2017年2月から全七章構成で劇場上映されている「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち」には、もとになった映画「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」とテレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト2」を見ていたという羽原信義監督や岡秀樹さん、劇場版のテレビ放送でヤマトの存在を知った福井晴敏さんといったスタッフが携わっています。そのスタッフ陣の中で、音楽を担当する宮川彬良さんは前作「宇宙戦艦ヤマト2199」からの続投組。しかも、父・宮川泰さんは初代「宇宙戦艦ヤマト」から長らく音楽を担当したという、いわば筋金入りの「ヤマト」親子。「2199」「2202」とどのようにして携わることになったのか、そして父の仕事をどのように見ていたのかなど、いろいろな話を伺ってきました。

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち

http://yamato2202.net/

作曲家・舞台音楽家 宮川彬良公式ウェブサイト

http://akira-miyagawa.com/

Q:

宮川さんにとって「ヤマト」はとても関わりが深い作品だと思います。2012年に「宇宙戦艦ヤマト2199」をやることになった、率直なご感想から伺えますか。

宮川彬良さん(以下、宮川):

僕はまさに「ヤマト世代」なんです。「最初のヤマト」と僕らが呼んでいる、1974年からのテレビ放送があったとき中学2年生で。僕らは最初のお客さんで、震えるような感動というか「新しい歴史が一つ進んだ!」っていう実感がめちゃくちゃリアルにありました。その僕から言わせると、そのあとヤマトって作品は「作られすぎた」ように感じてたの。

(一同笑)

宮川:

この話をするとみんな笑っちゃうじゃない? それは、なんとなくみんなの脳裏にも「なぜ『さらば』と言ったのに『永遠に』なんだ?」みたいなのがあるんじゃないかと(笑) 「『永遠に』って言ったのにまたやるなよ」みたいな、もう半分冗談かと思うようなことが繰り広げられちゃって、それに対しては正直萎えてしまった自分もいて。最初の世代だったし、父の音楽も誇りに思っていたし、「宇宙戦艦ヤマト」に関してはスタッフ全員、あのデザインからストーリーから、本当に僕は誇りに思っているんだ。だから、2199も「またやるの?」っていうのがあって……。「もう、いいかげんにしなさい」とお説教しに行くつもりで打ち合わせに臨んだの。その前には実写版と、西さんが監督をやったのもあったよね。

Q:

復活篇ですね。

宮川:

そう、復活篇。そのときだったかな、自分のところにも指揮者の大友直人さんから「一緒にやってよ」って電話がかかってきてたんだけれど、「主義主張というほどではないけれど、やらないことが僕の意思表示だから」と正直に話してお断りしました。やっぱり多少気まずくて、そのあと、大友さんと一回も仕事してないんだよ(笑)。

(一同笑)

宮川:

だから、もう一回断ろうと思ったわけ。総監督の出渕さんが僕にぜひ会いたいと言っているということだったので、会って「こういう理由で、僕はやりたくありません」とはっきり言おうと。会ったときに、半分くらいは言ったかもしれない(笑) そうしたら「彬良さん、私も同じ考えですよ」」と出渕さんがおっしゃった。「自分が作ろうとしてるのは『最初の26話のリメイク』です」と。僕の主張を「まさに仰るとおり」と認めてくれて「本当にクリエイティブなのは最初の26話だ」とも言ってくれて、「その作り直しだけれど、どうですか」と。そうしたらさ……今度は自分じゃなきゃイヤじゃない?(笑) 「音楽:服部惑掘廚辰峠个討たら、俺、ショックだよ。ジョークだけれどさ(笑)

(一同笑)

Q:

でも、宮川さんがやらないと答えていたら、十分ありそうですよね。

宮川:

俺は服部惑靴「交響組曲宇宙戦艦ヤマト」のLPを持ってて、親父(宮川泰)にサインねだってるところを見たことあるからね。それって、宮川泰に「サインしてくれ」っていうぐらいのインパクトだったということなんだよ。服部家と宮川家を超えるぐらいのインパクトだったんだよ、ヤマトは(笑)

(一同笑)

宮川:

だから、「これを自分でやらないとかえって苦しむことになるので、是非やらせて欲しい」と、その日のうちに即答だよね。でも、それがよかった。そういう総監督がいたこともよかったし、やってよかったとも思った。

Q:

出渕さんの熱意は強く感じられましたか?

