私は公認会計士であるとともに、経営心理士として企業の経営を数字と心理的側面から分析して経営改善を行うコンサルティングを行っている。

 この経営改善を行ううえで、経営者が自らの感情やエネルギーを適切に管理することは極めて重要な要素となる。

 特に中小企業においては、経営者のエネルギーの低下はそのまま企業のエネルギーの低下につながりかねないため、より重要になる。

 この感情やエネルギーをうまく管理していくためには、起きている事象を前向きに、建設的に捉えるスキルがあるかないかが大きなカギを握る。

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感情を制御するための原因論と目的論

 このスキルとして原因論、目的論という考え方をご紹介したい。

 起きた事象をどのように捉えるかという点に関して、心理学の世界では原因論と目的論という考え方がある。

 原因論はそういう事象が起きた原因となる過去の事実に着目するのに対し、目的論はそういう事実を引き起こすことによって達成しようとする目的は何かということに着目する。

 目的論の考え方についてはあまり馴染みがないと思うので、1つ例を挙げたい。

 営業で接待が多く、毎日のように飲む日々が続き、肝硬変になってしまったとする。原因論によると、酒の飲み過ぎが原因で肝硬変になったと考える。

 目的論によると、肝硬変になることで達成したい目的があるから肝硬変になったと考える。

 その目的は、体を休ませる、営業という仕事から離れる、心配してもらって周囲の注意を引く、構ってもらう、日々接待を頑張っていることをアピールするなど、様々なものが考えられる。

 この場合、肝硬変になったことでその目的が達成されなければ、肝硬変が治っても当初の目的を達成するためにまた別の病気になる可能性が高い。そのため、その目的に気づく必要がある。

 「肝硬変という病気になったことで、自分は何を達成しようとしているのだろう」

 そんな自問自答をすることで、自らの深い意識からのメッセージに気づけることもある。そのメッセージに気づくことが、問題の根本的な解決につながる。目的論ではそう考える。

 目的論はオーストリアの精神科医、心理学者のアルフレッド・アドラーが唱えた。

 アドラーはダイヤモンド社から出版された書籍「嫌われる勇気」によって日本でも一躍有名になった。アドラーはこう言っている。

 「私たちは自分の目的に合った意味付けをしている。起きる出来事には意味はなく、ただの事実でしかない。ただの事実に意味をつけているのは自分なのだ」

 人間はある目的を達成するために起きた事実に都合の良い原因・理由を生み出し、その原因・理由によって感情や行動を生じさせている。つまり、すべての感情や行動は何らかの目的を達成するために生み出される。目的論はこのように考える。

 過去の事実に着目する原因論は、問題となる感情、行動は過去の事実が原因で生じると考えるが、過去の事実は変えようがないため自分の意志では問題となる感情や行動を是正することは難しいという考え方になる。

感情や行動の背景にある目的に着目

 しかし、目的論はその感情や行動の背景にある目的に着目する。その目的を探り、その目的を他の方法で達成することで、問題となる感情、行動を根本的に是正しようとする。

 原因論は自らの意思では変えられない過去の事実に着目し、目的論は自らの意志で建設的な対応が可能な目的に着目する。ここにアドラーがこの目的論を提唱する理由がある。

 カナダの精神科医で交流分析を提唱したエリック・バーンはこんな言葉を遺している。

 「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる」

 精神的な病を治すうえでも、自分の意志で変えられないことに意識を向けるのではなく、自分の意志で変えられることに意識を向ける方が効果が出やすい。

 これは目的論の考え方に近い考え方といえるが、経営やビジネスの場面においても自らのエネルギーを上げたり、問題となる行動を改善したりするうえでは、自分のコントロール不能なことに意識を向けるよりも、コントロール可能なことに意識を向けた方が効果的である。

 部下に指導する際にどうしても当たりがきつくなってしまうことに悩んでいる経営者の方がいた。部下の仕事ぶりを見ていると、要領が悪いし、気が利かない。

 「なんでこれくらいのことをやるのにこんなに時間がかかるんだ」

 「これをやれといったら言われなくても普通、ここまでやるだろ」

 そんなイライラがこみ上げてきて、ついつい怒りをぶつけてしまうという。そういった当たりのきつさが原因で辞めていく部下もいるとのことだった。

 イライラしてはいけないと強く意識したり、深呼吸したりと本人もいろいろ努力をしたが、根本的な解決につながらなかった。そんななか、ご相談にいらっしゃった際に目的論についてお話しした。

