房総半島の山間部に広がる「ポッポの丘」。営業は金・土・日・月と祝日の10〜16時で、悪天候は休業する(撮影:坪内政美)

千葉県房総半島に「ポッポの丘」という場所がある。みなさんはこの名前を聞いて何を想像するだろうか?

1:保育園
2:鳩が集まる丘
3:汽車ポッポ

正解は3の汽車ポッポ。しかもここは「たまごかけご飯」が美味しいのだ。

“汽車ポッポ”と“たまごかけご飯”。まったく共通性がないように思えるが、実はここ「ポッポの丘」は「ファームリゾートISUMI 鶏卵牧場」が元養鶏場だった場所にオープンした、鉄道天国ともいえる、私設の車両保存展示場。

私も何度となく足を運んでいるが、来る度に車両が増えている。展示されている鉄道車両の数は、現在なんと22両!中に入ることのできる車両も多く、しかもこれらすべてが無料で見学できるのだ。

ここは経営としてやっていけるのだろうか? そして1個数十円の卵を売ることで、鉄道車両を買うことができるのだろうか?

かねがね疑問に思っていたが、4回目の訪問でついに解決した。

小高い丘の上に車両が!


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ポッポの丘は千葉県いすみ市にある。いすみ鉄道の上総中川駅から2kmほど、国吉駅からは9kmあるが、国吉駅には無料のレンタサイクルがある。初めて来たときは、女友達といすみ鉄道のスイーツ列車に乗って国吉駅で下車、無料のレンタサイクルを借りて向かった。

田んぼで開けた景色を進んで行くと、突然小高い丘にカラフルな車両が3つ並んでいるのが目に入る。なんだか不思議な光景だ。現地に到着すると、卵詰め放題のイベントが行われていた。鉄道車両があると聞いて来てはみたものの、これで初めてここが鶏卵牧場だったと認識したのである。


見晴らしのよい丘の上に現れる3両の車両。初めて見る人は驚くらしい(撮影:坪内政美)

一通り見渡せる範囲の車両内を見学し、上を見上げたところ、さらに小高い丘の上に車両が鎮座しているのが見えた。あんなところにも車両が!?と気づいたときにはもう引き返さなくてはならない時間。そのうえ、一緒に来た女友達はあまり鉄道に興味がなく、すでに不機嫌だったため、泣く泣く帰ったのだった。

そして今回、4回目の訪問となるポッポの丘。今年4月にも鉄道雑誌のルポで訪問したのだが、そのときにはなかったはずの23両目の車両が……?

すべての疑問をぶつけるべく、「ファームリゾートISUMI 鶏卵牧場」の村石愛二社長にインタビューをさせてもらった。

最初は鉄道に興味はなかった

――あの、気のせいでなければ、車両増えてますよね?


箱根登山電車モハ2形110号(左)と丸ノ内線(右)。丸ノ内線は警笛も鳴らせる(撮影:坪内政美)

「そうですね。今年2月に引退した箱根登山電車モハ2形110号を、5月14日から9月末までこちらで期間限定で公開していたんですよ。もともとの譲渡先への移動予定日が決まるまでは、継続して車内公開しています」

譲渡先は、鉄道車両を敷地内に集めていることで有名な埼玉県のほしあい眼科。現在、置き場所が確定するまでポッポの丘で一時預かりしているそうだ。

――そうだったんですね。今年初めに箱根で乗ったばかりの車両が、いきなり千葉県の丘の上にいたので驚きました。村石社長も、やはり鉄道車両が好きで収集されているのでしょうか?

「いやいや。鉄道は最初はそんなに興味なかったんですよ。この土地は横浜から来た夫婦が養鶏場をやっていた場所で、ここを買わないか?と持ちかけられ、じゃあ買って牛でも飼おうかと道を作って整備したのですが、使っていない状態でした。もともと、うちは畜産業者なので。その数年後の2010年8月、いすみ鉄道の鳥塚亮社長と知り合いになり、鉄道車両を売っているが買わないか、という話をされたんです」

――鉄道に興味がないのに、突然買われたんですか?

「値段は約200万円。ちょっと整備すれば動くよ、と鳥塚社長に言われて(笑)。車を買うと思えば、買えなくないな、と思ったんですよ。それがいちばん最初に買ったいすみ204でした。置き場所はあったわけで。その後、何かに利用できるかも?と思ったんですよね。メンテナンスのことなどまったく考えてなかった」

――なるほど、知らぬが仏……という状態だったんですね。


村石愛二社長。東京農業大学の客員教授もされている(撮影:坪内政美)

「まったくそのとおり(笑)。8月に買ったものの、ここに運ばれてきたのは12月7日。その日はいすみ鉄道に金沢から来たキハ52が入ってきた日でした。この車両は入れ替えで国吉からここまで9卍度運んだだけなのに、運賃は200万円ほどかかりました」

――えっ!車両がもう1両買えちゃいますね。

「そのうえ、整備すれば動くと言われたけど、線路がないと走らない。じゃあ50mくらい敷こうと。この辺りの軌道業者にお願いしました。JRの構内に置いてあったレールを払い下げてもらい、線路・枕木・工事費など合わせてメーター4万円。これを50mで200万円」

――すでに車両だけなら3両買える値段ですね。

「線路は敷いた。が、もともとの車両にはブレーキやハンドルが付いてない。忍び錠もない。そしてこの車両は部品取りにもなっていたので、そんな簡単に動くわけもなかったんです」

