノーザン線のホームへ向かう途中の踊り場からさらに下へとエスカレーターが続いているのだが、もちろん現在は使われていないので、扉で閉鎖されている。その扉が開けられ、エスカレーターを下りていく。

もっとも、エスカレーターは稼働しているわけではないので、停止中のエスカレーターを歩いて下りなければならない。

停まったエスカレーターを下り、まずはジュビリー線の旧プラットホームに到着。筆者は廃止直前の1999年3月、まだ営業中だったこのプラットホームに降りたことがある。このプラットホームは現在使用されていないが、線路は本線とつながっているため、留置線や非常用の引き上げ線としては活用されていて、ちょうど「幻の新橋駅」として知られる東京メトロ銀座線の旧新橋駅と同じような状況といえる。

天井の鉄骨がむき出しのワケ


1999年から時は止まったまま。今にも列車が進入してきそうなプラットホーム。路線図を見ると、終点がチャーリング・クロス駅となっているのが分かる(筆者撮影)

ところで、この駅は営業していた当時からプラットホーム天井の鉄骨がむき出しとなっていて、お世辞にも見た目が良いとは言えなかった。間もなく廃止する駅だから簡素な造りなのだろうと、当時はあまり気にしていなかったのだが、実際には、かつては壁の色に合わせたパネルが天井まで設置されていたのだという。

1977年に完成したジュビリー線は、当時としては画期的な、明るくカラフルなプラスチック素材のパネルを駅の壁や天井に採用していた。たとえば、通常の壁はオレンジ色で、出口の部分は天井まで回り込んだ黄色いパネルとすることで、プラットホームのどの位置からでも出口を見つけやすいように、工夫されたデザインとなっていたのだ。

ところが、1987年にキングスクロス駅で発生した火災事故の教訓により、燃えやすい素材を地下で使用することは極力避けることとなった。プラスチック素材のパネルも危険性が高いということで、同じ構造を採用した駅はすべて不燃性のステンレス鋼材などへ変更されたが、ジュビリー線プラットホームは廃止されることがすでに決定していたため、大掛かりな改造はされず、鉄骨のままとされたのだ。

この鉄骨むき出しの天井は、映画の中でもその様子を確認することができる。だが、映画撮影時の痕跡はないかとプラットホームを端から端まで歩いて探してみたが、残念ながら残されているものはなかった。

その後、先ほど降りてきたのと反対側のエスカレーター乗り場に用意されたスクリーンで、この駅で撮影された映画のワンシーンが上映され、『007 スカイフォール』以外にも、クマのぬいぐるみで有名なパディントンや、サスペンス・アクション映画『ボーン・アルティメイタム』の撮影にも使われていたことが紹介された。この駅の利点は、まだ線路が本線と接続されているため、実物の車両を動かして撮影できる点で、007や『ボーン・アルティメイタム』においても、走行する列車のシーンが使われている。

ついに007の痕跡を発見!


ボンドとシルヴァが滑り降りてきたシーンで使われたエスカレーター。撮影のため、「立つ人は右側に」という表記や非常停止ボタンは撤去されている(筆者撮影)

ここに来て、ようやく少しだけ撮影時の痕跡を発見することができた。『スカイフォール』のアクションシーンの1つに、逃走するシルヴァとボンドが、地下鉄駅のエスカレーターの袖の部分を滑り降りるシーンがあるが、その撮影に使われたのが、スクリーンの背後にあるエスカレーターだったのだ。

ロンドン地下鉄のエスカレーター袖部分には、必ず「右側に立ってください(歩く人のために左側を空けてください)」という表示と、数メートルおきに非常ボタンが設置されているのだが、撮影のためにこれらはすべて撤去されていた。


エスカレーター踊り場の頭上に表記された映画用の乗り換え案内。映像の中で映るのは、ほんの一瞬のことだ(筆者撮影)