宮川:

熱意と、あと「独特な世界観」と言っていいんじゃないでしょうか。あの人はアニメの中のローカルなものだけで話を組み立てようとしている人ではなかった。まだ全然実現してないんだけど、朝まで飲み明かして宇宙について語り合おうよ、っていうようなスタンスでヤマトにも取り組んでた。「ヤマトファンのためのヤマト」からスタートせず、一般論としての宇宙の不思議、命の不思議、出会うという奇跡とか、善と悪が双子だったとか。そういうことも含めて、いろんな哲学、宇宙哲学のようなものをすごく持ってる人だったから、話していて楽しかったし、僕もそういうことに興味がある。まあ音楽家や芸術家ってだいたい、話がでかいじゃない?「10年先を語るのが官僚で、100年先を語るのが政治家で、1000年先を語るのが芸術家」だと俺は思うんだよね。だから、そういう話がわかるという点で出渕さんも楽しそうだったし、その流れで「2202」になだれ込んじゃったというのが正直なところなんだけれど(笑)

(一同笑)

宮川:

「2202」では「今回は断ろう」とかそういう儀式は一切なかったんだよ。どんなことでも、いいことだけ、天国だけというのはあり得ない。天国と地獄の両方を見ないと本当に引き受けたことにはならないよね。たとえば、子どもを育てるというのは天国と地獄の両方を見ることだけれど、俺にとってヤマトっていうのは家族を養うぐらいの重いことなの。単に「楽しかったね」「新しい自分が発見できたね」とかそれだけじゃなくて、「やっぱり背負うもんでかいよね」「重いよね」とかさ(笑)。そこに果敢に立ち向かって対峙したりしないと、ヤマトをやってることにはならないんじゃないかという感じかな。ちょっと気負いすぎかもしれませんけど。

Q:

「2199」のときからその「天国と地獄」を味わってたということなんでしょうか。

宮川:

「2199」は最初に天国、甘いところを全部食べちゃった、みたいな。「脂の乗ったところは全部いただきました」っていうような感じはあったね。このあとは地獄が来るぞー、みたいな(笑)。

(一同笑)

Q:

「2202」では監督が羽原信義さんに替わっていますが、その点での違い、仕事のやりとりや印象の違いなどはありますか?

宮川:

そこはまるで違いましたね。出渕さんは哲学のことから入るタイプだったけれど、羽原さんはそうではないのかもなと。これは、そういう話をするチャンスがまだないだけなのかもわからないけれど。それから、羽原さんはジャッジするのがすごくうまそうという印象はある。「こちらとあちら、どちらを取る?」となったとき、どっちの方がゴールに近いか、より未来が明るいかを選択するのがうまそうだなと。出渕さんは哲学から始まるので、ジャッジ以前に、自分の言ったことと折り合いがつかなくなったりして苦しんだり(笑)

(一同笑)

宮川:

自分で仕掛けた罠に自分ではまったりするようなところが出渕さんにはあると思うんだ。芸術家としてすごく男らしいとも思うけれど、羽原さんは絶対にその罠に落ちないように道を選んで進んでいくので、すごく安心。

Q:

仕事を一緒にやりやすいような印象でしょうか?

宮川:

「やりやすい」という言葉はちょっと当てはまらないけれど、「安心感」かな。できあがったものを見ても、すごくシュッとしてる。時間の流れがスマートというのか、無駄がない感じもするし「こういうものを『出来がいい』って言うんだな」という感じがあった。弟分は「同じ轍は踏まんぞ」と、穴があったらちゃんと避けていて賢いというのか。勝手な想像だけれど、羽原さんって次男とか三男だったりするのかな。俺は長男だから穴に落ちるタイプ。しなくてもいい苦労をするタイプなんだよね(笑)

Q:

「2199」のときは過去の譜面がなくて、耳コピから始まったというお話でしたね。

宮川:

親父の書庫みたいなのがまだあるので、そこにヤマトの譜面がほとんどないということはわかっていたんです。ページの片側だけとか、ボロボロの残骸みたいなものはあるんだけれど、「これは○○編」みたいな形にはなっていなくて、見事に最初のヤマトの73曲がない。「さらば」の譜面も見た覚えがないんです。それで、当時音楽を担当していたコロムビアから「音源もない」と言われた気がしたんだけれど、音源はあるんだよね。みんなもCDを持っているわけだし(笑)