 「同じ指導をするにしても怒りを使わずに指導できる人もいるのに、なぜ社長は怒りを使うのでしょうか。怒りを使うことで何らかの目的を果たそうとしていると思うのですが、その目的は何だと思いますか」

 そんなアプローチから怒りを使う目的を考えてもらった。いろいろと会話が深まっていくなかで考えられる目的として、「会社を大きくしないため」という目的が上がった。

 人が増えて会社が大きくなると人の育成と管理に追われてお客様対応に専念できなくなる。自分は人の育成や管理よりもお客様と直に関わってお客様の笑顔を見るのが一番楽しい。

 その目的を果たすため、部下にきつくあたり、離職者が出るような状況にしているのではないか。

人を増やしたくない気持ちが離職者を増やす?

 「離職者が出ていることに悩んでいましたが、言われてみるとお客さんと直に関わっていたいという気持ちから人を増やしたくないという気持ちが心の奥にあったのかもしれない」

 社長はそんな心境を語ってくれた。

 「会社を大きくする社長が偉い」という思い込みから自分の価値観にかかわらず会社を大きくしようとする経営者は少なくない。

 ただ、私は経営コンサルタントとして会社を大きくして不幸になっている経営者をたくさん見てきた。

 そういった経験から「会社を大きくする社長が偉い」という先入観にとらわれず、いくら売り上げ、利益が増えても会社を大きくしたくなければ大きくしない経営をしていくことも重要な経営判断と考えている。

 その話を社長にしたところ、「社長として会社を大きくすることが偉いと思っていましたが、別に会社を大きくしなくてもいいんですね」と、どこかほっとしたような表情をされた。

 部下に対する指導に怒りを用いてしまう目的、それは会社を大きくしないようにするため。

 でも無理に会社を大きくしなくていいんだ。そんなふうに考えると、それ以来、部下に対する怒りがずいぶんなくなったという。これは目的論からのアプローチがうまくいった事例である。

 また、こんな事例もある。

 家庭の問題で精神的に落ち込み、うつ病の危険性すらもあるような状況。仕事は手につかず、出社することもままならない。

 そんな経営者の方のご相談に応じたことがある。

 これまでの奥さんとのやり取りを反省し、後悔の弁を述べ、もう経営をする気力がなくなったとのことだった。

 過去に意識を向け、後悔の念が増幅することで、現在のエネルギーが奪われている状況であったため、未来に目を向ける目的論が功を奏するのではないかとこんな質問をした。

家庭の問題を生じさせる目的とは

 「もしかすると何らかの目的を果たすために、無意識的にそういった家庭の問題を生じさせたと考えることもできます。その場合、その目的を果たさない限り、家庭の問題は根本的に解決しないかもしれません。であるならば、そこにどんな目的があると思いますか」

 これまでの発想にない目的論の考え方にとまどっておられたが、しばらく考えると1つ思い当たることがあると話された。

 それがどんな目的なのかを聞き、どうやってその目的を果たしていくかについての議論を重ねた。その中でご本人のエネルギーは徐々に上がっていった。

 結果としてずいぶん納得された様子で、その目的を果たすという目標を持って帰られた。帰られる時の表情はいらっしゃった時の表情とはずいぶん違う表情だった。

 目的論の考え方は起きている事象の捉え方について、新たな視点をもたらすものである。起きた事象をどのように捉えるかは自由であり、その捉え方に幅を持たせることができればできるほど、自らの感情をうまくコントロールすることができる。

 ネガティブなことが起き、その原因となる過去の事実に意識を向け、ネガティブな感情からなかなか解放されない場合は、目的論の立場に立って考えてみることを試す価値はある。

 「どんな目的を果たすために、自分はこのことを引き起こしたのだろうか?」

 その目的を探り、自ら納得いく目的が見つかった時、これまでのネガティブな感情とは違う感情がそこにはあるだろう。

筆者:藤田 耕司