ロックミュージシャンを経て経営者という異色の経歴を持つ寺尾玄氏は、ナイキ創業者の自伝をどう読んだのか(撮影:梅谷秀司)

10月27日の発売開始後すぐに10万部を突破し、早くも「2017年最高の書」と高い評価を得ているナイキ創業者の自伝『SHOE DOG(シュードッグ)』。各界で活躍する革新者は、本書をどう読んでいるのか。
高校中退から海外放浪、ロックミュージシャンを経て、バルミューダ社を設立。自然界の風を完全に再現する扇風機や、2万円以上という価格ながら大ヒットを記録したトースターなど革新的な製品を次々と発表し、家電業界の風雲児と呼ばれている創業者の寺尾玄氏に、『シュードッグ』について熱く語ってもらった。

もうナイキしか履かねぇ!


「SHOE DOG」特設サイトはこちら

――『シュードッグ』を読んでみて、どうでしたか?

感動しました。あまりの感動にツイッターでこう宣言しました。「俺はもうナイキしか履かねぇ!」って(笑)。

この本は、冒頭と最後で、著者が自身の気持ちや考えを率直に書いています。それが尋常でないほどすばらしかった。まず冒頭の「夜明け」の章では、24歳の若きフィル・ナイトがランニングをしながら、こう宣言します。

「私は世界に足跡を残したかった。私は勝ちたかった。いや、そうじゃない。とにかく負けたくなかったのだ」

このあとにもすごい言葉がある。

「世界は戦争や苦痛、貧困に溢れていて、単調な毎日は心身を消耗させ、不公平なことばかりだ。そんな中でのただ一つの解決策は、けた外れに大きくてあり得ない夢、追い求める価値があり、自分に見合った楽しい夢を見つけて、アスリートのように一心にそれを追い求めることだ」

私も若いころからそう思っていた。いずれも共感しました。そして一番感動したのが、「夜」の章にある次の言葉。

「みんなに言いたい。信念を貫けと」

これを読んだときに、自分も信念を貫いてここまできたんだ、という思いが溢れてきました。

気が強い「ポジティブ」は最強

――起業家として心に刺さる部分が多かったと。


寺尾 玄(てらお げん)/バルミューダ創業者。1973年生まれ。17歳のときに高校を中退し、海外放浪の旅に出る。スペイン、イタリア、モロッコなど地中海沿岸の国々を巡り、帰国後、音楽活動を開始。大手音楽事務所との契約、破棄を経て、ロックバンド「Beach Fighters」を結成。約9年にわたり活動した後、2003年、有限会社バルミューダデザインを設立。デスクライトやノートPCの冷却台の製作・販売を手がける。扇風機「GreenFan」が爆発的ヒット製品となり、2011年、バルミューダ株式会社に社名変更。著書に『行こう、どこにもなかった方法で』(新潮社、2017年)がある(撮影:梅谷 秀司)

会社を経営していると、年中、予想もしていないことが起きます。フィル・ナイトもそうでしたね。だから経営者としては、ピンチのときにどう考えるかがとても重要なんです。ナイトは、オニツカから契約を打ち切られたとき、仲間の前ですごい演説をします。「むしろ望む地点にたどり着いた」と言い放つ。社員の誰もが沈んでいるのに、彼だけがピンチをポジティブにとらえている。私も倒産寸前のときに「まだ会社は生きている」と考えていました。

ピンチのときに悲観せず、楽観的でいられるのは、ポジティブだから。要は自分にとって都合よく考えているだけなんです(笑)。この本では、ナイトは都合よく考える名人だなと感心するところが、いくつもありました。だからこそ彼は数々のピンチを乗り越えられた。次々襲ってくる出来事をポジティブにとらえるかそうでないかによって、道を切り開くための対応策が変わってきます。それが企業の生死を分けると思うんです。

あと、ナイトはすごく気が強いですよね。気が強いから、ピンチのときも自分の失敗や負けを認めたくない。気の強さは、負けん気の強さともいえます。負けたくないから、自分に都合のいいように考えるんです。彼はポジティブさに気の強さが合わさっているから、ピンチのときの突破力が半端なく強い。私は以前から、気の強さとポジティブというのは、すごく相性のよい性質で、リーダーや起業する人にとってはとても重要だと考えていました。この本を読んで改めて、そう思いました。

私も負けるのが一番嫌いです。性格も考え方もフィル・ナイトと似ているんです。『シュードッグ』の翻訳が出る前に、私も『行こう、どこにもなかった方法で』という自伝を出しましたが、『シュードッグ』と似ているところが多くて驚きました。構成や文中のフレーズ、はたまた借金の仕方とか(笑)。だからこそ、この本には共感しまくりでしたね。

――寺尾さんもシュードッグですね。強い想いを持っているという点で。

起業家にも、いろいろなタイプがいるでしょう。もしポジティブで気が強い性格の人を「シュードッグタイプ」というならば、私は完全にシュードッグタイプです。ほかに、シュードッグタイプだと思うのは、ヴァージンのリチャード・ブランソン、アップルのスティーブ・ジョブズ、パタゴニアのイヴォン・シュイナードです。どの会社も、ロックミュージシャンだった私が刺激を受け、バルミューダを創業するきっかけとなった会社です。

