「謎の独立国家」と言われる“自称”独立国・ソマリランド

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このコラムでソマリランドを書くのは2度目。

※1度目のコラム「ソマリアの中の独立国@ソマリランドで感じたもどかしさ」はこちら。

タイトルのように「謎の独立国家」と言われているソマリランドは、アフリカにあるソマリアの一部だ。

ソマリランドに興味のある方は筆者が体当たり取材した本をぜひ。
ソマリアの歴史やソマリ人特有の氏族社会のしきたり、ソマリ人の性質など、リアルな内容が非常にドラマティックに壮大に書かれている。
誰もができることではない体験が面白おかしく綴られているが、危険も多く、とんでもないできごとの数々に本当に驚かされる。

笑いあり涙あり、読み物としても非常に面白い。

ソマリアの一部と言ったが、ソマリランド自身はソマリアとは別の国と思っている。
当然、私もソマリアとソマリランドは全く違う国という認識だ。

簡単な概要は1度目のコラムより抜粋。

南北に分けられたソマリアとソマリランド。
南部ソマリア(首都モガディシュ)は「崩壊国家」と言われている。

ヨーロッパ占領時代にヨーロッパ同士が同じ地域を奪い合い国を分断。
ソマリア北部は旧イギリス領、南部は旧イタリア領となる。

南北それぞれ別の国に統治された両国は全く違う政治形態を引かれ、
独立後も対立を深めて行く。

現在北部の「ソマリランド」は事実上ソマリアから独立した国として成り立っており、情勢は安定。

ソマリランド国民は南部ソマリアを同国と思っていない。
南部と違って平和で友好的なソマリランドを誇りに思っている。

ソマリアの人口は約1200万(内ソマリランドは約420万)
ソマリアはイスラム教の戒律が厳しく、アフリカで一番エイズ発症が少ない国である。

ちなみにソマリランドの街を走る車のほぼ100%日本車の中古車。

ソマリアはアフリカ北部の「アフリカの角」といわれる部分に位置する。

私はこれまでにソマリランドを6回訪問している。
最近は10月末にも訪れた。

渡航の2日前に南部ソマリアの首都で200人以上が犠牲になるテロがあり、多くの人に
「こんな時に大丈夫?」
と言われたが、北部にとっては〜どこ吹く風〜のような感じ。

「絶対的に本当にソマリランドは安全だと誓えるか?」
と聞かれると、この世の中に絶対はないので、何とも言えないが、私はこう答える。

「今はヨーロッパやアメリカや、どうかしたら日本のほうが危ない」

前述で紹介した本に分かりやすく書いてあるのだが、
ソマリ人は氏族という同一民族が国の95%以上を占める。

分かりやすく言うと、日本の源氏や平氏、武田家や北条家など
「同じ先祖を共有する血縁集団」というようなグループで成り立っている。

なので、日本の戦国時代のようにソマリアから独立後は氏族同士の抗争も起き内戦に突入したが、
これを解決したのは氏族の長同士の話し合いだった。

民族が違うわけではなく、ソマリ人としての氏違いの争いなので
ソマリ人のしきたりや風習に基づき独特な平和的解決策が通用するのだ。

この辺りは本に詳しく書いてあるので、興味のある方は読んで欲しい。

で、つらつらと氏族の説明で何が言いたかったかというと、要は氏族社会はとても狭いので悪いことをしたら
「どこの氏族が何をしでかしたか」
がすぐに分かるため、危険なことが起きることがない。

またソマリ人社会の掟として
「宗教的指導者、傷病人、女性、老人、子ども、来賓客などを絶対に殺してはいけない」
という決まりがある。

これに安心しているわけではないが、他国を訪問するより、ソマリランドの方がよっぽど安全に思えてしまう・・・。

ソマリランドでは現地通貨よりもドルを使う人が多い。両替用に道端でお金が売られている。これだけ見ても治安の良さが伺える。

首都ハルゲイサはこんな感じ。非常にシンプルだ。

ここ4~5年で開発が進み、大きなビルも増えた。

街の中心部にあるミグ・戦闘機のモニュメントは
1988年に南部ソマリアガハルゲイサを空爆した時に撃ち落としたもの。
この時の無差別爆撃で数万人の市民が虐殺された。
「二度と統一はしない」という強い意志表示でもある。