――「整備すれば動く」の範囲が広すぎますね……。

震災で観光客が減る中での開業

整備が終わり、ここをどう使おうかと考えつつ迎えた2011年の3月、東日本大震災が発生した。

「震災後は房総半島に客も来なくなってしまった。じゃあ、うちもここで直売所でもやろうか、ということになったんですが、車両1両では寂しい。そこでJR貨物・北陸ロジスティクスの元社長・島さんが保存していた高岡の路面電車と北陸鉄道の車両を持ってこようということになり、震災後の5月1日、鉄道車両3両とともに、農畜産物直売所・ポッポの丘をここにオープンしたんです」

同年8月には、福井の敦賀港で走っていたラッセルの付いたディーゼル機関車がここにやってきた。

「これは動くというので、じゃあ線路敷かなきゃ!ともう100m、線路を敷きました。個人でラッセル車を買った埼玉の方も、買う前にここにサイズを測りに来ましたよ」

――あっ、その方、テレビで観ました! 駐車場で50cmほど動くんですよね。

「そうそう、これと同じのを買うんだ、と言って(笑)。その後、銚子電鉄のデハ701・702が来たんです。無料で譲渡してもらえましたが、運ぶのに1両につき300万円かかりました」

鉄道車両が増え、鉄道ファンが来るようになると、あそこの車両が引退する、とか、あそこに車両がある、などの情報が入ってくる。


かつて保存されていた青函連絡船「羊蹄丸」内部の展示車だった、DE10形ディーゼル機関車から見た寝台車両と国鉄車両(撮影:坪内政美)

「線路が100mあるのに機関車1両じゃもったいない。どうやら茂原の住宅地の間に黒いのが4両あると情報があった。1987(昭和62)年の国鉄分割民営化で大量払い下げのときに引き取っていたらしく、それを無料譲渡してもらうことになりました。しかしすでに24年も経っていて、周りに家が建ったりなどでまるで出せない(笑)。仕方なく隣の土地の山の掃除をして場所を広げ、なんとかクレーンで取り出しました。丸ノ内線は営団(現・東京メトロ)がかつて展示車両を売った際、そのうち1両が抽選で東京・目黒の日の出幼稚園に当たった。それをもらい受けました」

肉牛と引き換えに増えた車両

次々に鉄道車両を買う村石社長。しかし最初にいすみ鉄道の車両を買った頃から、畜産業を辞めようかと考えていたという。

平成13年にBSE問題が起き、その後も投機マネーの乱高下により為替レートが変動、輸入に頼っていた餌がかつての3、4倍の値段にハネ上がり、すっかり赤字となってしまった。震災の影響も大きい。

――安い卵の販売で鉄道車両を買うなんてすごいな、と思っていましたが。


こんな車両も保存されている。神奈川県・大山ケーブルで使用されていたケーブルカー「たんざわ号」(撮影:坪内政美)

「いやいや、つまり、牛を売って鉄道車両に置き換えていったわけです。従業員も大勢いたので、いきなり畜産業を辞めるというわけにはいかない。1000頭ほどいた肉牛を徐々に減らし始めました。鉄道車両は餌もいらないし、糞もしない。人件費もかからない。そんなにおカネはかからないだろう、と思ったんですよね。今は牛はまったくいません。鶏もだいぶ縮小している。大量飼育はやめ、ちょっと高級な放し飼いの鶏の卵のみ売っています」

――でも鉄道車両はおカネは産まないですよね?

「赤字にならないからまだいいじゃないですか。畜産をやっていたら、どんどんおカネが出ていくわけですからね。とりあえず20両くらいあれば、鉄道博物館ぽくなるだろう、と」

――考え方のスケールが違いますね。ほかに狙っている車両はあるんですか?

「いまのところないです(笑)。もう置き場所もないし。肉牛を売ってどんどん買い換えてきたから、もうおカネもない。やっと今年の初めくらいから車両の補修を始めたんです。鉄道車両も古いものは傷みが激しい。デハ701も修理しないとならないし、駅名板も木が腐って片方補修している状態。これからは保存維持が課題ですね」

ほかにはないタイプの博物館


当時のままの寝台車内。懐かしい匂いもそのままだ(撮影:坪内政美)

最近は、土曜・日曜を中心に丘の上にある寝台車両内を公開しているようだが、心ない客が備品を持っていくこともあるらしい。なんとも悲しい行為である。鉄道ファンなら、むしろ募金をしたり、卵をたくさん買ったりして、保存に協力すべきではないだろうか。

「鉄道博物館は数あれど、ここは会社の縛りがないために、いろいろな鉄道会社の車両を保存しています。そして鉄道という形態の、さまざまなジャンルを同時に見ることができる。これはほかではできないことだよね。もう途中で放り出すわけにはいかないけど、こんなに大変だと知っていたらやらなかった(笑)」


黄身がこんもりとした庭先たまご。かき玉汁とイワシの角煮も付いてくる(撮影:坪内政美)

村石社長の心意気に感謝しつつ、「カフェTKG」でたまごかけごはんをいただく。使われているのは「庭先たまご」という、屋外で放し飼いにされた元気な鶏が産んだ新鮮な卵。万葉線の車両内で売られているので、お土産にも買った。

「ポッポの丘」は、親しみやすい呼び名をということで付けられた名前らしいが、御宿には「レトロぶーぶ館」という同経営施設もある。こちらはレトロな車がたくさん展示されており、貴重な鉄道標識なども保存されている。もちろんこちらでも卵は売られている。

卵を買うことで車両保存に少しでも協力できるなら、これからも来る度に買いたい。そして鉄道車両を見ながら食べる「たまごかけごはん」は最高に美味しいのであった。