トランプ大統領が日本、中国をはじめとする極東歴訪の途に着く前、中国軍当局(要するに中国共産党)はいくつかの対米軍事デモンストレーションを実施し、とりわけ南シナ海ならびに東シナ海への膨張主義的侵出活動を加速させる意気込みを示した。

 その動きの1つに、10月後半に行われた電磁推進システム搭載艦のテスト航海がある。

 中国国営メディアによると、中国船舶重工集団公司(中国海軍航空母艦を建造した国営企業)は、電磁推進システムを搭載した軍艦のテスト航海に成功したという。その軍艦の種類は明らかにされていないが、アメリカ海軍などの中国軍事情報関係者の分析によると、電磁推進潜水艦のプロトタイプと考えられている。

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現行潜水艦の3種類の推進装置

 現代の潜水艦は動力源で分類すると「原子力潜水艦」「通常動力(ディーゼルエレクトリック)潜水艦」、それに「AIP(非大気依存)潜水艦」(通常動力潜水艦の一種)に分類できる。

 原子力潜水艦は原子力でスクリューを回して推進させるため、理論的には永久に潜航可能であるが、食料や乗組員の心理状態などから、どんなに長期でも2〜3カ月の潜航が限度である。そして、通常動力潜水艦に比べると大出力のため高速移動が可能となる。

米海軍「シーウルフ級」原子力潜水艦(写真:米海軍)


 通常動力潜水艦は海中深く潜航する際には電池でスクリューを回す。そのため、新鋭艦の場合、原子力潜水艦よりも音や熱の発生を大幅に押さえ込むことができ、ステルス性が高くなる。しかし、電池充電のためにディーゼルエンジンを回さなければならず、海面近くに浮上して吸排気をする必要がある。よって、敵に探知される機会が増えるという欠点がある。

海上自衛隊「おやしお」型通常動力潜水艦(写真:米海軍)


 その欠点を補うために登場したのが、AIP潜水艦である。これは、ディーゼルエンジンのほかに、空気を用いずに充電可能な発電システムを搭載し、2週間ほどは潜航を続けられる潜水艦である。原子力潜水艦のような高速は出せないが、静粛性と潜航持続性を兼ね備えている。

海上自衛隊「そうりゅう型」AIP潜水艦(写真:防衛省)


「電磁推進潜水艦」とは?

 原子力にせよ通常動力にせよAIPにせよ、これまでの潜水艦は、いずれも動力発生装置でモーターを作動させて艦外にあるプロペラ(スクリュー)を回すことで推進した。そして、やはり艦外に取りつけられている各種舵を用いて上下左右への方向転換をする方式であった。

 ところが電磁推進潜水艦は、騒音発生の源となる原子炉、ディーゼルエンジン、モーター、スクリュー、舵などを必要としない「磁気推進システム」と呼ばれる推進装置でコントロールされることになる。

 磁気推進システムとは、吸入導流管で推進装置へ海水を取り込み、推進装置内の磁力発生装置で推進出力を発生させ、噴出導流管から海水を押し出すことにより潜水艦が推進するという仕組みである。そして、推進器を上下左右に動かすことにより、舵などの伝統的装置を用いなくとも方向転換が可能となる。

 もし、電磁推進潜水艦が登場したならば、上記のような騒音発生源が不必要となり、無音に近い極めて静粛な潜航が可能となる。つまり、より敵に探知されずに、潜水艦が行動できるようになる。ステルス性が最大の武器である潜水艦にとって、静粛性に優れているということは、最強を意味する。そのため、世界中の海軍にとって電磁推進潜水艦はまさに夢の潜水艦ということになるのだ。

世界初の電磁推進船「ヤマト1」

 ただし、潜水艦をはじめ軍艦を高速で動かすためには、巨大な磁力を発生させなければならず、技術的に極めて困難とされている。実際に、世界中でこれまでに誕生した電磁推進船は日本の「ヤマト1」(ヤマトワン)という実験船だけである。

 ヤマト1は超伝導電磁石を利用した推進装置を左右2機(左推進装置は三菱重工が、右推進装置は東芝がそれぞれ製造した)備え、1992年6月16日に、神戸港にて自力航行に成功した。

日本で製造された世界初の電磁推進船「ヤマト1」(筆者撮影)


 しかしながら、ヤマト1の船体は全長30メートル全幅10メートルほどで総トン数185トン、そして最大速力は8ノットにすぎず、潜水艦やコルベット(小型高速軍艦)などの軍艦の電磁推進化にとっては、最初の第一歩という段階であった(ちなみに、海自の「そうりゅう」型潜水艦は全長84メートル、全幅9メートルほどで、基準排水量2900トンである)。

 軍艦に搭載される電磁推進システムは、最大速力30ノット以上の推進力が最低でも求められる。その実現には、超強大な磁力を発生させる超小型の推進装置の開発が必要であるが、その後、日本ではヤマト1を発展させた研究開発は行われていない。

「無音」に近い夢の潜水艦である電磁推進潜水艦は、各国海軍も手にしたいとは考えている。だが、あまりにも実現が困難であると考えられているため、日本での研究開発を注視していたアメリカやヨーロッパ諸国でも、本腰を入れた電磁推進潜水艦の開発は行われなかった。その代わりに、原子力潜水艦やAIPを含む通常動力潜水艦などでの静粛性の強化に努力を注いできたのである。

 したがって、これまでに“誕生”した無音潜水艦は、映画にもなったトム・クランシーの小説『レッド・オクトーバーを追え』に登場するソ連海軍の「キャタピラー・ドライブ」を備えた「レッド・オクトーバー」(もちろん創作)だけということになる。

しぶとく研究開発を続けてきた中国

 ヤマト1の成功から25年経ち、日本では神戸海洋博物館に展示してあったヤマト1は撤去され(2016年)、解体されるという。ところが、(中国船舶重工集団公司や中国軍当局の発表が真実ならば)日本で芽生えた技術を実現させつつあるのが中国ということになる。

 そして、近い将来には、超強大な磁力を発生させる超小型磁気推進装置を搭載した無音潜水艦、中国版「レッド・オクトーバー」(おそらく、097型攻撃原潜)が南シナ海や西太平洋を潜航することになるかもしれない。そのときこそ、海上自衛隊とアメリカ海軍は中国海軍に太刀打ちできなくなるのである。

筆者:北村 淳