いよいよ佳境に入ってきた大河ドラマ『おんな城主 直虎』(NHK)。舞台は戦国時代。遠江・井伊谷を治める井伊の国が、今川、武田、徳川といった隣国の勢力争いに翻弄されながらも、女城主の井伊直虎(柴咲コウ)を中心に何とか生き残ろうと奮闘する姿を本作は描いてきた。脚本の森下佳子は、『JIN‐仁‐』(TBS系)や連続テレビ小説『ごちそうさん』(NHK)などを手がけてきた。巧みで骨太なストーリー展開と人間ドラマに定評がある脚本家だ。

参考:阿部サダヲ演じる家康は理想の上司ナンバー1 『おんな城主 直虎』菅田将暉との絶妙な掛け合い

 『直虎』は一年の長丁場ということもあり、当初はややスロースタートに感じた。特に幼少期を時間をかけて放送したことは賛否が別れたが、物語の厚みは話数を重ねるごとに増している。その一方で登場人物が容赦無く命を落としリタイヤしていく。中でも高橋一生が演じた小野但馬守政次の死に様は壮絶だった。政次の死後、直虎は守るべき民と土地を容赦なく奪われていく。

 本作は、小国である井伊がどのようにして生き残るのかという話を延々と展開している。昨年の大河ドラマ『真田丸』(NHK)も大国に翻弄される真田家がどのようにして生き残るのかを、ゲーム的な駆け引きを軸に見せており、爽快な活劇でありながら、終わりゆく戦の時代に取り残されていく戦国武将たちの悲喜劇を描かれていた。

 対して直虎は大国同士のゲームに翻弄される弱者たちの生き残りを巡る悲壮な戦いを描いている。見ていて面白いのは、家を再興したいとか戦国武将として乱世を戦いたいという「男らしい勇ましさ」、それ自体が家を滅ぼす「呪い」として描かれていたことだろう。

 最終的に直虎は井伊家再興を諦めるのだが、そのことによって井伊家は戦いから開放される。第37回「武田が来たりて火を放つ」で城に火を放って全員で逃げたことで逆説的に井伊家が生き残るという展開には、本作が描こうとしている戦いの質がよく出ていたと言えよう。

 2016年にヒットしたテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系、以下『逃げ恥』)を筆頭に、「逃げる」という言葉をポジティブなこととして捉え直す試みは各ジャンルで行われている。ちなみに『逃げ恥』で「さっさと逃げてしまいなさい」と言ったのは自分自身を縛り付けている「呪い」だったのだが、お家再興という「呪い」から逃げることで、殺し合いの世界から直虎は解放された。しかし、民の中では気持ちは燻っており、そこに、かつての城主・井伊直親の忘れ形見である虎松(菅田将暉)が再登場することで、井伊家は再び、「呪い」に巻き込まれることとなっていく。

 直虎が井伊家復興を諦めてから6年が経ち、物語は菅田将暉が演じる虎松が主人公の物語となる。徳川家康(阿部サダヲ)に取り立てられて、井伊万千代と名乗ることになった虎松が草履番から出世していくために創意工夫して成長していく姿が描かれる。虎松は、かつての直親や若い頃の井伊直虎の姿を思わせる勇ましさと明るさがあり、逆に虎松が暴走しないように見守っている直虎の姿にはかつての但馬の姿が重なる。

 菅田将暉が注目をされたのは『仮面ライダーW』で天才少年・フィリップを演じたことがきっかけだ。それ以降、天才風の奇人変人として振る舞う、カリスマ的な存在を演じることが多くなるのだが、筆者としては『泣くな、はらちゃん』(日本テレビ系)のヒロシのような何も持たないバカっぽい男の子を演じていた時の方が面白いと思う。

 最近では、映画『銀魂』で演じた志村新八が面白かった。『銀魂』は小栗旬や橋本環奈を筆頭に演者全員が飛び道具というか、奇人変人キャラのオンパレードの作品だったのだが、その中で視聴者目線を代表する凡人キャラを演じたのが菅田将暉だった。これが実に見事で、あんなに華やかな俳優が、ここまでオーラを消して普通の人間を演じられるのかと驚かされた。

 現在も映画『溺れるナイフ』を筆頭に数々の作品でカリスマ演技を見せている菅田将暉だが、『直虎』の虎松が面白いのは、カリスマ性とポンコツ性という彼の演じる両極の役柄がひとつの役に同居していることだろう。イケメンドラマとしても秀逸な『直虎』には、三浦春馬、高橋一生、柳楽優弥といった面々が、全員違うタイプのカッコいい男たちを演じている。

 そしてトリを務める最後のイケメンが虎松なのだが、最初に出てきた時は、血気盛んなだけのポンコツで、お家再興を言い出した時も、「こいつダメだわ」と直虎の立場で思った。虎松は直虎のかつてのポジションなので、「若いとは、無知で愚かだ」という話になるのかと思ったのだが、馬鹿は馬鹿なりに考えがあるのが面白いところだろう。

 行動の一つ一つは滑稽で目を見開いて怒鳴りあう虎松だが、思いついたアイデアを即座に実行していく行動力は見事で、ポンコツなのかカリスマなのかどっちなんだと、目が離せなくなる。この両極の横断こそが菅田将暉の本領なのだろう。「バカと天才は紙一重」を、肉体で体現できる俳優である。(成馬零一)