私たちは、東京にいる限り夢を見ている。

貧しい少女にガラスの靴を差し出す王子様が現れたように、いつかは幸せになれると。

だが必ず、自分が何者でもないと気づかされる時が来る。

神戸から上京し、港区女子へと変貌を遂げる真理亜と、その生き様を見つめる彩乃。

彼女たちが描く理想像は、現実なのか、それとも幻なのか...

真理亜への嫉妬心から焦る彩乃。しかし遂に佐藤という彼氏を手に入れたのだが...




東京の都心で女性が一人働いて家賃を払い、ある程度の生活水準を保っていくのは大変だ。皆、どうやって暮らしているのだろうかとたまに疑問が湧く。

一生懸命働いても家賃と生活費に全て消えていく虚しさ。

その時にいつも思うことは同じだった。

「どこからか王子様が現れて、素敵なお城に住ませてくれないだろうか」と。



「彩乃、一緒に暮らさないか。」

バツイチ彼氏の佐藤にそう言われたのは、付き合い始めて半年経った頃だった。

「も、もちろん!」

藁にもすがる思いだった私の答えはYESに決まっている。

この頃、私は池尻の1Kの自宅が嫌いで仕方なかった。

狭いし、Instagramに投稿できるような素敵な部屋でもない。少しでも背景が映れば狭さがばれてしまうような、みすぼらしい部屋。

社会人になった当初は何人か友達を呼んだこともあったけれど、今となっては恥ずかしくて誰も呼べていない。

しかも佐藤が探してきた物件は、白金にあるタワーマンションの高層階。私の東京ライフの理想形のパズルを完成させる上で、大きなピースとなる。

-これでいよいよ私もそっち側に行ける。

そう思うと、足取りが軽くて仕方なかった。しかし、シンデレラは知っていたのだろうか。

誰かに与えてもらったお城で暮らしても、幸せになれない場合があるということを。


東京で理想の暮らしを手に入れた彩乃。その先に見えてきたのは...


食卓に現れるその人の育ち


私は白金在住という肩書きを手に入れ、急に鼻高々になった。

住所一つでここまで気分が変わるのかと、自分でも驚く。朝起きて窓から眺める東京タワーを見るたび、私の胸は充実感で満たされた。

しかし、佐藤と暮らしていく中で徐々に歪みが生じ始める。

「彩乃、まさかそのまま食べるの?」

同棲開始して間もなく、 夕飯の用意が面倒で、買って来た惣菜を食卓に並べようとした瞬間、佐藤が慌てて止めに入った。

何が悪いのか全くわからない。しかし目の前の佐藤は驚いたような、失望したような顔をしている。

「え?なんのこと?」

一瞬、買って来た惣菜が悪いのかと思い、今一度見直してみる。何か佐藤の嫌いな物があっただろうか?一応、彼の好きな物で揃えたはずだ。

「違うよ。プラツチックの容器をそのまま食卓に並べるなんて...品がないな。」




佐藤の父親は代々不動産業を営んでおり、母親は典型的な専業主婦。実家は五反田の池田山にある名家だった。

彼のバックグラウンドに惹かれていないと言えば嘘になる。彼の家に入れれば、一生安泰だ。そう密かに考えていた。

そんな彼の実家では、食事はいつも母親の手作りで、プラスチックの容器はおろか、冷凍食品でさえ小さい頃は食べたことがないと言う。

「せめて食器に移し替えて出すのが常識だろう?」

-常識だろう?

最後の一言が、頭の中でこだまする。彼が育った家の常識と、私の実家の常識は違うようだ。

佐藤は、前妻との間に生まれた子供が成人するまで結婚はしないと言っていた。

しかしそれは、本当に前妻との約束なのだろうか?それとも、私に嫁になる資格がないから...?

頭の中がグラグラと揺れる。

その日食べたローストビーフの味は、覚えていない。

そんな時、真理亜からホームパーティーの誘いが来た。

送られてきた住所を見ると、麻布十番になっている。Google Mapで検索すると、言い方は悪いが至って普通のマンションだった。

「今は私の方が良い家に暮らしているのね。」

今はせめてそう思えることが、唯一の救いだ。そう思いながら、鼻高々で真理亜主催のホームパーティーへと向かった。


自分より狭い家に住む真理亜。しかしそこで気づいたこととは...


自分の力で生きるという意味。


麻布十番の駅を降り、暗闇坂を登る途中に真理亜の家はあった。

閑静な高級住宅街にある真理亜の自宅は、狭いながらも綺麗に整理整頓されていた。

インターホンを押し、玄関を開けると、真理亜が作ったラザニアの良い香りに体中が包まれる。

既にテーブルの上にはアボカドとトマトのサラダをはじめ、色とりどりの美味しそうな料理が並んでいた。

サイドには、綺麗に生けられた花。そしてランチョンマットやカトラリー類がセンス良く配置されている。




そのテーブルを見た瞬間、悪寒に襲われる。

「育ちって、こういうことか...」

言葉にはできない、絶対的な敗北。

真理亜の育ちの良さが垣間見られる食卓は、私に足りないものを映し出している気がした。

「お口に合うかなぁ〜。」

そう言いながらテキパキと料理を作っては持ってくる真理亜を見ながら、改めて彼女の部屋を見渡してみる。

大きな窓に、リビングとベッドルーム。手入れされている植物たちからは、瑞々しさが放たれている。

こじんまりとしたキッチンに、その他水回り。決して広くはないけれど、真理亜らしさが反映されている家だった。

「彩乃ちゃんのお家に比べたら狭くてビックリでしょ?」

屈託無く笑う真理亜を見て、この飾り気のない人は何なのだろうかと思った。

最近これ見よがしにInstagramのストーリーに家を投稿していた。真理亜はきっとその画像を見て言っているのだろう。

「ううん、何か、すごく地に足がついている感じがする。」

そう。真理亜の家は、真理亜の頑張りや日々“丁寧に生きている”暮らしぶりが反映されていたのだ。

真理亜の家を出ると、時刻は23時半だった。

タクシーに乗り、二の橋を右折して白金を目指す。もう少しで見えそうなのに見えない東京タワーに思いを馳せながら、私は流れる街をぼうっと見つめていた。

自分に見合った生活水準以上のものを求めた時、人は幸せなのだろうか。

きっと、答えはNOなんだろうな…自分の足で生きる真理亜の姿が、その夜は脳裏に焼き付いて離れなかった。

▶NEXT:11月14日火曜更新予定
東京で“幸せの基準”ってなんですか?永遠に満たされぬ心の果てにあるもの