カンヌ国際映画祭総代表が語る、リュミエール兄弟の功績とカンヌにおける日本映画の重要性

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 “映画の父”ルイ&オーギュスト・リュミエール兄弟が1895年から1905年の10年間に製作した1422本のうち108本で構成された映画『リュミエール!」が現在公開中だ。本作では、リュミエール兄弟が世界で初めて上映した映画の撮影秘話や、今も変わらない生き生きとした人々の姿、人間賛歌にあふれる映画の原点などが捉えられている。リアルサウンド映画部では、本作の監督・脚本・編集・プロデューサー・ナレーションを務めた、カンヌ国際映画祭総代表ティエリー・フレモーにインタビューを行い、映画製作の背景やリュミエール兄弟の功績から、カンヌ国際映画祭や日本映画の現在などについても語ってもらった。

参考:新鋭監督の主要部門独占、女性監督の台頭……第70回カンヌ国際映画祭に大きな変化

■「リュミエール兄弟が残したもっとも大きな功績は、純真無垢さ」

ーー今回の『リュミエール!』では、リュミエール兄弟が約120年も前に制作した作品の数々が映し出されていきますが、まずその映像の“美しさ”に驚かされました。

ティエリー・フレモー(以下、フレモー):弟のルイ・リュミエールは写真家であり、写真を発明した人物のひとりです。なので、映像をどのようにするべきかは彼の頭の中にありました。それは技術面だけではなく、美的感覚においてもです。そして、その美しさは造形的・外見的な美だけではありません。もちろんそれもありますが、今回の作品は写真ではなく“シネマトグラフ”。この美しさは映画における映像の美しさなのです。また、リュミエール兄弟は映画を発明したのと同時に、現代性も発明しました。だからこそ、120年経ったいまでもこの映像には力があり、美しさがあり、素晴らしさがあり、他の何ものにも取って代えることができない、かけがえのないものになっているのです。

ーー映像は4Kデジタルで修復されています。修復作業は大変だったのではないでしょうか。

フレモー:まずフィルムが小さな箱に入ったかたちで残っていました。現在はすべてデジタルで修復が行われます。具体的には、残っていた素材をスキャンし、映像の汚い部分をきれいにしていく作業を行います。ただ、その修復作業で気をつけたのが、やり過ぎないようにすること。事実とは違うものを入れることはしたくありませんから。デジタルの修復作業に関しては、間違いを起こさずに厳格に行えば、非常にきれいに修復することができてしまうのです。

ーーフィルムの傷やゴミなどもそのまま残っていましたね。

フレモー:その通りです。フィルムの傷やゴミもそのままの状態にしていますし、完璧な状態で撮られているものはもちろんそのままにしてあります。少し不安定な状態のフィルムもそのままに、撮られた速度もそのままです。そして今回私がもっとも心がけたのが、画面の中にリュミエール兄弟のフィルムが完璧に収まること。いまの映画の画面アスペクト比は1.85:1(アメリカンビスタ)が一般的ですが、リュミエール兄弟の作品は1.33:1で撮られています。この1.33をそのまま観ることができるように、今回、画面の中に完全に入り切るようにしました。この『リュミエール!』という作品は1本の長編映画ですが、108本のリュミエール映画を編集した、私たちのひとつの提案であり、リュミエール兄弟の映画を1本ずつ別々に観ることも可能というわけなのです。

ーー108本の作品は11の章に分けて構成されています。作品の選定はどのような基準で行ったのでしょうか?

フレモー:今回選んだ108本を観せることによって、すべてのリュミエール映画の説明ができると考えたからです。そして11の章を決めたのは私ではありません。映画自らがこういう章ができると教えてくれたのです。ただ、今回の108本を選んだことによって、1回目のリュミエール兄弟の世界への旅が可能になりました。そしてまた第2弾と続くものがあると思います。

ーー構成自体は非常にシンプルなので、ナレーションを誰か著名な映画監督にお願いするという選択肢もあったと思います。ナレーションもあなた自身が担当したのはどのような理由で?

