かつての甲子園V投手・松坂も戦力外通告を受けた【写真:Getty Images】

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ともに甲子園で優勝…近年の甲子園V投手はドラ1入団、ノンプロなどそれぞれ

 ソフトバンクは5日、松坂大輔投手と島袋洋奨投手と来季契約を結ばないことを通告したと発表した。両者ともに共通するのが、甲子園優勝投手であること。横浜・松坂は98年に伝説の決勝ノーヒッター、興南・島袋は10年に史上6校目の春夏連覇を達成。高校球界を代表するスター投手だった。そんな2人が奇しくも同日に戦力外となったが、近年の甲子園優勝投手たちの“その後”はどんな歩みだったのか。

 背番号1をつけていた選手に限らず、大会を先発として主戦格で投げ抜いた投手を主に見ていく。当然多くのプロ入り選手がいるが、横浜・松坂の98年以降、ドラフト1位選手も多く生まれている。

 99年の桐生第一・正田樹は日本ハムなどでNPB通算25勝。翌06年に田中と決勝再試合で投げ合った早実・斎藤佑樹は早大を経て、4球団競合で日本ハムに入団した。

 12年に春夏連覇を達成した大阪桐蔭・藤浪晋太郎は阪神、13年の前橋育英・高橋光成は西武と2年連続でドラ1が誕生。15年の東海大相模・小笠原慎之介は中日、16年の作新学院・今井達也は西武で、こちらも2年連続で栄えある1位指名を獲得し、将来のエースを目指している。

田中将大と2本柱、がばい旋風で席巻、宝刀シンカーで圧倒した投手はアマの道へ

 一方、プロ入りしていない選手もいる。05年の駒大苫小牧・松橋拓也は1年下の田中との2本柱で優勝し、卒業後は明大でプレー。09年に「がばい旋風」を起こした佐賀北・馬場将史は卒業後は中大準硬式で白球を追った。ちなみに、馬場とリレーしていた久保貴大は筑波大を経て現在、母校で指導に当たる。

 近年では11年の日大三・吉永健太朗がその一人。宝刀シンカーを武器にして、高山俊(現阪神)、横尾俊建(現日本ハム)らとともに圧倒的な強さで優勝し、早大で活躍。現在は社会人野球のJR東日本でプレー。また、08年の大坂桐蔭・福島由登は青学大を経て、同じく社会人野球のホンダで活躍している。

 当時は世代の頂点を極め、甲子園のマウンドの中心に君臨していたスターたち。ファンを熱くした名投手たちは、それぞれの“その後”の人生を歩んでいる。