―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。

麻里は本気の婚活を決意し、とうとう運命の男・優樹に出会う。彼には別れられない恋人がおり、修羅場の末に奪還を果たしたが、結婚に前向きでないこと判明してしまった。




「俺、やたらと結婚したがる女の子って、物凄く苦手なんだ」

優樹の言葉が、刃物のように麻里の胸をえぐる。

「...ど、どうして?優樹くんは、結婚願望ないの...?」

「そういうワケじゃないけど...“結婚したい”って必死になる女の子って、何か怖いんだよね...」

優樹は嫌な記憶を思い出したのか、身震いのような仕草を見せる。

ーこ、こわい...?

「ちなみに...元カノさんは、いくつだったの?」

「同い年だよ。もうすぐ30歳になるから責任取れって言われ続けて、本当怖かったなぁ...」

ーさ、さんじゅっさい....。

麻里は思わず「ひぃ」と悲鳴をあげそうになるのを、笑顔のまま堪える。

電話口でしか対面したことのない、攻撃的な優樹の元カノ。

あのときは、世の中には残念な女がいるものだと心の中でほくそ笑んでいたが、今は同情心が湧いてくる。

優樹のような好青年と3年も付き合ったのに結婚してもらえず、30歳を目前に捨てたられた女。なりふり構わず発狂してしまうのも仕方がない。

「だから麻里ちゃんみたいな優しい女の子は、本当に癒されるよ...」

優樹は優しく微笑み、麻里をぎゅっと抱き寄せた。

「ね...ねぇ、じゃあ優樹くんは、私が結婚したいって言ったら...?」

「......え?」

つい核心に触れてしまうと、彼は抱きしめる腕をピクッと震わせ、気まずそうな顔で黙り込んでしまった。


優樹の意外な一面に、麻里は作戦を練り直す...?!


明日は我が身...?婚活女が恐れる未来


「明日は我が身ね...。30歳でハイスぺ男と破局なんて、恐ろしすぎる...」

一連の話を説明すると、戦友・みゆきは手のひらで口を覆い、震え声で言った。

今夜は東麻布の『ビストロチック』に集合している。“ニューヨークでフランス人が営むビストロ”がコンセプトの店内は、肩肘張らずともオシャレな、普段使いにピッタリの店である。




-せっかく楽しく一緒にいるのに、そういう重たい話はしたくないな...-

あの日は結局、優樹のその一言で結婚トークは終了となった。

麻里はとっさに「そうね」と気をとりなおし笑顔で手料理を振る舞ったが、いつものようなラブラブ感も薄く、話もあまり盛り上がらなかった。

「結婚を“重たい話”なんて言われて、私、どうしたらいいの...?」

時は早くも11月。年内婚約の目標を果たすために残された時間は、わずかである。

「結婚に前向きじゃない男は、はやめに手を引くのが得策じゃない?麻里がはやく結婚したいことは、一応伝えたらいいと思うけど...」

「無理よ!それこそ私、優樹くんのあんな顔、もう怖くて見たくない...」

いつも穏やかで優しい優樹の、あの苦々しく歪んだ顔。結婚はしたいが、彼に無理なプレッシャーをかけ、今の関係を壊してしまうのも嫌だ。

だが、このまま優樹の出方を伺い、気づけば30歳、そして破局......なんて展開に陥ったら、きっと麻里は再起不能になってしまう。

かといって、じゃあ結婚の期待が持てないから今すぐ別れるというほど、自分は無感情な女でもない。

それに、今まで散々多くの男たちを見てきたのだ。優樹を超えるほど好きになれる人材が簡単に発掘できるとも思えない。

悩ましく頭を抱えていると、みゆきは思わぬ提案を口にした。

「ちなみに......今週末、期待値高めの食事会があるわよ。彼は希望薄なワケだし、気晴らしに一緒に行こうよ」

「え...?!でも、それはさすがに...」

「麻里、私たちの目標は“年内婚約”でしょう?その元カノみたいにならないために、目標を決めたんじゃない!無駄な時間を費やしてるヒマはないの。本気の婚活に、ヘタな感情や道徳観念は不要よ」

―でも...私は優樹くんが大好きなのに......。

みゆきのエールを有難くは思いつつも、麻里は自分の気持ちに折り合いがつかぬまま、渋々と頷いた。


モヤモヤする気持ちを割り切るべく、再び優樹と対峙する麻里だが...?!