さらに、そのままエスカレーター最上部へと登っていくと、ガイドがこの頭上にある案内板を見てみろと言う。振り返って見上げると、そこには「District and Circle lines」の文字があった。両線はこの駅に乗り入れておらず、この案内板ははっきりと残る撮影時の痕跡である。ほかはすべて元通りに修復したが、ここは撮影が終わった後もそのまま残してあったのだ。映画で見ると、まさに一瞬映るだけの案内板で、細かい部分にまで気を遣って撮影していることがわかる部分だ。

この先はさらに狭い場所へ潜入するため、2班に分かれての見学となった。私たちの班が最初に向かったのは、この路線の建設時に土砂を運び出すトロッコ用として造られ、現在は換気用ダクトとして使用されているトンネルだ。ジュビリー線の廃止されたホームはロンドンの主要な通りであるストランド通りの直下に位置するが、ここには多くの路線バスが運行されていることに加え、道幅もそれほど広くないことから、道路に影響を与えない場所まで工事用のトンネルを掘り、そこから土砂を運び出すという方法が用いられたのだ。


換気ダクトからノーザン線のプラットホームを見下ろす。探検ツアーで訪れるのは、どこも非日常の場所ばかりだ(筆者撮影)

2つあるトンネルのうち、もう片方はノーザン線の換気用に作られたトンネルで、先まで進んでいくと、同線のプラットホームの真上に出た。反対側へ進んでいくと、今度は頭上に薄明かりが見えた。これは土砂を運び出すために設けられた竪穴で、現在は換気用として使われている。ここも映画に登場しており、ハッキングによって留置所の鍵を開けたシルヴァが地下へ逃げ込み、ボンドが追っていくというシーンで使われた場所だ。


換気ダクトから乗り換え用連絡通路への出口。映画を見た人なら、ジェームス・ボンドがこの扉を出て行くシーンを覚えている人もいるだろう(筆者撮影)

トンネルから外へ出て、さらにもう1つのトンネルへと潜入する。こちらも元々は工事用に掘られたもので、有名なトラファルガー広場の直下になるという。

このトンネルも、ボンドが追跡するシーンの一部で使われているのを映画の中で確認できる。そのトンネルから扉を出ると、駅の乗り換え用連絡通路の途中に出るが、そこもまさにボンドが通路へ出てきたシーンに使われた場所だった。約1時間半の見学時間は、まるで映画の中に吸い込まれたかのように感じるほど、そこかしこに撮影現場が点在していた。

ツアーの回数を増やせないか

今回の廃駅ツアーは、もちろん駅そのものの歴史や変遷という部分においても非常に興味深い内容だったが、同駅を使用し撮影した作品ということもあって、最初から最後まで『スカイフォール』尽くしだったと言えるかもしれない。そういう意味で、映画を観たことがあるファンの人にとっては、大興奮の探検ツアーと言えるし、このツアーに参加するのであれば、事前に映画をチェックしておけば、楽しみも倍増するだろう。

日本では近年、映画やアニメ作品の舞台となった駅やその周辺地域などへ「聖地巡礼」として多くのファンが訪れ、町おこしのきっかけとなったケースもある。一方、ロンドンでは長い歴史を刻むトンネルなどの遺構をどのように保存し活用していくか、という点が焦点となっており、今回のようなツアーも広く一般にその存在を知ってもらうことが趣旨で、交通局は経済効果を期待しているわけではない。実際、こうしたイベントの多くは、交通局職員やボランティアガイドによって支えられている。

幅広くこうした遺構の存在を知らせるためにも、ぜひ定期的にこのようなガイドツアーを開催してほしい……と思うわけだが、狭く立ち入りの制限された場所を訪れるイベントは、セキュリティ面を考えるとなかなか難しく、人数や日程の制限は仕方のないことだ。年に数日しかチャンスがないうえに、発売と同時に予約しなければチケット入手も困難なこのツアー、もう少し開催頻度を増やすことができないものだろうか……。

取材協力/Special Thanks:Transport for London(TfL)/ London Transport Museum