睡眠不足と食欲や肥満リスクを巡る研究が行われている。


 仕事に追われて睡眠時間が削られる。でも、そんなときほどお腹が減って、何か食べたいと感じる。そのような経験を持つ人は多いのではないか。眠いのだから体を休めればよいのに、食欲には抗えず、つい食べものに手が向かう。

 睡眠不足に加えて過食となれば、おそらく肥満のリスクは高くなるのだろう。だが、そもそもどのような体の仕組みで、睡眠不足と食欲はつながっているのか。

 このような疑問を、今回は睡眠学の研究者に投げかけてみた。応じてくれたのは、埼玉県立大学保健医療福祉学部准教授の有竹清夏(ありたけ・さやか)氏だ。2017年1月、有竹氏は「短時間睡眠のエネルギー消費、深部体温、食欲に与える影響」というテーマの論文を、早稲田大学の内田直(うちだ・すなお)教授(4月に定年退職)、花王の日比壮信(ひび・まさのぶ)主任研究員らと発表した。

 前篇では、これまでの研究で言われてきた睡眠不足と肥満リスクの関係性や、今回の研究のオリジナリティなどについて有竹氏に聞く。後篇では、研究で明らかになった睡眠不足と食欲やエネルギー消費の関係性について、詳しく聞くことにしたい。

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米国などで進む「眠×食」の研究

――これまで、睡眠不足と食欲を巡る国内外の研究では、どのような成果が上がっていたのでしょうか?

有竹清夏(ありたけ・さやか)氏。博士(保健学)。埼玉県立大学保健医療福祉学部健康開発学科検査技術科学専攻准教授。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所で研究員・技師、また国立保健医療科学院/長寿科学振興財団でリサーチレジデントを務めたあと、日本学術振興会特別研究員となりハーバード大学医学大学院に留学。帰国後、早稲田大学スポーツ科学学術院助教、東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター特任助教を経て、2017年7月より現職に。専門分野は臨床生理学、睡眠学、時間生物学。


有竹清夏氏(以下、敬称略) 私も含めて多くの研究者が参考にしてきたものとして、シカゴ大学教授のイヴ・ヴァン・コーター博士とカリーン・シュピーゲル博士(現リヨン大学教授)が行った、睡眠不足が代謝と内分泌の機能に与える影響についての実験の報告があります。1999年に発表されたその論文では、睡眠時間が短くなると耐糖能の低下、つまり体が糖を処理する機能が低下することなどが述べられています。睡眠時間が短いことで血糖値が下がりにくくなり、糖尿病などのリスクを高めることが示唆されたわけです。

 シュピーゲルやヴァン・コーターたちのチームは2004年、睡眠時間とホルモン分泌の関係についても発表しました。睡眠不足になると、食欲を抑制する「レプチン」というホルモンの分泌量が減り、逆に食欲を促進する「グレリン」というホルモンの分泌量が増えると述べています。ホルモンのレベルだけでなく、睡眠不足は被験者の主観的な空腹感をもたらすともしています。

 さらに彼らは別の研究で、被験者の就寝時間を4時間、8時間、12時間に分けて実験を行い、睡眠時間が短いほどレプチンの分泌量が少ないことも示しました。食欲を抑制するホルモンの分泌が減るため、食欲が増進してしまうと考察しています。

――地域住民を対象にした疫学研究でも睡眠不足と食欲の関係は調べられているのでしょうか?

有竹 はい。スタンフォード大学のシャーラッド・タヘリ博士(現コーネル大学教授)たちが2004年に、「ウィスコンシン睡眠コホート研究」という疫学的研究による成果を発表しています。この研究は米国ウィスコンシン州の住民2917人を対象としたもので、睡眠時間と肥満度を数値化するボディマス指数(BMI)の関係などが分析されています。

 一般的に睡眠時間が7時間から7.5時間程度だと、うつ病のリスクが低いことなどが知られていますが、肥満リスクについても似たような結果になっています。夜の睡眠時間が7.7時間の場合にBMIが最も低くなっていて、睡眠時間が短くなるとBMIが高くなり、逆に睡眠時間が長くなってもBMIは高くなったといいます。睡眠時間を横軸、BMIを縦軸とすると、7.7時間を底とする「U」の字が描かれたわけです。

7時間睡眠と3.5時間睡眠、体の変化の違いを調べる

――実験でも疫学研究でも、睡眠時間が短いと食欲が増進したり肥満リスクが増加したりすることが示唆されているわけですね。そもそも、どうしてこのような体の仕組みになっているのかについては考察されているのでしょうか?