交渉時に彼女が犯したタブー


「ねぇ、優樹くん。この前の話なんだけど......」

麻里はおずおずと、優樹に語り掛ける。

今日はデートで、外苑前の『アビス』に訪れていた。魚をメインに捉えたフレンチとして話題となった、南青山のロマンチックな隠れ家レストランである。




「どうしたの?」

優樹は相変わらず、ニコニコと柔らかに微笑んでいる。

数日前に“結婚”という言葉を持ち出したときに見せた険しい表情は嘘のようだ。

「あの...優樹くんが、“結婚したい女の子は苦手”って言ってたこと...」

麻里は少し俯いたまま、上目遣いで彼を見つめてみる。

みゆきの言う通り、どう転ぶにせよ、麻里の結婚願望については早めに伝えておくべきだろう。しかし、あくまで冷静に、友好的にうまく伝えるのが交渉の鍵となるはずだ。

今日はいつもに増して男ウケするピンクベースのナチュラルメイクを意識したし、優樹が「可愛い」と褒めてくれた真っ白のワンピースを着てきた。

彼にとって多少心地の悪い話題であっても、この麻里なりの努力と可愛さに免じて、どうにか上手く取り合ってもらえないものか。

「あのね......、優樹くんが元カノさんのことで色々大変だったのは分かるんだけど......」

はやくも少し身構えた様子を見せる優樹に、麻里は隙を与えず、明るく語り掛ける。

「実は私も、どちらかというと結婚願望が強い方なの。だから......」

「麻里ちゃん。ゴメン」

慎重に言葉を選びながら、できるだけしおらしく話を切り出した麻里を、彼は一蹴するように遮った。

「前も言ったけど、付き合って早々に、結婚の話なんてする必要あるかな?」

普段は大人しく温和な男なのに、きっぱりと言い放つ優樹には、こちらに有無を言わせぬ迫力がある。

「俺、麻里ちゃんのことは本当に好きだよ。でも、元カノもそうだったんだけど、付き合う延長に結婚はマストとか、そういうのって苦手なんだ」

「で、でも......私たちだって、それなりの年齢じゃない...?」

「だから、その考え方が好きじゃないんだ。年頃だからとか、付き合ったら結婚する義務があるとか、結婚しないなら別れるとか、元カノに散々責められて嫌になったよ」

「ちょ、ちょっと......」

優樹の話を聞くうちに、麻里のショックは怒りへと変わっていく。

「ねぇ、私と元カノさんは別な女なのよ?過去の女のトラウマを、私にまで持ち込むの?」

「.........」

「優樹くんは、“麻里ちゃんが俺のものになればいい”って言ってたじゃない。じゃあ、あれはどういう意味なのっ?!」

静かな店内に尖った声が響いてしまい、麻里はハッと我に返る。

しかし、時はすでに遅かった。麻里は、男女の交渉時において一番のタブーである“感情的に責める”というミスを犯してしまったのだ。

「......女の子って、みんな自分勝手だよね。俺はこれでも、麻里ちゃんと楽しく過ごすために、色々頑張ってたつもりだったけど」

気づけば優樹は、ゾッとするほど冷たい表情をしていた。

「とりあえず、今日は帰ろうか」

そして、そそくさと会計を済まされ店の外に出ると、「じゃあ」と、優樹はあっけなく去って行った。

南青山の薄暗い裏路地にポツンと取り残された麻里は、その場でしばらく放心状態となった。

▶NEXT:11月12日 日曜更新予定
優樹の冷たい態度に撃沈した麻里。再び恋愛市場に舞い戻る...?!