港区在住。遊びつくした男が、40歳で結婚を決意。

誰もが羨むリッチで幸せな結婚生活を送り、夫婦関係もうまくいっていたはず…だったのに。

4年後妻が、何の前触れもなく離婚を切り出す。それも、思いもよらぬ「離婚条件」を提示して。

世間を知り尽くして結婚した男と、世間を知らずに結婚してしまった女。

これは港区で実際に起こった、「立場逆転離婚」の物語。

15歳年下の妻・利奈(りな)に、突然離婚を切り出された夫・昌宏(まさひろ)。妻が自分の元恋人と会っていたことを知り愕然とするが、未だ妻が離婚したい理由には気が付けずにいた。




「9:32 中目黒駅から500m程の場所にあるビルへ。ここへは週3回通う。3階にある料理教室の講師として1年前から勤務。」

僕が手にしていたのは、素行調査報告書。

古めかしい封書で送られてきた、ここ数週間の利奈の行動を写真つきで調査したものだった。

「15:12 料理教室から徒歩10分のところにある低層マンションへ。自身の名義で住居として契約済の模様。間取りは1Rで40平米弱。」

築年数は古そうだが、清潔感のあるマンションの外観に、妻と配送業者が荷物を運び入れる写真まであった。

「…それで、浮気の形跡はありましたか?」

僕は電話の相手に尋ねた。相手は浮気調査を専門とする、探偵事務所の男性調査員だった。

妻と別居しておよそ1か月。

探偵を雇うことに情けなさと妙な罪悪感はあったが、妻の弁護士を介して来週、妻との話し合いの場が用意されることが決まったのがきっかけになった。

妻の弁護士も同席すると言って譲らないので、ならば「事実」を手に入れて戦おうと思ったのだ。その「事実」次第で自分も弁護士を雇うことを覚悟していたのだが…。

浮気調査のはずだったのに、分刻みの写真つき報告書には僕の予想外どころではない、想像もしなかった妻の「日常」がまとめられていた。


次々と明かされる、夫が知らなかった妻の新しい顔


「奥様の浮気の形跡に関しましては、現在はゼロ、結婚生活4年の間も、限りなく可能性は低いと思います。もう少し調査を続けますか?」

そう言った調査員に、結構です、と告げ支払いの話をまとめて電話を切ると、報告書に視線を戻した。

報告書の中には「女友達と食事」の写真もあり、その中に見知った顔もあった。藍子だ。僕の相談相手になってくれると思っていた元恋人が、妻と頻繁に会っていた。

藍子からも聞かされ知っていた事だが、こうして改めて写真で見ると、2人が何を話しているのか想像するだけで恐ろしい。

ー浮気が分かった方がむしろすっきりしたのかもな。

自虐的に報告書を読み進める。確かに自分が働いている間の妻の行動は特に気に留めたことはなかったが、1年も前から働いていた事や、家を借りていたことにも気が付かず、のうのうと夫婦生活を続け、円満だと疑わなかった自分。

間抜けにも程がある。

数週間の調査でこれだけのことが出てくるなら、きっと他にもある。僕は資産管理の担当者に電話を掛けた。

「ここ最近の妻のクレジットカードの利用状況、銀行口座の出金明細を確認してもらえるかな」

妻が何にお金を使ったかで、また何かを発見できるかもしれない。すぐに確認して折り返します、と言った担当者との電話を切ると、ふと報告書の備考欄が目に入った。そこには。

「ID:cooking_rina_matuzaka で、インスタグラムを2〜3日の頻度で更新中」

rina_matuzakaは妻の旧姓。僕の知っている妻はインスタアカウントは持っていない。結婚当初、一度勧めた事があるが、発信することなんてないし、と笑っていたはずだったのに。

恐る恐る、ID検索をかける。出てきたのは、生け花のアイコン。妻のLINEのアイコンと同じ写真だった。

「松坂利奈・料理教室講師」と書かれ、料理教室のリンクが貼られたプロフィール。しかも…フォロワーは3万人を超えていた。

アップされているのは主に料理の写真ばかりだが、時折生徒と思われる人たちに囲まれた妻の写真がある。それは、僕が見たこともない自信に満ち溢れた笑顔だった。

「先生、今日もありがとうございました!」「私も利奈先生みたいになりたい!」というコメントがつき、妻が「次回も頑張りましょうね!」と返信したりしている。

写真に写っているのは確かに妻だ。でも僕は、あまり多くを知らない人の情報を集めるように、夢中で写真をスクロールした。僕が見知った光景は1枚も無かった。そして、初投稿の写真にたどり着く。

日付は約1年前のもの。それだけは…見覚えのある写真だった。

赤ちゃんのグッズにあふれた部屋。僕たちの自宅マンションのリビングだ。そこに書かれたコメントは、たった一言。

「reborn」




妻が妊娠したときに贈られたプレゼントがリビングであふれかえり、彼女ははしゃいで写真を撮っていた。これは確か2年前の写真のはず。この後、僕たちの子供が産まれてくる事は無かったので、見れば切なくなる写真だ。