フレモー:まずナレーションをつけた理由は、私がディレクターを務めているリヨンのリュミエール研究所で、彼らの作品を紹介する際によく私自身が解説をやっていたことにあります。そして映像の修復をした際に、何か形として残せるものを作りたいと考えました。実際、私自身がコメントをつけながらリュミエール兄弟の映画を観せるということをニューヨークでやった際に、その様子をVHSで収録したのです。それを撮ったあとに、これを映画館で上映するのはどうだろうというアイデアが生まれました。リュミエール兄弟を映画作家としてふたたび見直すのはどうだろうかと考えたのです。彼らが生きていた時代は、みんなが弁士のように大きな声を出してコメントをしていました。私のコメントは大衆代表の声でもあり、リュミエール兄弟の専門家の声でもあるのです。

ーー改めて、リュミエール兄弟が映画業界に残した功績は何だと考えていますか?

フレモー:技術面やアイデアはもちろん、芸術的な映画の発明もそうです。すべてがそれを証明していると思います。しかしながら、彼らが残したもっとも大きな功績は、純真無垢さです。何も知らないことによるピュアな行為。そのピュアさがあったからこそ、私たちが生きるいまの時代の人たちも、彼らの映画を観て、素晴らしいと思うことができるのだと思います。

■「カンヌ国際映画祭にとって、日本映画は非常に重要」

ーーあなたにはカンヌ国際映画祭の総代表というもうひとつの大きな肩書きがあります。70回目の開催を迎えた今年のカンヌ国際映画祭では、新鋭監督の主要部門独占や女性監督の台頭など、大きな変化が見られたと同時に、現代社会で起こっていることに対しての、映画人たちの政治的なメッセージが印象に残りました。

フレモー:まず、カンヌ国際映画祭は世界でもっとも重要な映画祭のひとつなので、世界で起こっていることを反映した映画祭でもあります。だからこそ、カンヌ国際映画祭で映画人たちが様々な議論をするのは当然のことだと思います。もしも映画人たちが恋愛の話しか語らないようであれば、カンヌもそのような映画祭になるでしょう。映画人たちがいまの世界の現状を語っているわけですから、カンヌもいまの世界の現状を語る場となるわけです。

ーー今回あなた自身も参加された東京国際映画祭は、日本の外から見るとまだまだ知名度が低い、そこまで注目を浴びていないような印象があるのですが、あなたは東京国際映画祭をどう見ているのでしょうか。

フレモー:東京国際映画祭は世界の中でも重要な映画祭のひとつとして考えられています。まず大都市の東京で開催されているということが大きいですし、日本は映画大国として知られています。だからこそ今回私は日本に来たのです。日本に来ることは私にとっても大きな意味を持つことででした。

ーー今回の作品の中でも日本映画への言及がありましたが、現代の日本映画についてはどのような印象を抱いていますか?

フレモー:カンヌ国際映画祭にとって、日本映画は非常に重要です。なぜならカンヌ国際映画祭に必要なものだからです。近年のカンヌの常連でもある、河瀬直美、是枝裕和、黒沢清たちの前には、今村昌平、黒澤明、吉田喜重がいました。そして鈴木清順がいたように、いまは三池崇史がいます。そしてもっとも重要な北野武もいます。おそらく若い才能もたくさんいるでしょう。日本にとっても重要な商業映画があると思いますが、そういった商業映画を撮っている監督のなかにも、カンヌに来ることができる優秀な監督がいるのではないでしょうか。もしご存知でしたら遠慮なく教えてください。

ーー自分なんかが提言するのはおこがましいのですが……(笑)。

フレモー:どんな人でも私に対して助言をすることは可能です。最終的に決めるのは私ですから(笑)。

ーーいま日本で勢いのある若い才能ということでいうと去年『溺れるナイフ』という作品を撮った山戸結希監督、そして個人的に推したいのは『退屈な日々にさようならを』という作品などを撮っている今泉力哉監督です。

フレモー:(メモを取りながら)私たちはこのようにカンヌで仕事をしています。集団でこういった情報を得ながら、私が最終的にすべてを決断するわけなのです。もちろんカンヌでも間違いがあります。間違ったということは、何かを試みて挑戦してみたということです。カンヌで重要なのは、これまで地理的に知られていなかった場所、そして知られていなかった監督の名前を挙げるということなのです。(取材・文=宮川翔)