私たちが日ごろ使っている漢字には、『聖書』伝承が取り込まれている――。驚きの仮説について、具体例を見てみよう。

たとえば「田」の漢字は、

 

田=口+十

 

となっている。「口」は囲い(境界)だ(古代漢字では「口」の部分は丸い形をしていた)。その中に、中心から4方向に発する線「十」が出ている。

 

「田」は、エデンの園の光景である。というのは、『聖書』によるとエデンの園には巨大な泉が湧きでていて、それが4つの川を形成していた。

 

「ひとつの川が、エデンから流れ出て園を潤し、そこから分かれて4つの川となった」(「創世記」2章10節)

 

「田」の「口」という囲いは、エデンの園を表し、その中の「十」は、中心から4方向に分かれでた4つの川を表していたのである。

 

『聖書』によればノアの大洪水前の地表付近には、今よりずっと多くの地下水が存在していたのである(それがのちに、ノアの大洪水をさらに巨大なものとした)。

 

2本の木が示す禁止事項

次に「禁」の字を見てみよう。

 

禁=木+木+示

 

で2本の木を示す瓩箸いκ源になっている。

それで思い出されるのは、神はエデンの園の中央に、2本の木=「命の木」と「善悪を知る木」を生えさせたという『聖書』の話だ。神はそれら2本の木を示し、

 

「善悪を知る木からは取って食べてはならない」(「創世記」2章17節)

 

と人に命じたという。つまり「2本の木」を「示」し、「禁」止事項を語った。

 

しかしアダムとエバ(イブ)は、後にこの「禁」を破り、「善悪を知る木」の実をとって食べてしまう。

 

なお、この「善悪を知る木」は「善悪の判断力がつく木」の意味ではない。それは「(人生が)善にも悪にも深くかかわってしまうようになる木」の意味である。

 

「知る」のヘブル原語は、頭の中で観念的に知るの意味ではなく、体験的に知るの意味だからだ。

 

たとえば「創世記」に「アダムはエバを知った」と書かれている。これはアダムがエバと夫婦関係に入ったという意味。この「知った」には同じ原語が使われている。

また善悪を知る木の実を「食べる」とは、それが人生に展開していく意味である。たとえば「ヨハネの黙示録」を見ると、ヨハネは神から示された巻き物を「食べた」。すると預言の幻と言葉が、彼の前に次々に展開していったのである。食べるとは、展開していくことなのだ。

 

アダムとエバが、2本の木に関する「禁」を破り、「善悪を知る木」から実を取って食べたとき、善も悪も彼らの人生に、その子孫に、また歴史上に展開していったのである。

(「ムー」11月号特集「漢字に隠された聖書預言」より抜粋)

 

文=久保有政

 

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