泣きじゃくる利奈はかわいそうだったが、子どもを無理して作ることなんてない、夫婦二人でもいいじゃないかと言い聞かせ、落ち着かせた日が昨日のことのように感じるのに、もう2年とは。

でも、なんでこの写真で「reborn」なのか…。妻の思いを考え始めたとき、携帯のタスクアラームが鳴った。こんな気持ちのままで出かけたくはないが、約束の時間だった。


更に妻の計画が明らかになり、夫の感情がついに爆発する。


「女ってなんで、突然感情を爆発させるわけ?言いたいことがあるんだったら、その時々に言えばいいのに。ある日突然、ドカン、と爆発するから困るよ。」

「それが面倒くさくて、自分が悪くなくても先に謝っちゃおうって思うよな。」

「でも俺、それこの前やったら、悪いと思ってないのに謝るなって奥さんもっとキレちゃって。もーお手上げなんですけど。」

港区・南青山にある老舗のテーラー。

5人の経営者仲間が集まるビスポークスーツのオーダー会で、季節の代わり目にスーツやコートのオーダーをするのを口実に集まることが定例になっていた。

年を重ね、気が付けば全員既婚者になると、仕事の近況報告はもちろんだが、お互いの家庭の悩みも口にするようになった。今日も仮縫いで上がってきたスーツを各自試着しながらの愚痴大会になっている。

「あーまた昌(まさ)さんだけ、余裕な感じでズルいっすね。俺んとこだけ円満、みたいな。結婚した時の昌さんの言葉まだ覚えてますよ」

僕を昌さんと呼ぶこの男は、飲食チェーンを経営する大学の後輩。僕の沈黙の意味を完全に勘違いしたお調子者の後輩に苦笑いで答える。

「俺?何か言ってたっけ?」

「昌さん、自分で羽ばたいていかない女の子がいい、って言ってたじゃないですか。だから何にも染まってない超年下の女の子を選んだんでしょ?」

「そんなこと言った覚えないよ」

「言ってましたよ、珍しく酔っ払った日に。でもまあその言葉通り、あんな年下のかわいい奥さんで、喧嘩にもならないなんて作戦成功ですね。」

作戦ってなんだよ、と僕が苦笑いで返すと仲間たちも笑う。自分がそんなことを言った覚えはないが、たしかに僕は妻の前に付き合っていた藍子との関係に疲れ果てていた。

美しい女の子達と遊ぶことが楽しかった時期もあったけれど、年を重ねると同じ知的レベルで討論できる女の子がいい、と思うようになった。

そんな時藍子に出会い付き合って1年後、海外赴任が決まった彼女にプロポーズしたが、まさか断られるとは思ってもいなかった。

藍子は、プロポーズを断るときに言った。

「プロポーズはうれしい。でも私は、今このチャンスを逃すわけにはいかない。あなたとはいつか結婚したい。でも今じゃないの。分かってくれる?」

絶対に大丈夫だと思っていた自分が恥ずかしくて、僕は精一杯の強がりを言った。

「そっか。行っておいで、応援してる。」

藍子は何か言いたそうにしていたけれど、僕は指輪をポケットに押し込むと笑顔を作り背を向けた。理由がどうであれ、彼女は自分より仕事を選んだ。その事実にプライドが傷つき打ちのめされていた。

その後、すぐに別れたわけではない。メールや時には電話が藍子から頻繁にかかってきた。だけど僕は「僕より仕事が選ばれた」ことに意地になり、自分からは連絡を取らなくなってしまっていた。

そうするうちに、藍子から「別れましょう」というメールが来た。そのころには、もう自然消滅寸前だったともいえる。僕は大して感情の波が動くこともなく「そうだね」と短い返信をして、二人の関係は終わった。

後輩が言うように、確かに僕は「羽ばたく女」に振られ、正反対の利奈を選んだ。無垢な女の子を、精神的にも金銭的にも守る力が自分にはあると信じ、それが自分の義務だとさえ思っていた。つい最近までは。

そんなことを考えていたら、携帯が鳴った。

試着を中断させてもらい画面を見て、店の外に出る。資産管理の担当者からだった。

「少し妙なんですよ。私も気が付かず申し訳なかったのですが…」

そう切り出した担当者が告げたのは、妻がここ1年、僕が渡したクレジットカードを全く使っておらず、預金口座から引き出されるのも毎月決まった最低限の生活費だけだ、ということだった。

つまり、あの家も自分のお金で借りたということになる。

もう、僕のお金は必要ない、ということか。

その瞬間、藍子の謎かけのような言葉がフラッシュバックする。

「成長した女に捨てられる男の悲劇よ」




藍子の憐れむような表情、家を出ていくと言った時の利奈の頑なな表情が脳裏に蘇る。

捨てられたみじめな男、になってたまるか。

激しい感情が込み上げる。僕は、仲間たちに急用ができたと告げて、荒ぶる感情のままタクシーを止めた。もう弁護士とか話し合いとか、どうでもいい。

とにかく今すぐ、妻に会わなければ。

信号で停まるたびに叫びだしたくなる苛立ちを必死に抑え、妻がいるはずのマンションへ向かった。

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