結婚に適した男は、30歳までに刈り取られる。

電車で見かけた素敵な男は大抵、左手薬指に指輪がついている。

会社内を見渡しても、将来有望な男は30歳までに結婚している。

そんな現実に気づいたのが、大手不動産会社勤務の奈々子・28歳。

同世代にはもう、結婚向きの男は残っていない。ならば…。

そうして「青田買い」に目覚めた奈々子は、幸せを掴むことができるのか…?




「今週、毎日会社の飲み会だ・・・」

奈々子は、自分の手帳を見ながら大きくため息をついた。

奈々子の会社は、春と秋に人事異動が多い。

この時期は歓迎会や送別会と、会社の飲み会ラッシュとなり、毎晩の予定が勝手に埋まっていくのだ。

-何が楽しくて、毎日会社の人と飲まなきゃいけないんだろう・・・

日程の調整やお店の予約は奈々子の役回りになることが多いのだが、意味不明な要求が多くて毎回頭を悩ませる。

「会社の近くで、うちの会社の人間に会わない店、よろしくな」
「日本酒がうまい店、頼むぞ。あ、でも部長はワインが好きだな」

そして下手な店を選ぼうものなら、上司や舌の肥えたお姉さま方にチクチクと小言を言われる。

「騒々しいわねえ。学生さんのお店かしら?」
「今度もっとうまい焼き鳥連れてってやるから。店選びも経験だしな」

行きたくもない飲み会の幹事を精一杯やったのに、必ず文句を言われる、この理不尽さ。

-ああ、もう!こんなことをしてる場合じゃない。私は次の異動までに、旦那を見つけなきゃいけないのに!

会社の「ある制度」によるリミットが刻々と近づいているこの頃、奈々子は結婚への焦りを募らせていた。


奈々子の会社の「ある制度」とは?


良い男は売り切れという不都合な真実


奈々子は、大手町にある不動産会社の営業部で働く、総合職6年目。

営業部といっても、奈々子がいる部署は営業部のフォローが主な業務で、経理や総務などのオフィスワークが中心だ。

午前の業務を終えた奈々子は、総務部で働く同期の明日香とランチのため、『メゾンカイザーカフェ』に小走りで向かった。

奈々子が、毎日の飲み会で増加気味の体重を気にしてサラダプレートをオーダーすると、明日香も「同じものお願いします」と言ってきた。

きっと同じ状況なのだろう。

毎日のように、タバコの匂いの充満する店内で会社のおじさんたちと油っこいものを食べる日々。身体や肌に良いわけがない。

「ねえ、奈々子。7年目の先輩の池原さん、関西に異動だって。で、異動を機に結婚するんだって」

「え!?営業部にいる8年目の牧田さんも名古屋に転勤になって、結婚するって言ってたよ」

「いよいよ私たちの代にも異動がくるね・・・」

奈々子の会社は、総合職は入社後8年目までに必ず地方転勤がある。したがって奈々子も明日香も、2年以内に異動になることは確実なのだ。

さらに明日香が、新たな情報を付け加えた。

「同期の相沢と木村も結婚するみたい。二人とも、奥さんは学生時代からの付き合いみたいよ」

相沢、木村といえば、同期の中では完全に出世コースに乗っている、現在営業部と人事部の二人だ。

奈々子と明日香は、すでに結婚している先輩や同期の名前を挙げ、なんとも恐ろしい、不都合な真実に気づいてしまった。




「ねえ、いわゆる出世コースの先輩や同期って、全員結婚してない!?」

確かに、結婚してない先輩や同期はというと、うだつが上がらなかったり、少々ワケありなメンバーばかりが思い浮かぶ。

奈々子と明日香は、唖然とした。

入社してから今まで、業務も飲み会も一生懸命やってきたつもりだが、気づけば28歳。

忙しい中でも、しっかり手堅く結婚している同期もいる中で、私たちは何をしていたのだろう。

毎晩、会社の人たちと飲んでカラオケに行って、土日は付き合いのゴルフ。そんな生活を続け、恋愛を後回しにしてきたツケが今、回ってきたらしい。

しかし現実を受け入れられないのか、明日香が強気にこう言ってきた。

「でもさ、私たちは結婚しなくても一人でやっていけるお給料があるじゃない?結婚しないと生活出来ない一般職とは違うし」

強気に言ってみたものの、自分たちを傷つけないための防護ということが伝わってきて、逆に痛々しかった。

デスクに戻った奈々子は、上司から渡された今期の目標シートを見ながら、 “彼氏をつくること”を、個人的な最重要課題に設定した。

「Sランク評価(の彼氏)、目指して頑張ります!」


先輩が教えてくれた、衝撃の恋愛必勝法とは・・・?