(一同笑)

宮川:

マルチレコーディングしてたものについては、マルチ用のレコーダーもそこそこあるんじゃないかな。だけど、とにかく全部録り直すという話になった。なんせ、映像から受ける情報がガラリと変わるし、デザインも変わる。一番変わるのは質感だよね、昔のアニメってパラパラ漫画に色がついたようなものだったじゃない。それは当時の味だったんだけれど、今はCGのところが多くなって、その映像の「時間の密度」みたいなものと、音楽の「時間の密度」が合わないから録り直すと、それはなんとなくわかるわけ。でも、録り直すとなったら譜面が要るから「……ということは、耳コピしろっていうこと?」って聞いたら出渕さんが半ば面白そうに「まあそういうことになりましてねえ」って感じで。

(一同笑)

宮川:

最初は「本気かよ!?」って思ったけどね(笑) でも、その反面、自分でもすごくワクワクした。「あの曲を俺が譜面に書いていいの?」みたいなものがいくつか思い浮かんでくるわけ。譜面に書くということは曲がどういう構造になってるのか詳らかにするということだから、現実的にどうなっていたかを譜面の上で改めてもう一回知り直すことになる。そうしたら、やっぱり面白かった。耳コピは、音大を出る系統の作曲家なら誰でもできるんですが、僕はちょうど授業を受けているような感じがした。あの父から「いかに短時間で、この1分の曲をお父さんがこれから2分に延ばしてみせるのか」っていう授業をね(笑)。

(一同笑)

宮川:

上手なんだ、そういう技が(笑) 僕は自分で書き起こしたから、「ああ、この曲は30分で書きましたね」っていうのがわかるんです。それで「あー、そうだったのか、そうやってたんだ」みたいなことがいくつもいくつもあって……詳しいところはちょっと企業秘密ですけど(笑)

Q:

曲を聞くだけのときと、譜面に改めて起こすのでは、全然違いますか。

宮川:

これは、全然違うよね。「これだけの要素しかなかったのに、ここで半音転調しただけで、こんなに夢が広がったんだ」って。「しかもその後、半音下がって戻るんだ!」みたいなことは編集マンでもなければわからないし、気がつかない。それが全部わかって、楽しかった。「神が宿っている」といえる曲も数曲あって、大したものだと思いました。あのころ、宮川泰はノっていましたよ。

Q:

「2202」では「さらば」の曲を譜面に起こしていったわけですね。

宮川:

旧楽曲を救い出してくるという意味で僕らは「サルベージ」って呼んでるんだけど、「さらば」を耳コピしてみたら、「明らかにこれは打ち合わせの段階で、最初のヤマトとの差別化を図ってるな」っていうのが僕にはわかりましたよ。音楽的な面でね。



Q:

どういったところですか?

宮川:

それは弦のパートが異様に多いということです。最初のヤマトは、わりとロック系の曲だったんですよ。リズムセクションの活躍する場面がすごく多い。ところが「さらば」は意図的に弦楽合奏を基準、基本としている。つまりリズム隊、コードネームとかを使わない世界の音楽がものすごく多い。前のリズム隊に取って代わって弦がほとんど演奏してる。ということは、きっと打ち合わせで「前はこうだったから今度はこうしよう」というのがあったんだろうと。やっぱり父も全く同じものを作ろうとしていたわけではなく、自分のモチベーションを維持しようとするためにもその変化が必要で「この楽器はちょっと使わないでおこう」と楽器を変えるところから始めたのかなと思いました。

Q:

クラシック的な印象があったというのはそれが理由でしょうか。

宮川:

そうです、結果としてクラシック的に聞こえるでしょう。しかも、そこにあのパイプオルガンのバッハ、ですからね。

GIGAZINE(以下、G):

パイプオルガンを使った「白色彗星」は、「2199」のときに「不滅の宇宙戦艦ヤマト ニュー・ディスコアレンジ」版のリアレンジを行って「リベンジを果たした」というお話があり、「2202」ではオリジナルに近い形が特報で流れていて「ああっ、白色彗星が来た」と思わされました。今回、演奏は演者の方にすみだトリフォニーホールでやっていただいたとのことでしたが、ご自身として期するところはありましたか?

