ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は、決算説明会の冒頭約20分ほどを米通信子会社スプリントと同国大手Tモバイルとの合併交渉中止についての説明に費やした(撮影:尾形文繁)

11月6日、決算説明会に登壇したソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長は、好業績を発表したにもかかわらず、表情が硬く、終始、伏し目がちだった。

2017年4〜9月期の営業利益は8748億円。前年同期比で35%の増益で着地した。好業績を牽引したのは米通信子会社のスプリントだ。前年同期比でほぼ倍増の2022億円を計上。国内の通信事業や子会社ヤフーは減益だったが、今期から連結を開始した「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(通称・10兆円ファンド)」の株評価益1862億円が新たに乗った。

孫社長の表情を硬くしたのは、そんな業績牽引役となったスプリントに他ならない。スプリントと同じく通信大手の米Tモバイルとの合併を、SBGはTモバイルの親会社、ドイツテレコムに申し入れていた。

「ずいぶん悩んだが、今は晴れやか」


スプリントは、今やソフトバンクグループの業績牽引役だ(撮影:尾形文繁)

だが、10月27日の取締役会でSBGは合併交渉中止を決議。同日、孫社長のほうから、ドイツテレコムのティモテウス・ヘッドゲスCEOに電話で交渉中止を申し入れた。11月4日にはSBGとドイツテレコムの計8人の経営陣が東京に集まり、交渉中止で正式に合意した。

「今は晴れやかな気持ちである。数カ月間、ずいぶん悩んだ。迷いが終わった後はスッキリするものだ。(今回の交渉中止は)心の底から正しいと思っている」と孫社長は強がってみせた一方で、「心が晴れやかだ、といくら私が言っても、90数%の人に”負け惜しみだ”と言われるのはわかっている」と付け加えることを忘れなかった。

破談の原因は、孫社長らSBGの経営陣が最後まで合併会社の経営権獲得にこだわったからだ。孫社長によれば、「SBG単独での経営権獲得が無理ならイコールパートナーでも構わない」とまで譲歩したが、ヘッドゲスCEOは「ドイツテレコムが単独で経営権を獲得できなければ、(今回の合併案は)のめない」と強く反発したという。

10月27日の取締役会には、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長やアリババのジャック・マー会長ら社外取締役も出席。「スプリントの経営権を手放してまでTモバイルと合併すべきではない。それが正しいものの考え方というものだ」と強弁する意見が社外取締役から出たという。

同日夜の電話では、「株の売却金額など細かい条件面ではなく、経営権という(合併の)根幹に関わることだから、『(今回の交渉は)なしにしようよ』と、ティム(・ヘッドゲスCEO)に伝えた」と孫社長は明かした。

何しろ、2013年にスプリントを買収したのは、Tモバイルとの合併ありきだった。米国の通信業界は2強2弱の構図であり、全米首位のベライゾンと2位のAT&Tが圧倒的シェアを持つ。当時業界3位で経営不振に陥っていたスプリントと当時4位のTモバイルが合併することで大手3社の寡占体制を作るというのが、孫社長の描いた青写真だった。

トランプ米大統領に頼った孫社長


孫正義社長が陣頭指揮を執り、スプリントの通信網は大きく改善した(撮影:尾形文繁)

だが、通信の規制当局である米国連邦通信委員会(FCC)が首を縦に振らず、合併構想は実らなかった。そこで孫社長はスプリント単独での再建に本腰を入れた。同氏の陣頭指揮で、大幅なコスト削減やネットワーク構築の細かい工夫を行った結果、スプリントは営業黒字化を果たす。ただこの間、Tモバイルにシェアで抜かれ、米国内で4位に転落した。

昨年11月、米大統領選挙で規制緩和に積極的とされる民間企業出身のトランプ氏が当選すると、孫社長は大統領就任直前のトランプ氏の元を訪問。「4年で米国に5兆円投資し、5万人の雇用を生む」と約束した。今年に入ってからは実際にTモバイルとの合併交渉に挑んできた。

だがTモバイルは契約数を急速に拡大しており、米通信大手4社の中で最も勢いがある。ドイツテレコムにしてみたら、伸び盛りの子会社を容易に手放すはずがない。

今やスプリントよりも上位のTモバイルのほうが、経営権を握るのが自然だ。また、業績が好調で単独でも生き残っていけるTモバイルには「急いで経営統合をする必要はなかった」(情報通信総合研究所の清水憲人主任研究員)。

ケーブルテレビ会社が参入するなど、米通信業界の競争は激しくなるばかり。大手の中で力不足だったスプリント株は「全株売却がベスト。過半売却がセカンドベスト」(清水研究員)とみられていた。

ところがスプリントは今やSBGの業績牽引役である。スプリントの経営権を手放せば、連結対象から外れ、SBGの業績は大幅減益になりかねない。つまり、スプリントとTモバイルのどちらから見ても、経営権をめぐって揉めることは容易に想像できた。

結果として孫社長はスプリント自体の経営権にこだわった。11月6日には同社に追加出資する方針も発表した。現在の出資比率83%から、上場基準に抵触する可能性がある85%以上にならない範囲で買い増す。

孫社長はその理由について、「まもなく低軌道衛星で通信する時代が来る。今よりも太くて速い高速通信が実現したとき、その利益を最も享受するのは世界最大市場の米国だ。米国に通信会社を持っていてよかった、(ドイツテレコムに)売らなくてよかったと心から思える時代が来る」と述べ、理解を求めた。

「IoT時代ではがぜん有利になる」


スプリントは孫正義社長のいう「IoT時代」に不可欠なインフラなのだろうか(撮影:尾形文繁)

また孫社長は、「人をつなげるのはベライゾンやAT&Tにかなわないが、(半導体開発会社の)英ARMを買収したことでIoT(モノのインターネット)ではがぜん有利な立場にある」などと、交渉中止でスプリントの経営権を保持したメリットを主張。だが、それほどまでにTモバイルとの交渉中止のメリットが大きいのなら、そもそもなぜ合併交渉を始めたのか、という根本的な疑問が湧く。

今後のTモバイル以外との合併交渉について問われると、孫社長は間髪入れず「何でもありだ」と答えた。かつて交渉を模索したとされるケーブルテレビ全米2位、チャーター・コミュニケーションズとの交渉について問われても「何でもありだ」の一点張りだった。

Tモバイルとの交渉が正式に破談してから、まだ2日も経っていない。「何でもありだ」発言の真意は「破談となったばかりでまだ白紙だ」という孫社長の思いの裏返しだったのだろう。