元彼の結婚。

適齢期の女性にとって、これほどまでに打ちのめされる出来事があるだろうか。

元彼がエリートだったら、なおさらだ。

どうして私じゃなかったの。私になくて、彼女にあるものって何?

東京で華やかな生活を送るエリートたちが、妻を選んだ理由、元カノと結婚しなかった理由を探ってみる。

先週、元彼・晋平から、家庭的アピールが迷惑だったと言われて落ち込んだ奈緒。さて、今回は・・・?




「Sweet dreams,honey」(良い夢をね)

笠野との電話を終えた奈緒は、彼との日々はいつか醒める夢、まさにSweet dreamsなのかもしれない、と大きなため息をついた。

笠野と一緒にいられるのも残りわずか。笠野は来週金曜日にアメリカに帰ってしまう。

刻一刻と迫る笠野との別れを前に、奈緒はどうしたら良いか、自分でも分からずにいた。

先日の鎌倉デートの帰り道、笠野は照れ臭そうにこう言った。

「奈緒ちゃんが、僕のファム・ファタールみたいだね」

-運命の女、か。

笠野が東京にいるのであれば、悩むことなどない。

笠野は、経済力、ルックス、性格ともにパーフェクト。結婚相手として申し分ない。

しかし、アメリカ在住。それだけが玉にキズだ。

来年30歳になる奈緒にとって、当面の遠距離恋愛と、結婚後はアメリカ移住を余儀なくされる未来は、かなりのハードルと言える。

-今後、年に数回しか会えない相手と遠距離恋愛なんて、続く・・・?

-遠距離恋愛の末破局して、婚期を逃すかも・・・?

「はぁ」

再び大きなため息をついた奈緒は、時間を確認し、慌てて待ち合わせに向かった。


久しぶりに会う元彼の妻。超地味な女に変わっていた?


元彼の妻は、幸せなのか、不幸なのか。


「みなみ、おめでとう!」

みなみは、奈緒の元読者モデル仲間で、現在妊娠8ヶ月のプレママだ。

2年前に医師である貴之と結婚。貴之が実家の医院を継ぐことになったため、現在は群馬で暮らしている。

食事会仲間だった奈緒とみなみ。二人が貴之と出会ったのも食事会だった。

貴之が奈緒と別れた後、知らぬ間にみなみと付き合い始め、結婚をすると知った時にはひどくショックを受け、みなみとも疎遠になっていた。

しかし今回、当時の読モ仲間でみなみのベビーシャワーをすることになり、奈緒も顔を出すことになったのだ。




会場の『ジンジャーガーデン青山』に到着し、数年ぶりにみなみに会うと、奈緒は驚いた。

-みなみ!?保護者会にでも行くの・・・!?

黒髪をハーフアップにして、紺のワンピースに一連のパールネックレスを身につけており、奈緒の記憶の中のみなみとはかけ離れていた。

東京にいた時のみなみは、明るめの髪色に巻き髪、身体のラインを強調した服、一目でブランドが分かるアクセサリーやバッグを身につけ、東京らしいマテリアルガールという風貌だった。

