ペットの不調に気づけなかった…手遅れを引き起こす、人間の心理

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<16歳の愛犬を亡くした心理カウンセラーが考えるペットロス Vol.8>

 どんな別れにも心残りはつきものです。それが分かっていても、辛かった野良生活に終止符が打たれ、「これからようやく幸せになれる」というときに、あっけなく自動車事故で逝ってしまった猫のタリのことを思うと、やりきれなさでいっぱいになります。

 あまりにも苦労と幸せのバランスが悪すぎるような気がしてしまうのです。

◆うちの子になる寸前で、逝ってしまった猫のタリ

 運命という言葉で割り切ってしまうには、あまりにも残酷な現実を私はまだ受け入れられません。

「いったいタリはなんのために生まれ、どうして私と出会ったのか」
「私に何を教えようとしてこんなにも生き急いでしまったのだろう」

 タリを思い出しては、そんなことばかり考えています。でも、ひとつだけ分かったことがあります。

「生きている間にできる限りのことをしてあげることが、愛する者を失った後の後悔を軽くしてくれる」ということです。

◆ペットの老いや病気に「気づきたくない」心理

 そのためには、ペットの老いや病気に敏感でなければなりません。ところがこれが、けっこう難しいのです。

 なぜなら人は「受け入れたいと思うものしか見ようとしない」生き物だからです。その人にとって受け入れがたいこと、不快な感情や不安などを引き起こす出来事に直面したとき、たとえ目の前で起こっていたとしても、無意識的に「無かったこと」にしてしまったりします。

 これは、辛い事実や悲しい出来事によって心が壊れないようにするための大切な防衛手段です。そうやって私たちは身を守ります。

 いつでも自分を頼り、自分に無条件の愛情を向けてくれる子どものような存在であるペットが、自分より先に老いていくという現実を受け入れるというのは、なかなか簡単にはいきません。私もそうでした。

 以前に撮影した写真と見比べると毛並みがぼそっとした感じになって白髪が増えたり、眠っている時間が増えたり、高いところへの上り下りがおっくうそうになったり・・・・・。

 今思えば、猫のでんすけも大型犬のケフィも、病気を発症する前にも明らかに「老いの前兆」と思えることがいくつもありました。

 よく旅行に連れて行っていたこともあってケフィの変化は、でんすけよりも、さらに分かりやすかったように思います。

◆ケフィ・12歳のときに異変を感じたのに

 私の心に、ケフィの老化に関して一抹の不安がよぎったのは、確かケフィが12歳になる年の宮古島旅行でのことです。

 それまでは、人間が外出の支度をすると「ひとりで宿に置いていかないで!」と、なんとかして一緒に車に乗り込もうと大騒ぎしていたのに、「まぁ、いいか」とでも言うように、あきらめがよくなったのです。

 泳ぎ慣れているはずのビーチで、海に投げたボールを取りに飛び込んだものの見失い、大慌てしたのもたぶん同じ頃だったと思います。

「ほら、ケフィすぐ後ろにあるよ!」と声をかけても、波の加減なのか、太陽が水に反射して光ってしまうせいなのか、見えないらしく懸命にクルクルと泳ぎ回って探していました。その頃から、自宅近所の公園でボール投げをしていても、ボールが飛んだ方向とは違う方向に走り出すなんていうことがたまに起こり始めました。

「最近、移動しながらトイレをすることも増えたし、後ろ足で立ち上がることも減った気がする。もしかして老化が始まっているんじゃない?」

 ケフィの様子を見た家族が、そんなことを言うたびに、私は強く否定しました。

「何歳になっても筋肉は鍛えられるって言うでしょ。あんなに運動させているんだから、足腰が弱るなんてことはあり得ない」