難関資格の筆頭格である、公認会計士。

―高収入、堅実、転勤なし。

そんな好条件を難なくクリアする”勝ち組”であり、東京の婚活市場においても人気が高い職業の一つである。

しかし彼らにも、悩みはある。

サラリーマン会計士の隆一は、信頼する上司・冴木が出世競争に敗れたのを機に、キャリアに迷いだす。

一方、彼女のユキは将来について迫るが、返答はない。不安を募らせるユキに突然、隆一から会社退職宣言が飛び出すが・・・?




隆一の突然の”退職”宣言


「俺、会社辞めてきたよ」

先ほどまで嬉しそうにしていたユキの表情が一転し、薄暗く寂しそうな表情に変わっていった。想定していなかった言葉だったのだろう。

もちろん、ユキからの問いかけに対する答えも出すつもりであった。でもその表情を見て、次の言葉がでなかった。

沈黙していたユキが口を開く。

「どういうつもりなの!?」
「私との将来を考えるって仕事を辞めるってことなの!?」

ユキの口調は強く、滅多に見せることのない怒りの感情が込められていた。そして、混乱しているようだった。

僕は、彼女を落ち着かせるために、少し間をおいた。

ユキとの将来は、もちろん前向きに考えている。彼女が、専業主婦を望もうが、働きたいと考えていようが、彼女の意思を尊重するつもりでいる。

幸せな家庭を築きたい。それは、女だけではなく、男だって求める将来像だ。

僕だって、ユキと幸せな家庭を築いていきたいと思っている。

落ち着きを取り戻した、ユキが再び口を開けた。

「これから、どうするの…?」

「うん、少し考える…また連絡するよ」

僕は、その言葉を残してお店の席を立った。
うつむいたままのユキは、少し苛立ちの表情をしているようだった。

でも僕にはきっと、ユキが必要だ。


隆一のユキに対する思いとは…!?


隆一のユキに対する思い


ユキとの出会いは、倉田さんが開催してくれたお食事会だった。仕事漬けの僕を見かねて、セッティングしてくれたのだ。

お食事会の誘いはよくあるけど、当時は仕事中心の生活であった。そのため参加しても、いつも上の空というか、とりあえず美味しいご飯を食べにいっているという感覚だ。

その度に、女性陣から隆一はつまらないとクレームがきていると、健から何回も怒られていた。

確かに、僕はつまらない男だったと反省している。

そんなとき、積極的に話しかけてくるユキと出会った。見た目は大人しそうな感じであるが、話すと思った以上におしゃべりで、気さくな笑顔が可愛らしいと思った。

3度目のデートで告白され、思わずOKを出してしまった。

よく同僚や友人たちからは、どうせ隆一のステータス目当てだからやめとけとも言われる。

お食事会では、確かにステータスや年収目当ての女性と多く出会う。彼女も、その女性たちの1人であることには違いなかったのであろう。

そんなことをわかっていながら、僕はなぜユキを選んだのであろうか?



付き合い始めてから、3ヶ月後くらいであっただろうか。僕は仕事のストレスで胃潰瘍となり、入院をしてしまった。

数週間だけの入院だったが、その時ユキは頻繁に病院にお見舞いに来てくれた。

「何もできないけど、心配だから」

彼女は、取り留めもない会話を続けて、弱っている僕を励ましてくれた。

両親の教育が厳しかったことや、毎日の日課は、早起きして部屋の掃除をする等、会話をするなかでユキの持つ素朴さも知るようになった。

また出会った当初は、身に着けているアクセサリーや鞄が高価そうだったので、この子との結婚はないな、とも思った。

しかし実際は毎日お弁当を作る、家庭的な彼女の一面も知った。

今では定期的に僕の家に来て、身の回りの掃除をこまめにしてくれるのも習慣となっている。



2年以上の月日をかけて共にした時間が、僕がユキへの情を深めていったのだろう。

男は、恋に落ち、愛情を育むまでに“時間”が必要だ。

ユキと共に過ごした、ささやかな時間の積み重ねから“信用”が生まれたのだ。

それは外見やステータスからでは決して生まれることのない、内面的なものであり、感覚的なものだ。

この信用が生まれない限り、男は決して先には進むことはできない。

そしてその先に進んだ僕は、この人とであれば将来きっと上手くやっていけると、ユキを“信頼”しているのだ。

それが、僕のユキとの将来を考えている理由だ。

将来の僕には、ユキが必要であることは間違いない。今度は、きちんと言葉で伝えよう。


隆一、ついにキャリアチェンジのときが


隆一のキャリアに対する思い、そして、これからは…!?


退職を決めた僕は、仕事の引継ぎを淡々としていた。

「隆一君、残念だよ。君には期待していたんだけどね」

東条さんからかけられる言葉は、僕にはもう何も響かない。

退職を決めると、案外スッキリするものなのだと実感する。いままでの監査法人にしがみつくことに対する悩みは、いったいなんだったのだろうか、と思うほどだ。

キャリアを考えるうえで、大切なことは何であろうか。有名大学を出て、大会社に就職した後で待っているものは何なのか?

確かに大企業に入れば、大きな取引や最先端のビジネス環境に身を置ける。ビジネスマン冥利に尽きるだろう。

しかし、所詮は組織の歯車の一つだ。

会社が目指すものと、自分の目指す将来像が一致していれば、組織に不満はない。

でも…。そんな人、世の中にどれだけいるだろうか?

目先の仕事や人間関係。そして、出世争いに気を取られ、自分自身のことを置き去りにしてしまう。

健に嫉妬し、冴木さんの敗北に絶望し、東城さんのために必死に働く。他人の行動に振り回されてばかりだ。

そんな環境に身を置くのは、耐えられなくなってしまったのだ。

決めたからには、もう前に進むしかない。



ユキと会うのも、久しぶりだ。

仕事終わりの20時、麻布『アルティジャーノ リック』で待ち合わせた。

ユキの表情は、この前と同じようにどことなく表情が重い。

不機嫌そうなユキを尻目に、僕はいつになく上機嫌を装い、その場を盛り上げた。

一通り近況を話終え、僕から切り出した。

「ユキとの将来は真剣に考えている」

これは嘘じゃない、僕の本心だ。

ユキの顔から少し笑みがこぼれた。僕はとりあえず、一安心する。まずはユキの不安を取り除くことから始めないといけないと思い、率直にユキの質問に対して答えた。

でもまだ終わっていない、今日はここからが本番なのだ。

「でも少し待って欲しい。」
「えっ…!?」

ユキが再び怪訝な表情を浮かべる。

「俺、独立開業するよ」

ユキは驚きの表情を見せているが、決めたからにはもう引き返せない。組織人であることを捨て、僕は新たなスタートを切ることにした。

僕にとって、この選択が正しいのかはわからない。正解が出るのは、きっと5年、10年後、もっと先かもしれない。

これから生活はきっと一変する。どう変わるのかは、僕もまだわからない。

でも、ユキも幸せにして、自分も仕事で成功する。

僕は、新しいスタートを切ることにした。

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次週、独立を決意した隆一に、新たな試練が待ち受ける…