外国語を勉強していると、どこかで「完璧ではなくても…」と妥協する気持ちが生まれてしまうことがある。浙江農林大学で日本語を学ぶ陳怡さんは、そうした気持ちを引き締めてくれる先生に出会えたようだ。資料写真。

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外国語を勉強していると、どこかで「完璧ではなくても…」と妥協する気持ちが生まれてしまうことがある。浙江農林大学で日本語を学ぶ陳怡さんは、そうした気持ちを引き締めてくれる先生に出会えたようだ。以下は陳さんの作文。

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日本語を学び始めてもう3年になる。日本語のおかげで日本人の友人も何人かできた。その中のある女の子が中国語を勉強している。彼女はまだ初学者なので、中国語を自然な感じで話せない。そういう時、ミスを訂正してあげるべきかどうか、よく迷う。

確かに、訂正しなくても彼女の言う意味は理解できる。訂正したら、恥ずかしい気がして私と中国語で話すことに自信がなくなるかもしれない。だから、指摘してあげなければ彼女が上達しないことが分かっていても、やはり彼女のメンツを潰さないためには遠慮した方がいいんじゃないかと思っていた。しかし、鈴木先生が、私のそういう考えを変えた。

「日本語には漢字が多いから勉強しやすいでしょう」。日本語をあまり知らない人はよくこう言う。日本語を学ぶ前は私もそう思ったが、実際やってみると案外難しかった。類語表現が多い、外来語が覚えにくいなど。日本語を勉強する中で、「私は外国人だから、そんなに上手でなくてもかまわないか」「多少ミスがあっても相手は理解してくれるだろう」とよく思ってしまった。

そこへ鈴木先生が救世主のように現れた。「文法や表現の大きなミスはないけど、添削します」と言い、「→」を使って私が書いた文を一つずつ日本人らしい表現に訂正してくださった。非常に厳しくて真面目な先生だと感じた。

先生とチャットする時、「そうですか」と返事することが多いのだが、他の表現を使ってみようと思って、教科書で勉強したばかりの「なるほど」を使ってみた。すると先生から訂正の返事がすぐにきた。こう書いてあった。「なるほど→分かりました」。どうしてそう言うのかと考えていたら、その理由もすぐ教えてくださった。「目下の人から『なるほど』と言われるのを好まない人も多いので、できれば使わない方がいいです。一番適当な言い方は『分かりました』です」。たった4文字の言葉についてこんなに丁寧に説明してくださったことにびっくりし、感動した。

また、先生が文を訂正する時に「→」を使って誤文と正しい文を両方記すのは、より分かりやすくするための配慮であることも分かった。先生は1、2年生だけでなく3、4年生に対しても不自然な文を見たら必ず訂正している。日本人はあいまいな民族であると言われているが、先生の行動は単刀直入という感じだ。

「鈴木先生とチャットするのは面倒だな。いつも訂正されると日本語の自信がなくなっちゃうよ」とよく友達から文句を聞く。先生もそのことはご存知のようだが、あまり気にしないようだ。「たくさん書いて、たくさん間違ってください。そうすればどんどん上達します。語学は辞書や教科書だけでは分からない知識が山ほどあります。ですから、分からないことはどんどん遠慮せずに聞いてください」とよくおっしゃっている。

全ての間違いは成長への道。その道を教えてくれる人に感謝の気持ちを持つべきだと私は思っている。良薬口に苦し。先生が工夫をし、「→」を使って文を訂正してくださるのは本当にありがたいことなのである。社会に出たら、自分のミスを先生のように熱心に訂正してくれる人は少ないだろう。そして、自分のミスが簡単に許してもらえることもありえない。大きなミスを避けるには、小さなミスから心に留め、指摘され次第直す習慣をつけておくことだ。そうすれば日本語をマスターできるだけではなく、人生も明るい未来を迎えられるだろう。

だから、今度日本人の彼女と中国語で話す時は、きっと遠慮せずに、鈴木先生のように「→」を使って訂正してあげようと決意した。(編集/北田)

※本文は、第十二回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「訪日中国人『爆買い』以外にできること」(段躍中編、日本僑報社、2016年)より陳怡さん(浙江農林大学)の作品「鈴木先生の矢印」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。