「みなみ、ずいぶん雰囲気変わったね」

挨拶を終え聞いてみると、みなみは奈緒の言いたいことを理解したように言った。

「地味、でしょ?色々あったの。こんなに変わるなんて自分が一番びっくり。

そうだ、奈緒って、今丸の内勤務だっけ?明日新幹線で帰るんだけど、その前にランチでもどう?奈緒の会社の近くまで行くよ」

みなみの変化が気になる奈緒は、もちろん誘いに応じることにした。



奈緒は、康作と別れた後に、みなみとともに参加した食事会で貴之と知り合い、半年ほど付き合った。

当時、貴之は都内の総合病院に勤務しており、忙しい仕事の合間を縫ってデートを重ね、5ヶ月経ったある日。

「今度の三連休、草津温泉にでも行かないか?」

三連休のうち、奇跡的に二日間の休みが取れたという貴之に誘われた。

奈緒が快諾すると、貴之は真剣な眼差しでこう続けた。

「草津温泉に行く途中、実家があるんだけど・・・親に会ってくれないか?」

想像より早く訪れた“親への紹介”。これを結婚への第一歩と考えた奈緒は、貴之の両親に会うことを決めた。

そして迎えた三連休。

車を走らせ到着した貴之の地元は、奈緒の想像以上に田舎だった。

ショッピングモール、ファミレス、コンビニ、タイヤ修理や中古車販売店。最低限の生活が出来るのは分かるが、ネイルサロンやまつ毛エクステは期待出来そうにない。

医院を経営しているだけあって、貴之の実家はたしかに豪華だった。

塀に囲まれた大きな敷地内に、二軒の家。一軒は新しいが、空き家のようだった。

実家にお邪魔すると重厚感のある家具、よく手入れされた庭や、紅茶を出されたエルキューイ・レイノーのティーカップなどから、豊かな生活が伺えた。


彼の両親と緊張のご対面。どうなる・・・!?


私は、一生あそこで暮らすの?


手土産の銀座ウエストのリーフパイを渡し、挨拶を済ませる。

貴之の両親と和やかに会話を始めた奈緒は、彼らが自分を気に入ってくれたことを感じ、安堵していた。

それに、愛犬のリンも奈緒に懐いてくれ、「人見知りの子なんだけどねえ」と、貴之の両親も不思議そうに、でも嬉しそうにしていた。

紅茶を飲み終えると、彼のお父さんが敷地内を案内すると言ってきた。

奈緒が愛犬のリンと戯れながら歩いていると、お父さんが、先ほど見かけた空き家の前で立ち止まり、一言放った。




「さあ、貴之と奈緒さんのお家ですよ」

続いてお母さんも「そうそう」と付け足す。

「子ども部屋は3部屋なんだけど、足りるかしら」

奈緒は、「え?ええ・・・」と、無理やり口角を上げて反応したが、かなり動揺していた。

その日、旅館に着いた奈緒は部屋の露天風呂に浸かりながら、貴之の実家の地域や準備済みの家を思い出していた。

-私は、一生あそこで暮らすの・・・?

東京での生活を謳歌している奈緒にとって、友達ひとりいない環境で、おしゃれなランチも、ハイブランドのウィンドウショッピングも日常的に出来なくなる生活は耐えられそうになく、結局その後貴之とは別れたのだった。



ベビーシャワーの翌日、奈緒は昼休みの合図とともにダッシュで『アルカナ東京』に向かった。奈緒が到着すると、みなみはすでに座っていた。

やはりシンプルな装いで、奈緒の記憶の中のみなみとは異なっている。

「お仕事の合間にありがとう。丸の内でランチなんて、久しぶり過ぎてワクワクしちゃう」

たしかに貴之の実家周辺には、おしゃれランチが出来る店は皆無だった。

お水を一口飲んだみなみは、ゆっくりと話し始めた。

「田舎って、本当に大変よ」

みなみの話によると、とにかく貴之の実家の地域は住民のつながりが強固で、自治体の行事も多く、基本的に全員参加が必須なのだという。

街の清掃や緑化活動、季節のお祭りや防災訓練、住んでいる地区対抗のスポーツ大会。

清掃や緑化活動に欠席すると、出不足金として5,000円を徴収される。

女性達は婦人会に所属し、行事の度に料理を担当して地域の人をもてなし、おまけに年に1回の小旅行や地域の女子会にも参加必須だ。

さらに、地域の人が亡くなった場合にはお葬式も手伝う。いつ何時も地域を最優先しなければならないのだ。

これらを怠れば、たちまち地域のメンバーから容赦なく追い出されて、居心地が悪くなる。

それでも地域に参加しない道を選ぶ者もいるが、みなみの実家はその地域で医院を経営していることもあって、下手に地域の人から嫌われたら大変だ。

みなみは、貴之の母と一緒に“開業医の妻”オーラを一切消して、地域活動に参加し、馴染む努力をしていったという。

みなみの話を聞いた奈緒は、合点がいった。

-そうか、周囲から妬まれないようにブランド品を身につけなくなったのね。

「いろいろ不自由が多そうね。近所のこともあって、ファッションも変えたんでしょう?」

奈緒が憐れみながらそう聞くと、みなみは大きく首を振った。

「それは違うわ。むしろ、今の私は昔よりも自由よ」

奈緒は、みなみの言葉の意味を全く理解出来なかった。

▶︎NEXT:11月14日 火曜更新予定
元彼・貴之の地元に嫁いだみなみが、真相を語る。そして、ついに笠野との最終デート。