「白色彗星帝国」を率いるズォーダー大帝



宮川:

「白色彗星」は、当時自分で弾いたときの記憶と、譜面が確かこうなってたなーっていう印象が残っていました。そこに、高校生の時の自分の演奏を何回も聞き直すことで完璧な譜面を用意して、オルガニストの米山浩子さんに渡したわけです。自分で弾くという選択肢もあったけれど、それはジョークだよねって思ったから(笑)

(一同笑)

宮川:

録音の日、パイプオルガンを弾いてる横に僕は立って音を聞いて、彼女が「これでいいですか?」って聞いてくるから「この音でもいいですよねー」とか言いながら音色を選んだり、弾き方を確認したりしていたら、「ちゃんとそこでリットしてくれるんだ」「ああ、そこでこうフレージング、あってるあってる」ってなって。「勉強してきてくれたの?」って聞いたら「CDをいただいていたので」って。ということは、高校生の時の俺が弾いたやつを勉強してきたのか!って(笑) それで「ああ、俺はそんな風に音楽的に弾いてたんだ」って思った。そうこうするうちに「そこはちょっと違うんだよね。そこはマルカートで弾いて、ここでリタルダンドして、ここで一拍おいて、ここは強く入って」って、パイプオルガンを弾いてる横で一生懸命指揮してる自分がいたの。そのとき、はっと「俺んときもそうだった」って思い出した。宮川泰が横で一生懸命俺を指揮しながら、鼓舞したり音楽について説明したりしてたんだよね。そんなこと、まるで忘れてたよ。当時の俺は目一杯だったから、ずっと涙目になって弾いてて、俺にとってはミスタッチせずに弾けるかどうかが問題であって「重く弾こう」とか「音楽的にこうだ」とかって言われても「わかったけど、そういう問題じゃないんだよパパ!」みたいな状態でやってたわけだよね(笑)

(一同笑)

宮川:

ずっと忘れてたけれど、確かに宮川泰は、僕の横で指揮を振りながら「こうだろ?ここで、こうきて、こうなって、一拍休んで、こう入るんだろうが!」と、僕のことをコーチしてたんだ。それは音楽家と音楽家のバトンの受け渡しだし、親子のバトンの受け渡しでもあるし……作曲家と演奏者でもあるし、複雑なバトンだよね。いろんなものがそこに込められてたんだなっていうことを思い出したんだ。それからは、自分の子どもに対しても「背中を見せるだけじゃなくて、伝えるべきことは折に触れて伝えていこう」ってちょっと悔い改めたんだよ。たまに帰って来ては家の中を攪乱して銀座にサヨナラ、みたいな親父でさえそれをやっていたんだから(笑)。俺自身は宮川泰よりもうちょっといい父親だと思ってたけど、それだけじゃだめで、「ここぞと思ったときに大事なことを伝えていかなきゃ、生のバトンを渡さなきゃ」ということは思い始めた。

G:

泰さんが忙しくてあまり帰宅しなかったり、帰って来ても真夜中だったからあまり話を聞けず、ヤマトの最初の73曲を1カ月で作った苦労を聞けなかったという話をうかがったことがありますが、実はパイプオルガン収録の時などに、バトンは手渡されていたのですね。

宮川:

そう!僕は、譜面をコピーしたことで、あの世とこの世を越えたレッスンを受けたんだなと、前はそう思っていたんです。ところが改めて、「横でお父さんが泡を吹かんばかりに指揮したり、ああだこうだって言ったりしてくれたな」ということを、非常に懐かしく、まるで今の自分を見るように思い出せたんだよね……。不思議なもんだよね、記憶ってずっと眠ってて、何かの拍子に引き出しを開けると、ずるずるって出てくるんだね。

Q:

耳コピだけではなく、彬良さんご自身で作曲された部分もかなりあると伺っていますが、音楽的なバックグラウンドも違い、それぞれの個性の違いもある中で、原作から書き起こした曲とご自身の曲とを同居させるにあたってどんなことを考えられましたか?

