本日11月5日は「世界津波の日」。かつて日本の国定教科書にものっていた江戸時代のあるできごとにちなんで、2015年に制定されました。海に囲まれた日本では、住まいが水辺でなくても、お出かけ先で津波に遭遇するおそれは充分ありえます。しかも、そのとき迷っている時間はありません。生き延びるためにとっさにすべきことを、この機会にぜひ頭に入れておきましょう!


津波災害の犠牲者には「避難しなかった」人も多いって本当!?

過去に起こった津波災害の犠牲者には、釣りや旅行・遠足・海水浴など行楽で海を訪れていた人、沿岸で工事作業などをしていた人も多数含まれているといいます。しかもなんと、そのとき地震を感じていたにもかかわらず、そのままそこにとどまって(または予定通り海辺にでかけていって)流されている人が多いのだとか! …仮に、海のレジャー中に地震を感じたとしましょう。揺れがおさまったとき、もし周囲の人たちが何事もなかったかのように引き続きその場で楽しんでいたとしたら? それだけで安心して、自分も居続けてしまいそうな気がしませんか。
海の近くに住んでいるわけじゃないし、地震があってもたいてい津波は来ないから、とくに備えなくても大丈夫なのでは?…そんなふうに思っている方もいらっしゃるかもしれません。じつは、津波のもっともおそろしい点は「人に備えさせてくれない」ところ! 深い海からくる波はジェット機なみの速さといわれ、襲来を確認してからでは、ほぼ何も備えられません。めったに起こらないとされる津波ですが、ひとたび起こると甚大な被害をもたらします。そして、日常生活であまり備えを意識されていないことも、被害を大きくする一因となってきたといわれているのです。
「もし津波のおそろしさを知っていれば助かったはず」の命が、多くありました。小さい頃から津波への対応を教えられた子どもは、地震を感じたら迷わず行動して助かることができます。被害を防いで、家族やふるさとを守ろうという意識も育ちます。防災教育って大切ですね! 近年、戦前の津波防災教材の名作といわれた物語が、再び注目されているそうです。それはどんな内容なのでしょうか…?

松明行列や炊き出しも実施される「稲むらの火祭り」(和歌山県)


「稲むらの火」って何?なぜいま津波防災で注目されているの?

1854年の11月5日に起こった安政南海地震(M8.4)では、紀伊国広村(現在の和歌山県有田郡広川町)が津波に襲われました。そのとき機転をきかせて村人たちを救った浜口梧陵(儀兵衛)さんをモデルにした物語が、『稲むらの火』です。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲。怪談話で有名ですね)が英語で創作し、中井常蔵が翻訳・再話したものです。1937年から約10年間、国定教科書の国語教材として使われていました。そのあらすじとは…
お祭りの準備で浮き立つ村に、地震が起きます。海の異常な様子から津波の襲来を予測した老人は、刈り取ったばかりの自分の稲むら(稲の束)につぎつぎと火を放ちます。「庄屋さんの家が火事だ〜!」と、消火に駆けつける村人たち。こうして高台に集められた人々は、眼下で津波にのまれていく自分たちの村を目の当たりにします。命が救われたことに気づき、思わずひざまずくのでした。
この物語には、史実と異なる設定がいくつかあります。たとえば、主人公のモデルとなった梧陵さんは、当時老人ではなく、三十代の若者でした。また、燃やした稲むらはお米入りではなく、すでに脱穀済みの藁だったようです。さらに、稲むらを燃やした灯りは、津波の襲来に気づいていない村人たちを誘い出すためではありませんでした。じつはこのとき、村はもう津波の第1波に襲われた後だったのです。梧陵さんは、暗闇のなか、逃げ遅れていた人々を安全に避難させるための誘導灯として稲むらを燃やし、多くの命を救ったのです。
感動的な実話が、創作によりドラマチックにパワーアップ! 一年の労苦の結晶である稲よりも、人の命は尊い。そんな防災の基本理念が、ストレートに伝わってきますね。津波などの自然災害の予知には、地域に伝わる伝承や高齢者の経験も大切。そして危険を予知したときは、速やかに回避に努めるという、地域防災の責任者としての危機管理。何より、「津波はとってもおそろしい! 地震を感じたら、一目散に高いところへ逃げること!」という教え…『稲むらの火』は、当時の子どもたちの心にガツンと記憶されたようです。
その後の実話がまた、驚くべきものでした。津波の後、梧陵さんは炊き出しや食糧確保など、被災した村人の救援活動に奔走します。現在の銚子市ではじめた醤油づくりで得た私財を投じ、「仮設住宅」の設置や失業対策まで…「生きる希望」を取り戻すことが復興なのだと、ちゃんと知っていらしたのですね。さらには、防風林を植え、防波堤を建設。のちの昭和南海地震津波では、この堤防により多くの住民の命が守られたそうです。このような復興への取り組みの姿勢も、『稲むらの火』が注目されている理由のひとつなのですね。

