容姿、学歴、収入。男のスペックは高ければ高いほど良い。

が、同じだけのスペックを女が持ち合わせたとき、果たしてそれは本当に幸せなのだろうか。

東大卒・外銀勤めの楓はいわゆる「ハイスペック女子」。

楓は4年前の憧れの人に再会する。彼の知らない一面を見て、恋に落ちる瞬間を感じた楓だが・・・




「来週水曜の夜、空いてる?」

雲一つない秋晴れが気持ちの良い朝、アプリで新聞を斜め読みしながら会社まで速足で向かっていると、楓の携帯に須藤からのLINE通知が表示された。

少し驚きながらも、仕事のスケジュールを頭の中で振り返る。その週はプロジェクトの境目で、比較的落ち着いているはずだった。

「-21時前には出られるかと思います。」

「了解。21時半に『セレブール』で。」

素早く打ち返すと3秒後にメッセージが返ってきた。

―どうしたんだろう。

須藤とは先月『トルナヴェント』に行って以来、何度か二人で食事した。

どのレストランのチョイスも楓の好みど真ん中だったし、仕事の話や人生観など、いくら話しても話のネタは尽きなかった。

須藤とは年が一回り以上離れていることもあり、率直に自分の考えをぶつけても大丈夫という安心感が楓にはとても新鮮だった。

楓の話に懐かしそうに目を細める須藤も、時折言葉少なに彼自身のことを語るのだった。

食事の誘い自体は不自然ではないのだが、楓が違和感を感じたのは、彼が指定してきた日時だった。

仕事の会食やトラブル対応がランダムに降り注ぐ彼にとって、先の予定を読むのは難しいはずで、それなのにプライベートの予定を1週間以上前に約束するのは、なんとも「らしくない」。

しかも平日と来た。通常であれば楓の仕事が多忙なことは当然分かっているはず。それなのに敢えて平日を指定する意味が分からなかった。が、何か特別な事情があるに違いない。

―何だかあんまり良い予感がしないなあ・・・

嫌な予感を頭から振り払い、楓は今日片付けるべき仕事に意識を戻した。


須藤が楓を呼び出した理由とは・・・?


須藤に指定された水曜の夜。予定通り、仕事は21時前には片付いた。

赤坂の『セレブール』に向かうタクシーの中で手早くメイクをチェックする。

須藤と食事に行くようになって以来、楓には少しずつ変化が表れ始めていた。

どんなに仕事が忙しい日でも、夜はきちんと湯舟に浸かりフェイスパックをし、昼間デスクで食べるお弁当はサラダ中心のものになった。

そのおかげか、最近肌艶も若干よくなったように思うし、オフィスでもきちんとよそ行きのメイクをするようになった。

「女子力」は何も、人に好かれるために媚びることではない。

自分自身にきちんと向き合い丁寧に扱うことが、人に好かれることに繋がり、それこそが「女子力」の大事な要素の一つなのだな、と楓はしみじみ思うのだった。

変化は周囲からも見て取れるらしく、「女子力磨いたら?」と言われた先輩にも、「なんか良いことでもあったか?最近、忙しい時でも表情に余裕があって良いな」と言われるほどだった。

プライベートの充足が、仕事の余裕にもつながる。楓は初めて、「女子力」が仕事にも好影響を与えることに気付いたのだった。






チリン・・・

「高野さん、いらっしゃいませ。もうお連れ様お見えになってますよ。」

『セレブール』の玄関ドアを押し開けると、楓も馴染みのマネージャーがにこやかに出迎えてくれた。

ここは、楓の大好きな熟成ブルゴーニュをグラスで楽しめるだけでなく、遅い時間でも手間暇かけられた丁寧な料理を頂ける貴重なお店だ。

「奥の個室にご案内しております。」

―・・・個室?

頭の中がクエスチョンマークだらけだったが、とりあえず彼の案内に従う。

「すみません、お待たせしました・・・え?」

須藤は一人ではなかった。

「早かったね、お疲れ様。紹介するよ、こちら松井さん。」

彼の隣に座る、「松井さん」と呼ばれた女性にとりあえず挨拶をする。

「初めまして、高野です・・・」

「松井さん、こちら、高野さん。彼女、あなたと同じくブルゴーニュワインにどっぷりなんだよ。」

聞くと彼女は、4年前まで楓と同じ証券会社で同じ部門に勤めていたらしい。先輩の話の中でも、ちらほら名前が出ていたなぁ、と楓はうっすら思い出した。

年は須藤より少し下くらいだろうか。ゆったりとウェーブのかかったロングヘアを高い位置でひとつに束ねた彼女は、控えめに言っても美人だった。

彼女は楓の勤める証券会社を退職した後、アメリカにMBA留学をし、そのまま現地のPEファンドに転職したらしい。

経歴、人となり、佇まい、全てが完璧だった。

同じ女性として、ここまでキャリアで成功している人と身近に話せる機会も珍しかったので、気づけば楓は前のめりで彼女の話に耳を傾けていた。


いよいよ明かされる、須藤の真意とは?


女性としては見られてはいなかった、ハイスペック女子


「高野さん、実は今日はね・・・」

和やかな雰囲気の中ディナーは進み、メインディッシュの皿が下げられると、それまでの会話の流れを断ち切るようにして、須藤が口を開いた。

「実は今日はね、高野さんを引き抜きに来たの。」

須藤の言葉に被せるように、松井はにっこりと楓に言い放った。

―・・・へ?

楓は助けを求めるように須藤に目をやった。

須藤は全く驚いた様子もなく、松井に続きを促す。

「弊社は来年から、ジャパン・オフィスを立ち上げるの。須藤さんもこちらに移るわ。で、チームに優秀な若手が必要ってわけ。

須藤さんに誰か居ないかって聞いたら、あなたを紹介してくれるっていう運びになったのよ。」

寝耳に水だった。

ぽかんとしている楓に、須藤が苦笑いしながら説明を引き継ぐ。

「高野さんが今のチームでも良い評価をもらってるって話は、後輩経由で聞いてる。論理的思考能力や物事に対する価値観もちゃんとしてるってことは、何度か話してよく分かった。

この話、高野さんにとってもステップアップになって良いと思うけど、一度、本社の人間と面接してみないか?」

楓は突然のことに驚きながらも、「検討してみます」とだけ伝え、この日は解散した。

ベッドの中で、楓は唇をかみしめながら今夜の話を振り返る。




―私は、女としては見られてなかったんだ・・・

浮かれていたのは楓だけで、須藤の方は楓のことを「優秀な人材」としてしか見ていなかったのだ。

確かに、何度須藤と食事に行っても、いつも彼は楓を丁寧に家の前まで送り届けてはくれたものの、指一本として楓に触れることは無かった。

慎重な人なのかな、紳士だな・・・等と考えていた自分が恥ずかしい。

―・・・しかも。

お店を出て、楓が須藤と松井のそれぞれにタクシーを捕まえようとしたとき、須藤は「松井さんとは方向が一緒だから」と言って二人で帰っていった。



色々な考えがぐるぐると頭の中で巡り、なかなか寝付けなかった。

何度目かの寝返りを打ち、枕元の携帯の時刻を確認した時、携帯が震えた。

「楓、遅い時間にごめん。今話せない?」

絵文字も何も無く、何やら切羽詰まった様子のメッセージは、美里からのものだった。

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女としての自信を失い落ち込む楓。一方で親友・美里も壁にぶつかっていた。