那覇・泊港から2時間の沖に浮かぶ粟国島は、映画「ナビィの恋」の舞台になった人口759人の一島一村。琉球弧で唯一、霧島火山帯に属する島の自然は変化に富み、北側の崖の上では特産品「粟國の塩」が炊かれている。平成20年に就任した新城静喜村長に、「ふくらしゃる粟国 てるくふぁ島(※)」を掲げた村づくりを伺った。 

※「ふくらしゃる」は「歓喜に満ち溢れ、よろこばしく、祝福されている」、「てるくふぁ」は「島に照りそそぎ、島に恵みをもたらす太陽神」の意味。どちらも島で歌い継がれてきたウムイの中にある。 

 Part1   手厚い教育・生活支援で人口減と戦う  Part2  自然そのものから、それぞれの宝物が見つかる島 Part3  ゼロから始まった「粟國の塩」、伝統の手づくり物産  Part4  昔ながらの島のよさを、守り、残す 

 

村長プロフィール 


昭和29年生まれ。粟国郵便局長を経て現職。2017年、就任10年目を迎える。趣味は港で仕掛ける釣りで、40kgクラスのミーバイを釣り上げたことも。「魚は、粟国で獲ったものしか食べません」。那覇出張での行きつけはジュンク堂那覇店。

  

Part1   手厚い教育・生活支援で人口減と戦う

村費で海外ホームステイ

2015年度の国勢調査で、島の人口は759人。2010年度調査の863人から104人減となり、沖縄県の41市町村のなかで最も高い減少率だった。 

新城村長は「高校がなく、15歳で島を離れた若者が戻ってこないという離島の宿命はあるものの、それ以前に基礎となる出生率が低い。昨年、中学を卒業した子は2人きりです」と、状況を厳しく受け止める。そんな中、島で生まれ育つ子どもたちへの支援は手厚い。幼稚園から中学校まで、約70名分の給食費は無料。 


△現在3期目、就任10年を迎えた新城静喜村長  

「幼稚園では、一昨年から3歳児保育を始めました。また、少人数の僻地保育園もあり、生後1.6ヶ月から預けられます。『三つ子の魂百まで』という諺がありますが、人間の性格やいろいろな基礎が形成される幼児教育を、村として重視しています」。 


△村役場  

いずれ島を巣立つ子どもたちに、夢や希望を抱いて育ち、島にいるうちに将来の活躍につながる精神的な基盤を築いてほしい。その思いから、公費での海外短期留学制度も整備されている。中学生を対象に希望者を募って選抜を行い、夏休みの1ヶ月間、アメリカでのホームステイを経験させる。「島の子どもたちは、思春期に親元を離れ、慣れない環境に飛び出さなければなりません。人は、生まれる場所を選べない。離島に生まれたことがハンデではなくチャンスになるように、という考えから始まった支援です」。制度が始まって10年。一部負担からスタートし、3年ほど前から村が10割を負担するようになった。 

毎年、村の新年会に合わせて成人式を開催し、村が交通費を負担して島で生まれ育った新成人を招待しているという粟国村。「島ぐるみで子どもを育てる」小さな村ならではの、あたたかな眼差しと覚悟が見てとれる。 

100円バスに200円タクシー、整備された“村民の足

もうひとつ力を入れているのが、高齢者が暮らしやすい村づくりだ。粟国村の高齢化率は32.7%で、島には250名近くのお年寄りが暮らす。新城村長が第一の使命と語る「住民が安心して幸せに暮らせる基盤づくり」には、島内および島外の公共交通の充実が不可欠だ。 


△島のお年寄りは、大切な働き手でもある 

「車を運転できなくなった方たちは、病院・農協・郵便局、どこに行くにも近所の人や区長さんに頼んで連れて行ってもらうか、用事を代行してもらうしかありません。そのたびに、ガソリン代として1,000円程度を手渡したりしていたようです。年金暮らしのお年寄りにとっては、大きな負担ですよね。それに、気軽に外に出られず元気をなくしていく状態は、幸せとは言えません」。 

 

そこで3年前、1区間100円で乗れる村営バスの運行を開始した。集落内を周遊するこのバスと、電話一本で手配できる200円のデマンドタクシーを組み合わせて、村民の足を確保した。 


△定期船は1日1往復。沖縄本島の那覇・泊港と粟国島を片道2時間かけて結ぶ 

現在取り組んでいるのは、島外との交通が不安定という課題。那覇・泊港から1日1往復「フェリー粟国」が運行しているが、台風や季節風のシケ、ドックでの整備期間も含めると1年に60日ほど欠航しているという。 

 

新城村長は欠航を減らす打ち手として、外海からの波を今以上に妨げる港湾工事に着手する。空路については、必要性を痛感してはいるものの「2年前に19人乗りの飛行機が就航し、お客さんを乗せて元気いっぱい飛び立ったと思ったら、着陸で元気いっぱい滑走路をオーバーランして怪我人も出てしまいました」と苦い経験を語る。「今は、『はやく』よりも『とにかく安全第一で』飛ばしていただけるよう、お願いしたいです」。 

UターンにこだわらずIターンに活路を見出す 

子育てのしやすさ、高齢者の暮らしやすさを高めながら、新しく島に住むIターンの受け入れ強化にも力を入れる。「たとえば、看護師の資格を取った後、5年間は島に勤めていただくことを条件に資格の取得費用を無償化する。そういった大胆な施策をやっていきたい」。背景には、「役場の職員や、老人ホームの看護師さん、介護士さんを募集しても人が見つからず、定年した人の再雇用を繰り返してなんとかつないでいる状態」と語る、慢性的な人手不足への危機感がある。 


△昼間でも集落内の人通りはまばら。静かさは魅力でもあり、課題の現れでもある 

国土交通省と日本離島センターが毎年開催する離島振興イベント「アイランダー」では、粟国島の存在を知らせるチラシを配り、大阪で開催された定住促進勉強会に職員を派遣。「まずは知ってもらうこと。そして、どんな施策を打てば定住につなげていけるかのプランづくりを始めています」。 


△「ナビィの恋」の舞台になった民家。ブーゲンビリアのピンクと空の青、赤瓦のコントラストが美しい 

「都市部で働いている方々が、『沖縄の離島に癒される』『静かで自然がきれい』と目を向けてくれていると感じています」。新城村長の見立て通り、粟国島の美しい自然に魅せられた2人の女性が、現在、地域おこし協力隊として島で暮らしている。 


△「他の島じゃダメなんです」と、北海道と埼玉から移り住んだ地域おこし協力隊のおふたり 

うちのひとりはすでに2年目を迎え、3年間の期間が終わったあとも島に残ることを希望している。「島の塩を使ったキャンディや乾燥麺を特産品として開発したり、通常業務に追われて後回しになりがちな情報発信の面で戦力になり、島の良さを周知してくれています」。協力隊の2人は、新築の村営住宅に暮らす。 


△島のキャラクター「アニーちゃん」をデザインモチーフに、粟國の塩を使った塩サイダーキャンディ 

村長自身、今があるのは勤めていた日本郵政の拝命があってこそ。15歳で高校進学のために島を離れ、郵便局長として島に戻ったのは31歳のときだった。Uターンの機会が希少であることを身を以て知っているからこそ、島んちゅにはない視点で島に魅力を感じてくれるIターン希望者を大切にしているのだ。 

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