脱穀前と後、どちらを積み上げても「稲むら」と呼ばれるのだそうです


地震=津波! 身をまもる方法は、とってもシンプルです!!

「地震を感じた」または「警報・注意報を見聞きした」ときには、ただちに高いところに避難する。
まずはそれだけ覚えておけばOK! 以下に、その理由などをまとめてみます。
■地震の揺れを感じたら、すぐ避難!
海岸や川岸で強い地震を感じたら、まず津波の襲来を予測しましょう。すぐに水辺から離れてください。津波は川を遡ります。また、揺れが弱くても、長い時間ゆっくりと揺れるようなときは「津波地震」の可能性があります。ゆらゆらと弱い揺れでゆっくり進行し、大津波を発生させるタイプの地震です。
■揺れを感じなくても「大津波警報」「津波警報」を見聞きしたら、すぐ避難!
「遠地津波」といって、はるか海の彼方で発生した津波が、海を渡って襲来することがあるからです。テレビやラジオ、自治体の広報車、防災行政無線など、公的で正確な情報の入手を心がけましょう。磯釣りの人などは、つねに救命胴衣と携帯ラジオを身につけておくことも大切です。
■「注意報」でも甘くみないで、すぐ避難!
予想される津波の高さが20cmから1mだと「注意報」として発表されます。「な〜んだ警報じゃないのか」と安心している場合ではありません。海水浴場などに 50cmの津波がきたら、小さな子はもちろん大人でも流される危険があります。また、津波は局所的に異常な流れをすることもあります。海のそばにいるときは、すぐその場を離れましょう。
■近くの高台、より高く頑丈な建物をめざそう!
近くの高台や津波避難タワー、津波避難ビルなどに避難します。みつからなければ、鉄筋コンクリートづくりの3階建て以上の建物をめざしましょう。時間と余力がある限り、海岸から離れたより安全な場所に避難してください。
■一旦避難したら、警報・注意報が解除されるまで戻らない!
津波は何度も来ます。しかも、第1波より2波、3波の方が高いケースが多いそうです。第1波が去ったからといって、海岸に出ることなどもってのほか! 家に置いてきた貴重品をとりに戻ったり、家族が気になって家に戻ったりして流される人が多いのです。津波警報・注意報が解除されるまで、絶対に戻らないようにしましょう。
旅行などで海や川を訪れたときに「もし今地震が来たら、どちらへ向かおうかな…」と、ちょっと意識する習慣を、ぜひ身につけておきたいですね。

ヤマサ醤油 銚子工場にある「梧陵 濱口君紀徳碑」(千葉県)

<参考文献・サイト>
『津波防災を考える「稲むらの火」が語るもの』伊藤和明(岩波書店)
『津波!! 稲むらの火 その後』高村忠範(汐文社)
・総務省消防庁HP
・ヤマサ醤油株式会社HP