ギリシャ・レスボス島のミティリニ港に立つモハメド・アルヘルブさん(右)と妻ナフルさん、息子のアブドゥル君の一家(2017年10月23日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】息子は父親のことを忘れてしまうのではないか──ナフルさん(26)は心配しかけていた。夫のモハメドさん(30)がシリアでイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」に拉致され、行方不明になってから1年以上が経っていた。

 だが、一家はギリシャのレスボス(Lesbos)島で幸運にも再会した。夫はISの下から逃げ出し、妻と息子を追って一心不乱の長旅の末に、そこへたどり着いた。

「夫が生きていると知ったのは、たった3か月前です。彼の声を聞いて、信じられなかった」。パレスチナ人のナフルさんは、レスボスの海辺のカフェで、息子のアブドゥル君をひざの上に乗せて語った。「今までこの子は物を食べようとしなかった。父親のこともすっかり忘れてしまうのではないかと心配し始めたところでした」

 夫婦は2013年に出会うまで、ヨルダンに住んでいた。仕立屋でシリア人のモハメドさんは、2011年以降33万人以上が犠牲となっているシリア内戦を逃れて移住していた。夫婦は欧州へ渡るつもりで16年にさらにトルコへ移動した。

 だが、ここでモハメドさんは自分の母親も一緒に欧州へ行けるよう、必要な書類をそろえるためにシリアへ入ったところをISに捕えられ、北西部アレッポ県のアルバブ(Al-Bab)で6か月間にわたって拘束された。

「拉致されてすぐに目隠しをされた」。心から最悪の場面を絞り出すかのように、モハメドさんは語った。「彼らはわれわれを地下の非常に狭い場所へ連れて行った。目隠しを外されると周りは暗闇だった。その場所は狭すぎて、立ち上がることも横になることもできなかった」

「誰かが拷問されている声が常に聞こえていた。自分もISに加わらなかったために殴られ、侮辱された」

「拷問については思い出さないようにしている」

 トルコ軍が進攻し、その地域からISを追放しにかかると、ISは人質たちを抹殺しようとした。「彼らは私たちのほとんどが死んだと思って、集団埋葬地へ私たちを運んだ。そのときです、私が逃げ出したのは」

■歩けるようになっていた息子

 妻と子どもを預けてきた親戚の元へ戻るため、トルコに入国するまでに数週間かかった。8回目の挑戦でようやく国境を越えることができたが、妻たちはすでに立ち去っていた。

 妻のナフルさんが船乗りの父親と一緒にトルコからレスボス島へ渡ることができたのは、昨年11月だった。モハメドさんも親戚から妻たちはギリシャにいると聞いて、その後を追った。「レスボスへも3回渡ろうとしたが、トルコの沿岸警備隊にボートを押し戻された」

 モハメドさんはレスボスから近いサモス(Samos)島にたどり着き、そこで国連(UN)の難民支援機関の助けを得てギリシャ当局を説得するのに2か月近くかかった。そして8月、レスボス島で家族とようやく再会できた。

「2人は港で私を待っていた。息子は歩けるようになっていたんだ!」。モハメドさんの顔は輝いた。妻のナフルさんは「父親と再会してから、この子は笑ったり、走り回ったり、父親と遊んだりしている」と語った。

「まったく別の子どものようです」と、現地支援グループのソーシャルワーカーも言う。

 一家はギリシャへの亡命が認められ、まもなく首都アテネへ旅立つ。「おじがそこにいるので、職を探すつもりです」とモハメドさんは言った。「大事なことは、生きていることです」
【翻訳編集】AFPBB News