11月7日、ソウルに到着したトランプ大統領(中央)(写真:ロイター/Jonathan Ernst)

ドナルド・トランプ米大統領の「ロシアゲート」疑惑を捜査しているロバート・ミュラー特別検察官は、10月30日、昨年の大統領選でトランプ陣営の選対本部長を務めたポール・マナフォート氏らを起訴したことを明らかにした。


この連載の一覧はこちら

ただ、マナフォート氏がトランプ陣営にかかわったのは、昨年5月から8月までの3カ月であり、今回の起訴はその期間を対象にしたものではない。その起訴について、トランプ大統領は「マナフォート氏が選挙陣営に加わる何年も前のことだ」と、すぐさまツイッターで反応した。マナフォート氏の弁護士も、その起訴内容とトランプ氏とは関係ないと明言している。

今回のミュラー特別検察官の訴追には、マナフォート氏らがウクライナをめぐるロビー活動で多額報酬を受け取っていたほか、脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)、米当局への虚偽申告などの疑惑が背景にある。

民主党にとって地球が揺れているような衝撃

このマナフォート起訴のニュースは、日本のメディアでも大きく報じられた。マナフォート氏は無罪を主張しているが、トランプ陣営の選挙キャンペーンにかかわったジョージ・パパドポロス氏が、FBI(連邦捜査局)への偽証について、有罪の答弁をしたことも報じられた。

ところが、日本のメディアが見落としているビッグニュースがある。それはロビイストとして著名な人物がロビイスト企業トップを辞めたというニュースだ。なぜ辞めたのか。その理由は、ミュラー特別検察官の捜査の手が伸びてきたからだといわれている。

その人物の名はトニー・ポデスタ氏という。弟のジョン・ポデスタ氏とともに首都ワシントンの顔役であり、ビル・クリントン元大統領、バラク・オバマ前大統領、ヒラリー・クリントン元国務長官と深く結び付いている。

弟のジョン・ポデスタ氏はビル・クリントン元大統領の首席補佐官、オバマ前大統領の顧問を務めた。昨年の大統領選では、ヒラリー・クリントン民主党候補の選対責任者を務め、トランプ陣営のマナフォート氏とは対立関係にあった。

その超大物のジョン・ポデスタ氏と兄のトニー・ポデスタ氏とは一心同体の仲であり、その兄がウクライナ疑惑をめぐって、ミュラー特別検察官の捜査線上にその名が浮上し、訴追の可能性もあるというのだ。このニュースは民主党にとって、まるで地球が揺れているような超弩級の衝撃として受け止められている。

ミュラー特別検察官に「ロシア疑惑」が飛び火

それはワシントンのクラブ社会にどっぷり浸かった議会民主党の屋台骨を揺さぶっているだけではない。「オバマ政権時代のロシア疑惑」報道で、当時、FBI長官だったミュラー氏について、特別検察官として絶対的必要条件とされる「中立性」に疑問があると、厳しく批判され始めていることだ。これは見逃すことができない。

その「オバマ政権時代のロシア疑惑」とは何だったのか。当時、カナダ企業がロシアにウラニウムを売却する計画が持ち上がった。それは当時の米国のウラニウム蓄積量の20%に当たり、米当局の許可を必要としていた。その取引自体、米国の国益に矛盾する可能性も指摘されていた。

当時、国務長官だったヒラリー・クリントン氏の許可も絶対的必要条件の1つだったが、同氏はその許可を与えた。ところが、実は、ロシアとカナダの取引には巨額の賄賂問題が指摘され、その証拠がFBIに蓄積されていたにもかかわらず、当時、FBI長官だったミュラー氏は、何のアクションもとらなかったと報道されているのだ。米メディアの中には、クリントン財団とロシアとの癒着疑惑を報じるところもあり、現在、大きな問題になっている。

ヒラリー・クリントン氏はその疑惑を全面否定している。ただ、クリントン財団については、「財団にあってはならないような、多くの内部システムの不適切な不透明さなどが、ニューヨークの名門法律事務所によって調査・分析された」と報じられている。

トランプ大統領に解任されたジェームズ・コミー前FBI長官も、在任中、クリントン財団の調査に乗り出していると、しばしばメディアで取り上げられた。元FBI長官だったミュラー氏も、在任中、「オバマ政権時代のロシア疑惑」に関して、当然、調査していてしかるべきだったとされる。

しかし、そのミュラー氏がFBI長官として、しかるべきアクションをとらなかったのではないかという疑いが、ここへきて特別検察官としての中立性について、さまざまな批判を呼んでいるわけだ。