有竹 すべての研究者が言っているわけではありませんが、覚醒している時間が長くなる分、エネルギー消費が多くなり、それにより摂食行動も多くなるからという考え方があります。たしかに、寝ている間は摂食しないので、リーズナブルな話には感じられます。

 けれども、睡眠時間が短いからエネルギー消費が増えて、その分、摂食行動が多くなるのかについては、きちんと解明されてはきませんでした。先行研究はあるものの、一通りの知見が出されているわけではありません。

 この点について解明しようと、今回、早稲田大学(当時)の内田直教授や、花王の日比壮信主任研究員たちが中心となり、私も参加して研究を行い、2017年1月に論文を発表したのです。(Hibi, M. et al. (2017) Effect of shortened sleep on energy expenditure, core body temperature, and appetite: a human randomised crossover trial. Sci. Rep. 7, 39640)

――どのような実験を行ったのですか?

有竹 9人の若い健康な男性を被験者としました。まず、3日間にわたり7.5時間の睡眠をとった場合と、3日間にわたり3.5時間の睡眠をとった場合に分けます。そして、3日目の19:00から代謝測定を開始して、3日目の睡眠とその翌日の回復睡眠を含む計48時間を測定対象として、7時間睡眠者と3.5時間睡眠者における、エネルギー消費、深部体温、そして食欲などの違いを調べました。

――先行研究が数ある中で、この研究のオリジナリティはどのようなものですか?

有竹 実験系の緻密さが挙げられます。この類の一般的な実験では、被験者のエネルギー消費量を測るとき、ホースにつないだマスクを装着してもらいます。一方、今回の実験では、花王が所有する「ヒューマンカロリメーター」と呼ばれる個室型の代謝測定装置が使われました。被験者が個室の中で過ごすだけで、呼吸により空気の成分が変化するので、それを測定し代謝量を測ることができるのです。マスクを装着する必要もありません。日本では数カ所の研究機関しか所有していません。

 なおかつ、今回の実験では被験者の血液が採取されて、グルコースやインシュリンをはじめとする体内物質の量の変化が分析されました。さらに、1時間ごとに被験者に空腹感や満腹感などを聞く主観的調査も行われました。

エネルギー消費全体に差は見られず

――実験の結果について聞いていきます。まず、エネルギーの消費については、7時間睡眠者と3.5時間睡眠者でどうなりましたか?

有竹 7時間睡眠者が眠っていて、3.5時間睡眠者だけが起きている時間帯に限っていえば、3.5時間睡眠者のほうのエネルギー消費は増えていました。起きて活動をしている間はエネルギー消費が多くなるので、当然といえば当然です。他の先行研究でも同様の結果が得られています。

 ところが、エネルギーの消費全体について見てみると、7時間睡眠者と3.5時間睡眠者の間で、統計的有意差は見られなかったのです。先行研究では、睡眠を制限された人は、制限されない人に比べて最大7パーセントほど、エネルギー消費量が上回ったとする報告もあります。けれども、今回の実験では、3.5時間睡眠者のエネルギー消費は、7時間睡眠者よりも2パーセントほど上回ったのみでした。統計学的に見ても有意な差とはいえません。

睡眠時間とエネルギー消費の関係を示すグラフ。測定開始3時間後の24:00から3:30にかけては7時間睡眠者は寝て、3.5時間睡眠者だけ起きている時間帯であり、3.5時間睡眠者のエネルギー消費のほうが多い(*が有意差のあった時間)。だが、測定対象の48時間全体では、両者にエネルギー消費の有意差は見られなかった。(をもとに作成)


――となると、もし、それでも睡眠時間の短い人の食欲が高まるのだとすれば、その理由は「長く寝ているときよりエネルギーがより多く消費されたから」とは別のところにあるのでしょうか?

有竹 実験結果からは、そういうことになります。先ほど、今回の研究では血液採取によって生化学的指標も分析したと言いましたが、あるホルモンの分泌量に7時間睡眠者と3.5時間睡眠者で有意な差が見られたのです。

(後篇へ続く)

筆者:漆原 次郎