宮川:

その問いに答えるとすると「何も考えなかった」というのが正しい答えかな。最初は少し自信がないから、音響監督の吉田知弘さんに聞いてもらって「いいんじゃないですか」と、周りの言葉を引き出してから書いていました。でも、録音を経て最終的にできたものを並べてみるとまったく違和感がない。これは不思議なことだよね。まったく作風も違うし、親父が書かなかったような曲もあえて書いているのに。これは「2199」での種まきがすごく上手だったからだと思います。出渕さんが「『若者が大志を抱く』というメロディーがないから作って欲しい」と、ガミラス国歌を用意してくれたんです。そのまま「2202」になだれ込んだんだけれど、自分だけではなく周りのお客さんにも「違和感がない」「彬良さん、よくぞうまくやってくれた」といちいち言われるくらいだったから、良かったなと。

Q:

はい、まったく違和感がなく。

宮川:

影響を受けた・受けないというのは作家なら誰でもあるものだけれど、「ハーモニー」という名のおしゃれに対するあこがれとか、「メロディー」という名の大きな竜のような曲線美とか(笑)、「リズム」という名の格好良さ、そういうものに対する憧れは、DNAによるものか経験から来るものかはわからないけれど、感覚はやっぱり一緒だよね。そして、決して「時代を表現しよう」と躍起にならないということかな。まぁ、お父さんの方が多少躍起になってたかな……いやいや、でもエンディングが「真赤なスカーフ」だもんな。

(一同笑)

宮川:

あれは時代的にはめちゃくちゃ遅れていたよ。中学生のとき、あれだけは認められなかったもんね。「お父さん!今更マヒナスターズは時代が違うんじゃないの?」って(笑)。いい曲であることは確かだし、僕も大人になってからは理解できたけれど、あれは流行を何とも思ってなかったっていう1つの証拠だよね。もう1つは、コンピューターを使わなかったということ。宮川泰自身がコンピューターを使わなかったし、音楽の中でコンピューターを一切使わなかった。だから、僕もそこは同じ。使えないからというのもあるけれど。

Q:

別録りすらされてないんですよね。

宮川:

一発でやるのが音楽だと思っているからね。だからこそ「宮川音楽」みたいなものが自然とうまくジョイントされたのかもしれない。でも、お父さんもノってるときは全く問題なかったと思うんだけど、「似て非なる曲を書いて欲しい」と言われると作家は本当に困るのね。戦闘シーンの曲には本当によくできているものがたくさんあるんだけど、「今回は敵も違うので、ああいう感じのものをもう一曲」と言われてしまうわけ。その累積が900曲以上でしょう?すごい地獄を見たわけだよね。もう、前のと同じ曲でもいいんじゃない?って思うけれど。

(一同笑)

宮川:

でも、果敢に「もう弾が切れているのに戦っている」というのがわかって、お父さんは本当に偉かったんだなと思う。「さらば」の曲の中でもいくつもあったからね。

「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち」第三章から、必死で戦うヤマト。



Q:

そこから「さらにもう一段階、何か出してくれ」と言われたこともあったんですよね。

宮川:

そのもがいている姿こそが、イコール「ヤマト」だったということにも今回は気がつきました。「ヤマト」とは「もがき」「あがき」なんだよ。なぜ戦艦大和だったのかというところから全部ひっくるめて。だって、ヤマトじゃなきゃだめじゃない、「宇宙戦艦ナガト」じゃだめじゃない(笑)

(一同笑)

宮川:

とにかく「ヤマトでなきゃダメ」だし、「これがないとヤマトじゃない」んだよね。最初にやりたかったこの1つには、太平洋戦争を宇宙に置き換えるということも根底にあったわけでしょう。だから、この作品はいろいろなものを背負っているんだよ。それは社会性だったり哲学だったりする。そこで、じたばたしないと、もがかないと、ヤマトじゃないんだよね。

Q:

なるほど。

宮川:

そのヤマトをお客さんがどう見ているのか、一緒にもがいてくれているのか、一緒に考えてくれているのかわからないけれど、俺は「さらば宇宙戦艦ヤマト」の最後のシーンは嫌いだったんだ。戦争に関してはものすごく丁寧に勉強する学校にいて、例えば夏休みの宿題には「きけ わだつみのこえ」の感想を書けと言われたりしていたから、あのシーンを見たときに「これって特攻隊と一緒だよね」というのは高校生でもわかった。……だけど、かっこいいわけだ(笑)。ヤマトが突っ込んでいくと「さらば地球よ」って、男声合唱のアカペラで流れてきて、ジーンとする。「俺って何なの?」ってなるよね。

(一同笑)

宮川:

そこでもがきはじめるんです。武器って、かっこいいじゃない。戦艦も大きな武器だし、俺もモデルガンをたくさん持ってた。だって、かっこいいんだもの。一方では人殺しの道具でもある。そうなると「俺って何?人間って何?」って。頭ではわかっているのに、感覚は正反対だったりする。でもそこで、もがいたり、考えたり、答えの出ないことを討論し合ったりして、「人の場合は全然違うんだ」というのを知ることが「ヤマトを引き受ける」ということの正体なんだよね。

どうしてこんなものに取り憑かれたんだって思うけれど、あのときに「病気」にかかってしまったらもう、一生付き合っていかなきゃならない。カミュみたいな話だけれど(笑)、「天国と地獄」両方を見せてくれるのが、親子の付き合いだし、本当の伝承になるんだろうと、そう思います。

Q:

先ほど、当時と今では映像面の情報密度が全然違っているというお話がありましたが、当時と同じ密度で音楽を作ると間延びしてしまうという感じなのでしょうか。

宮川:

「間延び」というか、単純に合わないという感じかな。どういう用語が正しいかわからないけれど、なんだかちぐはぐに思えるんです。もし同じ密度の音楽にしたら「どうして絵も昔のままにしてくれないんだ」と感じてしまうと思います。これについては僕も考えるところはあって、今の映画音楽やアニメ音楽には、メロディーをすっと歌えるものが少ないんじゃないかなと思うんです。

Q:

一個の楽器が突出しているのではなく、同じくらいの立ち位置で楽器をたくさん重ねているからメロディーが残りづらいんでしょうか。

宮川:

今はシンセサイザーを使って楽器を自由に重ねられるから、「すべての色を混ぜる」ようなものでサウンドが似たり寄ったりになり、メロディーをわかりにくくしているという面はあると思います。でも、実際のところ、野太いメロディーをあてがうと「それはいりません」って言われるんだと思うんです。映画音楽だと、リズムだけ「ドゥンドゥンドゥンドゥン」と刻んでいるとか、重低音が「ズーン」って鳴っててたまにちょっと違う楽器が入るとか、いっぱいありますよね。その理由の1つは、視覚情報がクリアになったことで、映画全体の情報量のかなりのところまで視覚情報が使ってしまっているんじゃないかと。

Q:

音まで主張してくるとうるさくなってしまう?

宮川:

そう、メロディーはいらなくて音楽の空気感だけでいいよと。

Q:

「抽象的」になってるんでしょうか。

宮川:

音楽自体が抽象的になってるとも言えるけれど、でも、空気感のほうがそこに具象でありそうな音で、メロディーの方が究極的には抽象かもしれないよね。そこはすごく難しい問題だけれど、情報が埋まってしまって「メロディーはいりません、空気感だけください」っていう事例が多いんじゃないかと思うんだ。そういう監督とは仕事をあんまりしたことがないので、想像だけれど(笑)

(一同笑)

宮川:

それで、結果的にはちょっと歌えないようなメロディーの方が情報のバランスが取れるのかもしれない。昔の映画だと、フランシス・フォード・コッポラ監督の「ゴッドファーザー」って、メインテーマがすごく有名だよね。いろんなところで使われていて、見ている人はものすごく飛躍して自由にイメージすることができる。そういうとき、映像は黒が滲んでたり飛んでたりして、被写体の細かいところは何かがわからなかったりする。昔のフィルムって、観客が想像力のスイッチを入れなければいけないものだったんだろうね。レコードも、最初にバチバチバチバチってノイズが入るけれど、あれで想像力のスイッチが入れるんだよ。「これから聞く音はダイヤモンドの針が、ポリ塩化ビニールをひっかく音です。だけど、本物の音に聞こえますよね」って。

(一同笑)

宮川:

CDは本当に音がクリアで、「そのもの」が出てくるし、伝わるでしょう。そうなると、受け取る側の脳の構造やシステムが違っていて、想像力をフル活用するのが昔の映画やアナログレコードの楽しみ方だったんじゃないかなって。想像力というのは作り手が半分、そして受け取り手が半分、これで正常なんじゃないかというのが僕の主張です。証明できたわけじゃないけれど、「ヤマト」の仕事をしていると、かなり音楽を尊んでくれてるし、スタッフ全員が音楽を聞かせよう、音楽に語らせようとしてくれている。そういう意味では、「ヤマト」は最後の砦の一つかもしれないなって思う。

Q:

