C大阪監督、川崎破っての初優勝に感無量 「17年の時を経てやり返すことができた」

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2000年J1で川崎に敗れてステージ優勝を逃した一戦を、ユン・ジョンファン監督が振り返る

 長居の敵を埼玉で討つ――。

 セレッソ大阪が1995年のJリーグ参入以来23年目で初タイトルを獲得したルヴァンカップ決勝、17年越しのリベンジに成功したのはC大阪のユン・ジョンファン監督だった。川崎フロンターレに2-0で勝利した試合後の監督会見で、「17年の時を経てやり返すことができた」と喜んだ。

 試合開始47秒で、日本代表FW杉本健勇が先制点をマーク。同大会のファイナル史上最速となるゴールが生まれても、ユン・ジョンファン監督はテクニカルエリアで冷静に戦況を見つめ続けた。

「大勢の観客の試合は簡単ではありません。意欲と緊張が入り混じるなかで、緊張しすぎてもダメだし、しなさすぎるのもダメです。平常心を保つのが難しいなかで、相手より頑張ることができました」

 ユン・ジョンファン監督にとっては、現役時代の悔しさを晴らすための一戦でもあった。

 時は2000年5月27日にさかのぼる。J1ファーストステージ優勝を目前にしていたC大阪は、最終節で川崎と対戦。勝利すれば初のステージ優勝を果たせることもあって、長居スタジアムには4万3193人の大観衆が詰めかけた。1点を先制されるもののFW西澤明訓の同点ゴールで追いつき延長戦に突入、最終的にVゴール負けを喫し、逆転で横浜F・マリノスにステージ優勝をさらわれた。いわゆる“長居の悲劇”を、当時中盤のコンダクターを任されていたMFユン・ジョンファンは、ピッチ上で味わったのだ。

「結果が出てこそ歴史ができる」

 本人もその試合について触れられると、こう簡潔に表現した。

「川崎と言えば17年前を思い出しますが、優勝を目の前で逃してしまった記憶があります。17年の時を経てやり返すことができました」

 Jリーグ、韓国代表で活躍したユン・ジョンファン監督だが、指導者としても実績を着々と積み上げている。

 2011年から指揮を執ったサガン鳥栖では、就任初年度にクラブ史上初のJ1昇格に導くと同時に、翌年には5位に躍進させチームをJ1に定着させる立役者となった。蔚山現代(韓国)の監督を経て今季から就任したC大阪でも、テクニカルな選手たちに高い規律を注入。またセンターバックやボランチでのプレーが多かったMF山村和也をトップ下で起用すると、その山村がゴールを量産するなど、選手の新たな一面を引き出している。

 そんなユン・ジョンファン監督は、「結果が出てこそ歴史ができる。僕自身にも新しい歴史が始まりました」とも話している。川崎への雪辱を果たした44歳の指揮官は“桜の戦士”としてだけでなく、クラブ初タイトルを成し遂げた監督としてその名前を刻んだ。

【了】

茂野聡士●文 text by Satoshi Shigeno

ゲッティイメージズ●写真 photo by Getty Images