シュードッグが世界を変える

これらの会社に共通するのは、「これがやりたいんだ」という創業者の想いによって、あらゆる事業が動いているところです。

マーケティングのためじゃなく、自分がやりたいことから始まって、それが世の中に伝わり大きなインパクトを与える。それって、ロックバンドと同じだなと思いました。こんな曲を作ったら売れるよなとマーケティングをしてから曲を作るバンドはいない。そういった意味でも、私は、会社はバンド、製品は曲だと思っています。メンバーが集まって自然に音楽になる。それは作ろうと思って作れるものじゃなく、ほとばしり出るものなんです。それこそが真のクリエーティブだと思います。

モノづくりというのは、ものを作って終わりじゃない。私たちが本当に提供しているのは、製品ではなく、お客様がその製品を使って得た体験だと私たちは考えています。たとえば、最高においしいトーストが食べられることで少しでも人生が楽しくなるとか 。ナイキの場合は、走行性の向上や快適さという体験を人々に提供している。スニーカーやトースターはそのためのツールにすぎないんです。

結局のところ、モノづくりを通じて何がしたいのかというのが重要で、それこそが世界を変えていく。私の祖父の下駄箱の中を思い出しても、スニーカーなんて一足もなかった。それが今やどうですか。どんな年齢層でもスニーカーをもっている世の中になった。スニーカーを履いたら歩きやすさを実感し、歩きやすいから行動範囲も広がる。そこで知らなかった新しい人や店に出会って……というように、人々の行動や生活まで変わっていくんです。それは人生の豊かさにもつながります。

――その想いの強さを支えるものはなんでしょうか。

「人の役に立ちたい」という情熱です。そんなことを言うと、本当かな、と思うでしょう? 眉唾ものだと思うかもしれない。でも、人って、人を愛するようにできていると思う。だから人は誰でも、人から好かれたい、人から認められたいって思うんじゃないでしょうか。だとすれば、役に立つしかないんです。フィル・ナイトも、師匠のビル・バウワーマンや両親から認められたいという思いが強かったですよね。認められる唯一の方法が「役に立つこと」です。それは靴を扱おうが、電気製品を扱おうが、車を扱おうが同じこと。

「俺はやりたいことをやっているだけ」という起業家がいたとしても、結局は、社会のため人のために働いているんです。人の役に立つものでなければ、売れないんですから。それはサラリーマンも同じ。社会との接点は会社です。会社に自分の「売り物」を売っていかなければならない。自分の売り物で人の役に立ってこそ、この世界で生きがいを感じられるんだと思います。

ただ、人を好きでなければ、人の役に立とうとは思わないかもしれない。つまり、ビジネスをやるうえで一番重要なのは、人間が好きということ。そして、人間をよく知ること。私も、もちろん商品についても考えますが、それ以上に「なぜ今、おいしいって言ってくれたのかな」とか、人についていつも考えています。

もっとドッグになれ

――寺尾さんのように強い想いで起業する人は、これから増えるでしょうか。

戦後の荒廃の中、日本では多くの企業が生まれ、急成長しました。ホンダの本田宗一郎さん、パナソニックの松下幸之助さんなどの創業者は、誰もがシュードッグだと思います。創業者は会社がゼロだったときを知っていて、何かあってもゼロに戻ればいいと思える強さがあった。でも創業者が去り、経営者が代を重ねると、ゼロに戻す恐ろしさを感じるのではないのか。創業者ではない難しさが出てくると思います。

実際、日本でも「大企業に就職すれば安泰」という考え方が通用しなくなってきている。そうなると、「どうせやるなら、起業して面白いことをやったほうがいい」「もしかしたら、自分が世界を変えることができるかもしれない」と思う若者が増えてくると思います。アップルやナイキを創ったシュードッグたちが、本当に世界を変えたことを見せてくれていますから。

今の若者は負けん気がないと言う人もいますが、私はそうではないと思う。現代の日本では衣食住が足りていて、ラクに生きることができる。けれど、そういう生活ができるようになったのは、ここ200年くらいの話で、それまでは生きることに膨大なエネルギーが必要だった。だから、現代の人間は本来使うべきエネルギーが有り余っているはずなんです。たまったエネルギーは放出せざるをえませんよね? それが犯罪や戦争など、悪の方向にいくこともありますが、起業するためのエネルギーにもなる。「ずっと安定」という状況が崩れている今こそ、起業する土壌ができたとも言えます。

『シュードッグ』を読んで、自分がシュードッグタイプだと思った人には、起業を勧めます。この本には、シュードッグタイプの人間にこれから起こること、そしてそのときにやるべきこと、つまり答えが書いてある。すごく参考になると思います。シュードッグタイプではない人でも、ピンチのときの考え方や自分の力の出し方のヒントを得られるのではないでしょうか。

こんないい手本、教科書があるのだから、ぜひ参考にして一歩を踏み出してほしい。みんなにこう言いたいですね。「もっとドッグになれよ」と。