『パルチザン伝説』(河出書房新社)

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 小説家・桐山襲が亡くなってから25年もの月日が経過した。学生運動や左翼活動の敗北を冷徹に描き出した桐山の作風は、生前にはセンセーショナルすぎて冷静な評価を受けられなかった節がある。時代が変わった現代こそ、桐山の小説に再びスポットライトを当てるべきではないか。

 再評価を望む声に応えて、桐山の処女長編である『パルチザン伝説』(河出書房新社)がようやく単独での単行本化に至った。その内容の先鋭性は2017年でもなお、読者にショックを与えて止まない。学生運動が遠い日の出来事となり、この国の未来を憂いて過激派に走った若者たちが資料の中の存在でしかなくなった今、より衝撃度は大きくなったとさえいえるだろう。

『パルチザン伝説』は主人公の手記から始まる。彼は兄と共に左翼運動へのめりこみ、爆弾を使用した無差別テロを仕掛けるまでに行動をエスカレートしていく。天皇の暗殺を試みるも未遂に終わり、そのかわり大企業のビルを爆破して100人以上の一般市民の命を奪う。しかし、過激な彼の思想は仲間からも孤立した。一人での戦いを強いられるようになった主人公は、やがて片手と片目を失い沖縄の離島へと逃れる。そこで、彼は同じように左翼活動へと走った亡き父親の生涯に触れる。父親は自らをこう称していた。「パルチザン」と。

 パルチザンとは「抵抗軍」を意味する言葉で、第二次世界大戦中のヨーロッパで主にファシストへ反旗を翻した戦士たちに名付けられた呼称だ。主人公の父親は大戦末期、日本軍が早期降伏をするよう反日的な活動に明け暮れた。30年以上の時を経て、父親と息子の人生が重なっていく。ちなみに、父親もまた片目が不自由だった。徴兵を避けるために自ら目を潰したのだ。

 本作は1982年、文藝賞の最終選考に残った。結局、受賞はできなかったものの審査員からは高く評価されて『文藝』1983年10月号に掲載された。ところが、内容に多くの読者が反発。特に右翼団体からは猛烈な抗議にあい、単行本化を先送りにされる。以後、アンソロジーや作品集には収録されてきたものの、作品単体での出版はなく、今年の出版までに35年の歳月が流れていった。

『パルチザン伝説』が物議をかもした内容なのは今を生きる読者にも十分に理解できるだろう。たとえば、第二次世界大戦中の「パルチザン」たちは敗戦が濃厚な日本について以下のような会話をかわす。

―支配秩序は元のままだというが、そうだろうか。なるほど連合国は天皇をして終戦工作に当たらせるようなことを言っている。だが役目が終れば、連合国はやるべきことをやるさ。日本の民衆だって(と私はまた空々しい言葉を使った)そういつまでも馬鹿のままではない。急速に変わると思うね。そのためには、日本の敗戦は一日でも早い方がいいではないか。
―分かっていないようだな。
―何が。
―本土決戦がどうしても、いや絶対にと言っていい……必要だということさ。

 もはや、右派も左派も挑発する内容である。やがて、親子2代で残した2つの「パルチザン伝説」は悲劇的な終焉を迎える。本作が発表されて間もなく、日本経済は「戦後」や「学生運動」の闇を忘れ去るかのようにバブル経済へと突入していく。

 とはいえ、こうした本作の政治性に必ずしも同意しなくても小説としての魅力には疑いの余地がない。奇抜な構成と語り口は刺激的で、読者を強烈に惹きつける。そして、本作の文体は、日本人が抱く「国家」や「平和」という幻想を打ち砕きにかかってくるのだ。最近の小説では味わえないようなヒリヒリした感覚をぜひとも読書好きには味わっていただきたい。

文=石塚就一