桂小五郎 VS 坂本龍馬!両者が幕末の剣術試合で剣を交えたという新史料が見つかる

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「安政四三月朔日 松平土佐守様上屋敷ニ而御覧」。古びた巻紙には、武骨な字でそう書き記されていた。江戸末期・安政四(一八五七)年の三月一日、「松平土佐守」すなわち幕末四賢公にも数えられる聡明な土佐藩主・山内豊信(容堂)が、江戸の鍛治町土佐藩上屋敷にて剣術試合を上覧したことを伝える文書である。

全二十二試合。土佐二十四万石の大殿様御上覧とだけあって、二代目斉藤弥九郎を筆頭とする強豪揃いの中、もっとも緊迫する第一試合を委ねられた剣客の名はなんと、「桂小五郎」と「坂本龍馬」だった・・・。

さてさてこの文章、小説ではありません。幕末ファンの皆さまに、ビッグニュースです。先日、幕末の志士・桂小五郎と坂本龍馬が幕末の剣術試合で剣を交えたという記録が、群馬県立文書館(前橋市)で発見されました。(参考:日本経済新聞

長州藩士・桂小五郎は神道無念流練兵館の塾頭、そして坂本龍馬は北辰一刀流千葉道場の塾頭。桂と龍馬による、江戸三大流派どうしの意地をかけた大勝負。先頭に名前があるので大会の第一試合と見ていいでしょう。気になる結果は3対2で桂小五郎に軍配が上がったと記されています。

「桂小五郎VS坂本龍馬」の試合を伝える史料は今まで何度か取り沙汰されてきましたが、どれも年代や名前になんらかの矛盾があり、すべて創作のニセ史料でした。したがって今回の史料も疑いの目で見られたのですが・・・。

実際に史料を目にした歴史研究家のあさくらゆう氏によると、考証の結果、今回の史料には矛盾点が見られないとのこと。史料の信ぴょう性が高く、期待も高まります。

坂本龍馬の剣の腕を証明する史料といえば、現在では北辰一刀流千葉道場の長刀(なぎなた)の初目録が残されているのみで、その他の目録は大正2年の火災で焼失したとされています。そのため後世の証言に頼るほかなく、幕末ファンの間では「龍馬は強かった」という説が根強い一方で、近年は司馬遼太郎氏の名作「竜馬がゆく」に描かれたような冴えわたる剣才を疑問視する声もあがっています。

免許皆伝が存在した事を示唆する史料はあっても、皆伝そのものが焼失して現存しないために、「本当は弱かった」なんていう説も。しかし、今回発見された史料に記された内容が真実であれば、敗れたとはいえ、天才剣士桂小五郎から5本中2本取っているのですから、桂ともほぼ互角に張り合える素晴らしい腕を持っていたことが証明されます。

まだまだ研究が必要とされるようですが、桂と龍馬の「幻の試合」、そして龍馬の剣豪説が幻ではなく真実となる日も、そう遠くはないのかもしれません。

アイキャッチ画像出典元 :近代日本人の肖像