トランプ大統領の「ロシアゲート」を追及しているミュラー特別検察官にとっては、ひょんなことで、かつての「オバマ政権時代のロシア疑惑」が浮び上がり、それがかえって自らの特別検察官としての中立性を問われるという形で飛び火してきた格好だ。

こうした中立性欠如の疑惑ないし批判報道に対して、ミュラー氏はいっさい反応せず、沈黙したままだ。本来、ミュラー氏はすぐに反論、反駁してしかるべきだ。米国市民社会の中で共有されている「法の常識」として、「沈黙は金」ではない。沈黙は黙認、自認を意味するからだ。

ウォーターゲート事件との比較はナンセンス

ミュラー特別検察官に「ロシア疑惑」が飛び火したことで、「ロシアゲート」の捜査対象になっているトランプ大統領にとっては、思わぬ追い風が吹いている。しかも、ミュラー氏がその降りかかった火の粉を、すぐさま振り払おうとしないことで、その立場をますます不利にする可能性がある。

ミュラー特別検察官には、2つの不透明性がある。1つは、この5月にトランプ大統領に突然解任されたコミー前FBI長官と親しすぎること、もう1つは、かつての「オバマ政権時代のロシア疑惑」捜査で手抜かりがあったかもしれないミュラー氏への批判報道に対して、完全沈黙していることだ。

コミー前長官の電撃的解任をめぐって米メディアは、一斉にリチャード・ニクソン元大統領のウォーターゲート事件を連想した。ニクソン元大統領は、事件を捜査中のアーチボルド・コックス独立特別検察官の解任を司法長官に命令したが、エリオット・リチャードソン司法長官はそれを拒否して辞任。それが発端となって、ニクソン元大統領は弾劾に追い込まれることになり、結局、大統領を辞任せざるをえなくなった。

その連想から米メディアは、6月中旬、トランプ大統領がコミー氏と親しいミュラー特別検察官をも解任するのではないかと報じた。米メディアが「第2のウォーターゲート事件」とあおったこともあり、トランプ大統領とミュラー特別検察官との関係は一時険悪だったが、すでに2人の関係は修復している。

これから先、トランプ氏個人が、ミュラー特別検察官を解任する方向に動く可能性はゼロと言っていい。トランプ大統領の懐は深く、学習能力も自己改革能力も極めて高いと筆者は判断している。

そもそもウォーターゲート事件との単純な比較はナンセンスだと筆者は考えている。米国法の世界では、どだい、「主要な登場人物は誰なのか」を抜きにして、安易に慣習法を持ち出すのはナンセンスだからだ。コックス氏とミュラー氏と比較すると、人間性の違いは歴然としている。筆者が知るかぎり、コックス氏は率直かつ公明正大、高潔な人物であり、ミュラー氏のような不透明性は、まったくない。

米国法には「法律家倫理」の伝統がある

なぜ、そう断言できるのか。筆者はすでに1980年代からコックス氏をよく知っている。当時、「ジェトロニューヨーク」の時代を先取りするアカデミックでクリエーティブな仕事をしていて、コックス氏とは、大学改革や組織改革を国際的に広げるための講演やセミナープロジェクトを遂行しているときに知り合った。

その仕事には司法長官を辞任し、当時「国連米国代表部」会長だったエリオット・リチャードソン氏や、彼の親友であるハーバード大学のロジャー・フィッシャー教授も一緒だった。

こうした高潔無比な人たちとの交わりで筆者が学んだのは、「法は人なり」ということだ。リチャードソン氏やコックス氏のような、「中立」ということに命を懸ける人たちは、もしもミュラー氏の立場に立った場合、「どう考えても中立性を確保できない」という論理で、特別検察官になることを固辞したに違いない。筆者は100%そう明言できる。その点でも、米メディアにおけるウォーターゲート事件との比較は、まったく誤りというべきである。

いつの時代も、「中立性」は「論理」の世界の大黒柱である。その点、ミュラー氏の「中立性欠如」は、「法的アクションおよびノンアクションにおける遵守」という根本原理に矛盾する。筆者の分析によれば、ミュラー氏の問題は「論理」的にも「法律家倫理」的にも大きく、今後、米連邦議会からの批判が強まる可能性がある。

米国法には、裁判官、検察官、弁護士を通じて共有されている「法律家倫理」の伝統がある。その伝統的な「法律家倫理」の基準点は、リチャードソン氏やコックス氏にこそ置くべきであり、断じて、ミュラー氏の「中立の不透明性」に置くべきではない。