味覚をめぐるメカニズムが、研究によって解明されてきている。


 味覚はおいしさの大きな要因だ。甘い、酸っぱいといった味はどうして感じるのだろう。近年、分子レベルで味覚のメカニズムが明らかになってきた。

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「味覚地図」は存在しない

 私たちは食べ物を食べると、味を感じる。「おいしい」と感じれば食べ続けるし、「まずい」と感じれば食べるのをやめる。当たり前だと思うかもしれないが、命がけで食べ物を探していた私たちの祖先は、味覚など五感を発達させることで食べてもいいのかどうかを判断してきた。つまり、味覚は生きていくための重要な感覚なのである。

 食べ物の味は、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5つの「基本味」に分類されている。辛味や渋みも広義では味ではあるが、味を感じる仕組みが異なるため基本味とは異なる。

 口の中で食べ物が咀嚼されると、食品の組織が破壊される。それが唾液と混ざると、食品成分中の分子やイオンが溶出する。これらの化学物質(味物質)が舌にある「味蕾」で感知されると味を感じる。

 味蕾は、舌表面にあるざらざらした突起のくぼみにたくさん分布し、つぼみのような形をしている。味蕾は舌以外に、軟口蓋や頬の内側にもある。食べ物や飲み物に含まれる化学物質(味物質)を感知すると、電気信号となって脳に伝わり、甘味や酸味、塩味などの味を感じる。

 少し前までは、「甘味は舌の先端で」「苦味は舌の奥で」などと、舌の異なる領域で味を感じる「味覚地図」の存在が信じられてきた。これは、1901年に発表された論文がもとになってできた説である。現在では、ひとつの味蕾ですべての基本味を感知するという仕組みが明らかになっている。

 そのきっかけになったのが、2000年に味物質を検出する受容体が同定されたことだ。受容体とは細胞膜や細胞内にあり、ホルモンや化学物質などと結合して細胞内に反応を起こすタンパク質のことをいう。それ以来、味覚のメカニズムの解明が急速に進んでいる。

味を識別する受容体をもとに「味センサー」を開発

 味蕾には50〜100個の「味細胞」が集まっている。紡錘型の味細胞は、一方の端を舌の表面に伸ばして味物質を受容し、もう一方の端で神経につながり味情報を脳に伝えている。味細胞の寿命は2週間ほどで、次々に新しい細胞に入れ替わっている。

 受容体は味細胞の表面にあり、異なる受容体が異なる味物質を受容することで味を区別している。人間では、甘味やうま味に対する受容体はそれぞれわずか1種類だが、苦味に対する受容体は25種類も見つかっている。塩味や酸味に対する受容体も複数あると考えられている。

 面白いことに、塩味は低濃度では受け入れられ、高濃度になると避けられる。ただし、科学が進んだ今になっても、高濃度の塩味を避ける仕組みはまだ見つかっていない。

 東京大学大学院農学生命科学研究科准教授の三坂巧(みさか・たくみ)さんは、解明された味覚のメカニズムを応用し、味覚受容体を使った「甘味センサー」を開発した。ヒトの培養細胞に、甘味を感じ取る甘味受容体と、甘味のシグナルを伝えるタンパク質を発現させたもので、この細胞が甘味物質を認識するかどうかを検出する。

ヒトの培養細胞による「甘味センサー」。人間が甘いと感じる物質を検出することができる。各物質に対する2秒後と30秒後の応答。センサーに甘味物質が結合すると、センサーが反応する。赤みを帯びた部分はセンサーが反応したところ。(画像提供:三坂巧氏)


「果物のラベルに糖度が示されているように、甘味を表す指標には糖度がよく使われます。糖度は、濃度が高いと溶液の屈折率が高くなることを利用して測定されていますが、実際には糖以外の成分も測定されているので、必ずしも人が感じる甘みと一致するわけではありません。私たちが開発した方法では、実際に感じる甘味に近い数値を示すことができます」と三坂さんは説明する。三坂さんたちは、甘味受容体を発現した細胞やこの測定システムを利用して、生物が味を感じる仕組みを研究している。