1991年5月18日は独立を取り戻した日。

ソマリランドはイギリスに開放された1960年6月26日を独立日としている。
ただ様々なことがあり、たった5日間の独立で南北統一とされてしまうが。

首都ハルゲイサで一番の観光名所
「ナサブロッドの丘(ソマリ後でおっぱい山の意・・・)」

おっぱい山と命名するとはソマリ人の愉快なセンスを物語っている。

そして、今回の訪問では時間がゆっくりあったので、郊外にある世界遺産クラスの歴史的場所に行くことができた。

その場所は「Laas Geel〜ラス・ゲール」

ハルゲイサから車で約1時間(55キロ)のところにその場所はあり、
郊外へ向かうため、途中、ラクダの群れに合い

野生の猿にも遭遇する。

道なき道をひたすら走ると出てくる・・・岩山!?

この岩山の屋根のようになっている部分に素晴らしい遺産が!

岩山を登り、屋根のようになっている部分に入ると・・・

天井や壁面にロック・アートと言われる岩絵が描かれている!!!

人、象、犬、牛(アンティロープという鹿のようだけど牛の仲間)、など350体もの絵が描かれたこの岩絵は、
2002年からフランスの研究チームが調査をしている。

時代としては紀元前5000年から3000年にかけて描かれたものではないかという。
旧石器時代という説もあり、東アフリカで最古のものではないか?とも言われている。

他のアフリカにある有名な岩絵よりも、こちらの方がより抽象的で色合いもかなり鮮やか。
そして、ほとんど破壊されてない状態で見つかったことは奇跡だとか。
内戦の戦火の影響も受けなかった。

この岩山には合計8つのシェルターがあり、王族の住居がったようだ。
ソマリ人がこの地に住み始めたのは諸説あるが、アラブの方から渡ってきたと現地の人は信じている。

写真の軍人さん(ソマリランドは観光客は軍人同行で観光する)の右上にある、平らだが真ん中にくぼみがある岩は王様の椅子だったそうだ。

この部分に王様が座っていたとか。

当時、ここに人が住んでいた時代からは岩山もかなり風化されてはいるだろうが、岩のギリギリのところまで絵が描かれている。

ロックアートは一般的に宗教的意味合いのもと、描かれることが多い。

残念ながら自称独立国家であるため、世界遺産クラスのものでも世界遺産“登録”となると、なかなか難しい側面があるようだ。

少し前まではここを訪れる人は、月に10人程度だったが
世界的にこの場所が取り上げられてからは週に30~40人が訪れるようになったとか。
入場料(125ドル)の支払いが必要なので、この場所が変わらず保存され、研究が更に加速し色々なことが分かってくると本当に面白いと思う。

そして、ラス・ゲールの次はソマリランド主要の貿易港がある港町ベルベラへ。

港街で、漁業は盛んなのでランチで魚料理とパスタを食べ、アデン湾へ。
対岸約240キロ先はイエメンだ。
ちなみに、南部は旧イタリア領だったため北部もその影響を受け、美味しいパスタがどこでも食べられる。
麺は太麺や細麺、ペンネなどあり、ソースもチーズクリームやボンゴレ、トマトソースなど色々ある。
コーヒーもカフェラテやエスプレッソ、マキアートまで飲むことができる!!!

海岸を楽しませようと、張り切ってドライバーが砂浜を走ってくれたのはいいが、砂浜にはまる・・・。
しかしソマリ人の団結力で時間はかかったが何とか脱出。
日が暮れる前に首都に戻らないと、外国人は夜間立ち入り禁止になると聞いて焦ったが、よかった。

お礼に「博多とおりもん」を箱ごとあげたら、かなり喜んでいた!お口に合ったようで、何より。

15世紀頃、オスマン帝国が300年間支配していたベルベラには当時の建物が残る。

本来は歴史的建造物で価値あるものだが、きれいに保存されているものはほとんどない。

ソマリランドは主たる産業がほとんどないため
港を持たないエチオピアにこのベルベラ港を使わせ、その関税が重要な国家財源となっている。
街を走る日本車はドバイからこの港へやってくるそうだ。