青田買い、すればいいじゃない?


その夜。8年目の牧田の送別会で銀座の『涵梅舫』へ。

牧田の希望で選んだこのお店は、見た目も美しく、健康的な中華がいただける。目にも胃にも優しい料理で、女性受けも抜群だ。

コラーゲンたっぷりのフカヒレスープに舌鼓を打ちながら、牧田が担当していた思い出の案件や失敗談などを話していると、次期役員とも名高い安藤部長が遅れて入ってきた。

「豊洲のマンションの対応で遅れてしまった、失礼。牧田、名古屋でも期待してるぞ」

あらためて乾杯し、牧田の思い出話に花を咲かせていると、安藤部長がプレゼントを差し出した。

「お祝いが遅れて悪かった。結婚おめでとう。これでお前も一人前だな」

安藤部長は、牧田の結婚式でスピーチをするらしく、その打ち合わせも兼ねて先日、妻の美月と食事をしたそうだ。

「良い嫁さん見つけたなぁ。しっかり家を守ってくれる、まさに良妻賢母な雰囲気だったよ」

美月は、メガバンクの一般職。牧田とは大学時代のインカレサークルで出会ったという。牧田の転勤先の名古屋に付いて行くらしい。

「そんなことないですよ。尻に敷かれるんじゃないか、今から戦々恐々です」

牧田も頭を掻きながら嬉しそうにしている。

それから、会も終盤に差し掛かった頃。お酒が入った上司達が饒舌になってきたのを察した奈々子は警戒した。

-私の恋愛話になりませんように・・・。

だがその願いもむなしく、安藤部長が奈々子の方を向いて、お決まりの質問をしてきた。

「岡田さん、プライベートはどうなの?君もそろそろ、いい歳だろう」

セクハラやパワハラが叫ばれる昨今でも、総合職女子に対する風当たりは強く、こんな質問は日常茶飯事だ。

「今のところ、予定はないです・・・」

奈々子は乾いた声で答え、この会話を終了させたいオーラを全開にしたが、容赦無く次の質問が飛んできた。

「結婚願望はあるの?あと、子ども。やっぱりねえ、子どもを産むなら早いほうが良いと思うよ」

-飲み会で私の時間を奪っておいて、恋愛しろ、結婚しろ、子どもを産めなんて、何様のつもりなのよ。

「そうですね。そのうち・・・」

結局、女性活躍なんて口だけで、上司のほとんどが保守的なのだ。周りからも哀れみの目を向けられた奈々子は、ひどくみじめな気分になった。

すると、10年目の先輩の聡美が話を遮った。

「そろそろお開きの時間ですよ。牧田さんの抱負でも聞かせてもらおうかしら」

牧田がスピーチしている最中、奈々子は、聡美に向かって小さく会釈し、感謝を送った。

送別会が終わり、奈々子が改めて聡美にお礼を言うと、30分だけお茶しようと誘ってくれた。




近くのカフェに入り、ダージリンを口にすると、その温かさが体全体に染み渡っていくようだ。

「奈々子ちゃん、さっきは嫌な思いさせちゃったね。うちの会社、色々遅れてるのよねぇ。男性陣の考え方も古い、古い」

聡美の優しさに、奈々子は思わず涙腺が緩んだ。分かってくれる人がいる、それだけで救われる。

聡美は、総合職10年目だが、2年前に3歳年下の男と社内結婚した。確か、彼は財務部にいたはずだ。

そういえば奈々子は、聡美に結婚の話を聞いたことがない。この際思い切って聞いてみようと、質問してみた。

「聡美さんって、旦那さんと社内結婚でしたっけ?」

「ええ、そうよ」

「私、次の異動までには結婚したいんですけど、出会う機会もないし、どうしたら良いか・・・」

聡美は微笑みながら、こう答えた。

「奈々子ちゃんも感じてると思うけど、うちの会社、良い男性は30歳までには売り切れてるの」

今日の昼に明日香と話した通りだ。そうなんだよなぁと、奈々子が思っていると、聡美が想像もしていなかったことを口にした。

「青田買い、すればいいのよ」

「え・・・?青田買い、ですか?」

「奈々子ちゃん、あなた不動産会社で働いてるんでしょう?」

「はい・・・」

「今さら銀座の土地を買えると思う?すでに市場価値の高いものは、高くて当然だし、とてもじゃないけど手に入れられない。敵も多いしね。でもね、今は安くても今後上昇する可能性の高い土地を見極めて、開発して価値を上げる。これなら今からでも出来るでしょう?」

聡美の言葉に、奈々子は未来への明るい光を見た気がした。

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聡美のアドバイスをもとに、奈々子が動きだす。ターゲットは、新卒の彼!