酸っぱいものを甘くするミラクルフルーツの謎

ミラクルフルーツ。果実に味はないが、続けて食べた物を甘く感じさせる。


 味を変える不思議な果物と話題になった「ミラクルフルーツ」は、西アフリカ原産のアカテツ科の果物。果実自体はほとんど味を感じないが、この果実を食べた後、酸っぱいものを食べると不思議なことに甘く感じる。三坂さんたちはこのメカニズムを解明した。

「果実にはミラクリンというタンパク質が含まれており、甘味受容体に強く結合します。口の中が中性の状態では何も変化しませんが、酸っぱいものを食べて口の中が酸性になると、ミラクリンと結合した甘味受容体は甘味物質がなくても活性化されてしまいます。そのため、酸っぱいレモンを食べると甘く感じるのです」

 このような、味覚器に作用して一時的に味覚機能を変化させる物質を「味覚修飾物質」という。そのひとつである「ネオクリン」は、西マレーシア原産の熱帯植物クルクリゴの果実中に含まれるタンパク質だ。ネオクリンを食べると甘味を感じるが、同時に酸っぱいものを味わうと一層甘味が強くなる。ネオクリンの甘みの強さが変化するのは、酸性になるとタンパク質の構造が変化して甘味受容体を活性化させるためだ。

甘味料の組み合わせで甘味をコントロール

 甘味を感じさせる物質には、砂糖などの糖類に加え、グリシンやD-トリプトファンなどのアミノ酸や、サッカリン、アスパルテームなどの人工甘味料など、種類は多い。甘味物質は種類が多く、それぞれ構造も異なるのにかかわらず、甘味受容体はたった1種類しかない。

 三坂さんたちは、甘味受容体の構造中に、甘味物質を認識するのに関わる特定の領域があることを見つけた。甘味受容体は、その領域の形をうまく変化させることで、構造の違う多種類の甘味物質を認識しているのだ。

 古くから、グルタミン酸とイノシン酸が組み合わされるとうま味が強くなることが知られているが、このような味の相乗作用のメカニズムも受容体で説明できるようになった。

 また、複数の甘味料を組み合わせると甘味が強くなったり、弱くなったりすることも知られるが、受容体の研究から甘味を変化させる甘味料の組み合わせも分かってきた。「甘味を増強させる物質は、甘さは同じでも砂糖や甘味料の量を減らすことができます。たとえば、ネオヘスペリジンジヒドロカルコン(NHDC)やシクラメートという甘味物質を少量加えるだけで、砂糖の主成分であるスクロースの甘みが強くなるのです。カロリーを抑えたり、後味の残る人工甘味料の量を減らしたりするなど、食品産業に応用できると思います」と三坂さんは言う。

うま味受容体で甘味を感じるハチドリ

 動物の種類によって味の感じ方が異なることも分かってきた。猫が甘いものを好まないのは、甘味受容体の遺伝子の一部が欠損していて、甘味に関する感受性を失っているためだ。このことは猫に限らず肉食動物に広く見られる。イルカは甘味受容体ばかりか、うま味受容体も失っていることが知られている。

ハチドリ。空中に静止して細長いくちばしで蜜を吸う。


 三坂さんたちはハーバード大学との共同研究で、ハチドリが甘味を感じる仕組みを解明した。鳥類は、猫と同様に甘味受容体の遺伝子を失っていて、一般には甘味を感じない。しかし、甘い蜜を好むハチドリはうま味の受容体を進化させ、甘味に対する感受性を獲得していた。「味覚は生物の食行動を左右する大切な感覚です。進化に伴い食生活も変化し、必要のなくなった感覚は退化し、必要になれば新しい感覚を獲得しているのでしょう」

 生物は、受容体を巧みに活用し、味覚を発達させてきたことが分かった。「おいしい」と感じる感覚は、個人の嗜好や生理状態に左右されるため、客観的に評価することは難しかったが、受容体の仕組みを使えば新たなおいしさの評価ができるようになるかもしれない。さらに受容体の研究から、新しい味物質が発見されており、食品メーカーもこの研究成果を商品開発などに応用できると期待している。

 味覚のメカニズムがどこまで解き明かされるのか、今後の研究の行方が楽しみだ。

筆者:佐藤 成美