鉱石類が豊富なようだが、採掘には力を入れていない。
ラス・ゲールの岩山一帯には水晶のようなキラキラした石がゴロゴロあって
石採集が趣味の友達(小学4年生だが)の男の子のために持って帰ろうとしたが
スーツケースが空港のX線検査に引っ掛かり、「持ち出し禁止」と没収された。

そんなに力を入れてないわりに、持ち出しは厳しく、
必要なら許可証を取れと言われるが、帰国時にそんな時間はない。

人様の子どもへのお土産だが、
「石集めが趣味の息子にソマリランドの石をお土産に持って帰るからね!って約束したのよ〜。息子は世界中の石を集めてるの。石のお土産がないって知ったら、息子が悲しむから、1個だけいいでしょう?プリーズー!!!」
と懇願してみたが、無駄だった。
まあ、ダメとは分かっているけど情に訴えたら何とかなるかなと思ったのだが。残念・・・。

話はそれたが、とにかく国家はエチオピアから入る関税などで成り立ち、
人々の暮らしは、仕事も全ての人に十分に平等にあるわけではなく
諸外国に住み稼いでいるソマリランド人が家族へ仕送し生活しているとか。

独立国家でないため、国際NGOや国連機関等の支援は多くは入らない。
ただ、その分先進諸国の余計な干渉も入ることもなく、
問題が起きたら氏族同士で解決しあいながら、うまくやっている。
自国の生活は自分たちで何とか賄っている。
国連に国家として認められることに重きを置いてないようにも感じる。

紹介した本にも「このままの方がよい」という意見もある、と書いてあった。

ソマリランドは本当に面白い。
例えば、アフリカで一番ネットバンキングが進んでおり、
どこの国から送金しても5分以内にドルでソマリランドの口座から引き出せる。

そして、モバイルバンキングも進んでいて、人々はほとんど現金を持たない。
携帯会社が運営している決済専用の口座はドル用と現地通貨(シリング)用があり、
それぞれにチャージ式でお金をいれておく。

そして、アプリのようなものをダウンロードし、
レストランや商店に掲示されている専用番号と自分の口座番号を入力し、デビット式で決済するのだ。

街を歩いていると、ZAAD という文字と共に番号が表示されているのをよく見かける。
こういった表示があれば、モバイル決済OKということ。

日本よりもかなり進んでいることに驚く。
ここは本当に私たちが知っているソマリアなのか疑いたくなる・・・。
というか、アフリカってこのように進んでいるシステムが本当に多い。
Wi-Fi なんて速度うんぬんを除けば、日本より使える。

かと思えば、ジュースはこんな感じで出てくるが・・・。

ソマリ人はとてもプライドが高く誇り高き民族だが
人々はすごくフレンドリー。
学校訪問した時は授業を中断してしまうくらい、大騒ぎになった。

イスラム教の戒律があるが、中東諸国に比べ緩い部分もあり、
革新的な女の子たちは、撮って〜と自ら言ってくる子もいる。

街中の写真撮影も許可なく人にカメラを向けて撮らなければ、
わりと撮影しやすい。

先月の渡航でソマリランド訪問は6回目となった。
実はこの国で過去に一度、誕生日を迎えたことがある。
今回の渡航も、誕生日はソマリランドで過ごした。
新しい歳を迎えた日の朝焼けは本当に美しかった。

「珍国の女王」としては絶対に外せない国、ソマリランド。
遠い国のように思えるが、私はこの個性的で独創性にあふれるこの国が大好きだ。
アフリカの中でも一番身近に感じる。
抱える問題はたくさんあるけれど、この国はこの国らしいスタイルを突き進んで欲しいと思う。

誕生日の翌朝に見た朝焼けを忘れることなないだろう・・・。

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珍国の女王

【珍国→珍しい国→日常ではあまり耳にすることのない国】

縁あって100ヶ国以上の国や地域を訪問させて頂いております。 なぜ、自分で女王と言ってるかというと、西ヨーロッパ諸国を訪問した時に 立て続けに現地の人に、どこかの女王に似てると言われて有頂天になってるから。 どこの国の女王かは不明だけど。 特技は、どんな地域にでも雨を降らせて、虹を架けること。 究極の雨女です!