インタビュー取材に応じてくれたFC東京の大久保嘉人【写真:田中伸弥】

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大会前に蔓延した不安感。選手ミーティングで定められた方向性

 2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会と2度のW杯本大会を経験し、日本代表の成功と失敗を身をもって体験した大久保嘉人。11月6日発売の『フットボール批評issue18』では『日本代表「W杯勝利学」』という特集で、現在FC東京でプレーする元W杯戦士へのインタビューを敢行。世界の舞台で勝敗を分ける要因は何であるかについて自身の経験から語ってもらった。今回はその一端を紹介する。(取材・文:加部究)

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 世界の大舞台が近づく度に、大久保嘉人の名前がメディアを賑わせた。2度の五輪でオーバーエイジ枠として浮上し、2014年ブラジルワールドカップでは土壇場でサプライズ招集を受けた。つまり大久保が、過去十年間以上に渡り、替えの効かないタレントだったことの証とも言える。

「昔はボールを持ったら仕掛ける。それしか考えていなかった。でもマジョルカ時代に壁にぶつかり、このままじゃいけないと凄く感じました。そこからは自分で突破をするケースとパスで味方を使うケースを分けるようになった。プレースタイルが変わりました」

 2003年にジーコ体制の日本代表に抜擢された大久保は、コンフェデレーションズカップへの出場も果たし、順調にキャリアを重ねていた。だがスペインに渡り、2シーズン目に入ると出場機会が減り、2006年ドイツワールドカップへの出場を逃してしまう。

「2010年南アフリカ大会は、ワールドカップに出場するラストチャンスだと思いました。だから絶対に逃したくなかった」

 ワールドカップは小学生時代から夢見て来た舞台だった。

「2009年にヴォルフスブルグに移籍し、チームは優勝しました。でも全然出番がなくて、これじゃワールドカップに出られないと、帰国する(神戸)ことにしたんです」

 しかし南ア大会を目指す岡田武史監督が指揮する日本代表は、まったく結果が出せず、本大会を前に選手間にも不安が広がっていた。

「もうこのままではダメだね」

 誰からともなく言葉の輪が広がり、直前合宿の地スイス・ザースフェーで選手だけのミーティングが開かれた。

「勝てなくてチームもバラバラでした。今までのやり方を貫こうという声もありました。でも実際にそれで勝てていなかった。だったら変えようぜ、と。みんなの総意を(川口)能活さんや(中澤)佑二さんに託して、岡田監督に言いに行ってもらったんです」

守備的布陣への揶揄も意に介さず。「前評判を覆したい思い」で掴んだ結果

 合宿期間中に組まれた親善試合では、対戦相手イングランドのファビオ・カペッロ監督に「日本は4-3-3というか、9-1というか」と、守備的な布陣を揶揄された。

「何を言われても全然問題ありませんよ。ワールドカップで勝つために、勝ち点を取るために、このやり方を選択した…。実際僕らはイングランドより弱いわけだから」

 割り切ってやるべきことを整理しても、不安は拭い切れなかった。

「初戦が一番大事だと、みんな話していました。カメルーンのチームで内紛が起こっている情報も入って来ていたし、この試合を勝たないときついな…、と」

 守備を固めるためにブロックを下げたので、攻守に長い距離を往復する両サイドのアタッカーには負担が増した。

「左の僕と、右の松井(大輔)さんのところは、極端にきつかった。人生で一番守備をしました。でも選手たち全員でやると決めたし、一人でも休めば、そこからやられる可能性がある。とにかく必死でやり抜きました」

 日本は39分、右サイドで松井が切り返して入れたクロスが逆サイドへ抜け、本田圭佑が均衡を破った。逆に大久保は、クロスに合わせて中央に飛び込み、長身のステファン・エムビアに空中戦を競りかけていた。

「このゴール前での動き方は何も決まっていませんでした。ヘディングを競ることで、裏に抜けてくれたら、と飛び込んだんです。この試合に勝って(1-0)結果が出たことで、このやり方でいいんだと確信が持てたし、チームの雰囲気も一気に明るくなりました」

 初戦で勝利をした日本は、弾みをつけてグループリーグを突破。8強を賭けた戦いでパラグアイにPK戦の末に敗れたが、国外では過去最高の成績を残した。

「大会前が散々だったので、それを思えば良かったし、前評判を覆して見返したい思いもあった。でもパラグアイには勝てたかもしれなかったし、勝てばスペイン(優勝国)と対戦できたかもしれない。(ボールを)回されまくるかもしれないけれど、このスタイルで戦ったらどうなるのかな、と思いました」

ブラジル大会でのサプライズ選出。「絶対に入らないと思っていました」

 南アフリカワールドカップを終えると、日本代表監督にはアルベルト・ザッケローニが就任するが、イタリア人指揮官が3年間で大久保を使ったのは1試合だけだった。しかしブラジルワールドカップが近づくと、川崎への移籍1年目から2年連続得点王の大久保を、日本代表に待望する声が日に日に高まった。

「絶対に入らないと思っていましたからね。かなりのサプライズでした」

 大久保は、土壇場で2度目のワールドカップに滑り込む。ただし逆にザッケローニ監督の方が、大久保の適性を把握し切れていない様子だった。本大会開幕のコートジボワール戦後半、大久保が交代出場のために呼ばれたのは1-0でリードしている場面だった。だが同点に追いつかれ、指揮官がカードを切るのを躊躇している間に逆転された。

「相手が(ディディエ)ドログバを出して来た時に、ザックさんもここをどう乗り越えていくのか困惑したと思います。そこで逆転され、すっかり動揺しまっていた。とにかくゴールに向かってくれ、と送り出されました」

 大久保はワントップとしてピッチに立つが、すぐに方針は変更され、本田がトップに上がり、香川真司が左からトップ下へ移行し、大久保は左サイドに回った。

「この試合も序盤は良かったと思うんです。でも徐々に動きが落ちてプレッシャーをかけに行けなくなり、まずいなと思いながら見ていました。逆転負けなので、精神的にもダメージは大きかったですね」

3試合で勝ち点1の惨敗。「4年間何をしてきたんだろう」

 初戦を落とした日本は、3試合で勝ち点1しか取れずに敗退する。一方で長く日本代表から離れていた大久保は、残り2試合をスタメンで戦い抜いた。

「ザックさんは泣きながら一人ひとりと別れの握手をして回るんですが“おまえをもっと早く呼んでおけば良かった”と言われました」

 2つの大会で7試合を戦ってみて、まったく太刀打ちできないと感じた相手はひとつもなかった。

「これはスペインでも感じたことですが、外国人は勝負に対する気持ちや狡猾さが小さい頃から染みついている。そこが大事な試合で、僅差の明暗を分けるのかな、と思いますね」

 南アフリカ大会から4年間、ずっと考えて言い続けて来たことがある。

「僕は2006年ドイツ大会以降しか知らないですけど、日本はワールドカップが開かれる4年ごとに方向性が変わるので、どんなサッカーをするのか判らないですよね。

 結局ブラジル大会の前にも、チーム内で4年前と同じような論争が起こった。でも今度はまとまりませんでした。いったい4年間何をしてきたんだろう、成長していないじゃないか、と感じました。

 個人的に、理想はチリです。みんなでよく走って攻守にハードワークをする。それを継続していけば、日本人は規律も守るし、俊敏性も活きる。かなりいいところまでいけるようになると思うんですよ」

 2つのワールドカップに対照的なアプローチで臨んだ貴重な体験者ならではの声だった。

(取材・文:加部究)

text by 加部究