視覚情報が増えた分、メロディーが失われるというお話がありましたが、「2202」で宮川さんはより作り込んだ音楽を用意されています。

宮川:

そのあたりは羽原監督とも話し合って、ヤマトの色味をちょっと暗くしているのはそのせいだよね、というようなことを一つずつ検証・証明していけたら頼もしいなと思っています。

Q:

なるほど。昔のアニメって結構脳内で補完していて、実際に見たら「あれ……こんな絵だったっけ」ということがありますもんね。

宮川:

そうそう。だから「2199」「2202」の情報量がどうなってるかっていうのはちょっと興味があるところだよね。だけど、本当の宇宙空間だったら音もしないわけですよ。それに宇宙空間なら戦艦はどっちを向いていてもいいのに、みんな上を向いて向き合ってる。その時点で、ヤマトというのは想像力を結構使わないと見られないぐらいのファンタジーになっていて、そこにリアルさを求めてしまうと、これはまたちょっと「ヤマト道」から外れてしまうのかもしれない(笑)

(一同笑)

宮川:

そういう点では、ヤマトというのは他の作品とは情報の種類や使い方が違うのかもしれません。豪勢に録音もさせてもらっているけれど、もっと他の切り口でもみんなが興味を持ってくれないかなと思うことはある。たとえば、一発録りしているところをリアルタイムで中継するとかね。それが今、どれだけ貴重なことか。昔はスタジオというのは学校みたいなもので、みんな、音大を出たらスタジオっていう次の学校に入っていたわけ。そこで、いろんな音楽のスタイルや、プロとしてどうやって取り組んでいくか、そのいろはを学んでいた。

Q:

ほうほう。

宮川:

今は「別録り」で、そもそも作曲家は曲をコンピューターに打ち込んでくるので、コンピューターだとちょっと飽き足りない楽器だけ用意して、そこだけ録る。たとえば、弦を録って、そのあとでフルートを録ったりするけれど、弦の人とフルートの人が会うことはない。もう、コミュニティ自体がないよね。そうなると学校自体がなくなってしまうことになる。

Q:

今回は豪勢な一発録りだったとのことですが、あえての一発録りというのは、明快な違いがあるからですか?

宮川:

1つは、僕がそれしかできないというのもあるけれど、少しでもそのことを際立たせようと、わざとやって一石を投じようとしているところはあります。

Q:

学校みたいなものがなくなって欲しくないという気持ちもありますか?

宮川:

僕はそこで学んだからね。「これは4ビートでやるのはやめて、ボサノバで行こう」って言ったとき「え?ボサノバってどうやるんですか?」って言われちゃったら、そこでスタジオっていうビジネスはなくなるわけです。みんなが共通のぼんやりとしたスタイルを共有していて「ああ、ボサノバってアレね。これでいいよね?」っていう風に出てくるのがスタジオの宝だったから。そこにもっとうまいミュージシャンが来たり、新時代の風を吹かせるミュージシャンが「いいねー、君のドラムは新しいねー」っていうこともあるし、一方では呼ばれなくなるミュージシャンがいたり。

Q:

切ないですね。

宮川:

切ないけれど、時間給でやろうとみんな決めているから。その代わり、1時間1万円とか他にはないだろうと。だから割り切っている。みんなベンツとか乗ってくるけれど、電話が来なくなったらおしまい。おしまいといっても完全に仕事がなくなるわけじゃないから、今度はツアーに行ったり、自分のやりたいオーケストラを作ったり……まさに、それが僕の学校だった。

Q:

先ほど、お父さんが作られた元からある曲のほかに新曲を作るとき「何も考えないのがコツ」だとおっしゃっていましたが、曲作りにおいて刺激になる部分、材料となる部分はどういうところですか?

宮川:

僕の場合、実は「タイトル」というか、「漢字二文字くらいで表してほしい」といつもお願いしています。仮でもいいので、「情念」なのか「情感」なのかとか、戦いの曲であっても「一進一退」とか「連戦連勝」とか書いてくれると、夢がすごく広がります。あとは「できあがったコンテの、このコマからこのコマまで音楽が欲しい」と言われると、それはそれで腕が鳴ります。つまり、とても具体的にお題をもらうか、ものすごくアバウトにもらうか、そのどちらかが自分を刺激するという感じです。それも、想像力をかき立てられるということなんでしょうね。

空を埋め尽くすほどの、白色彗星帝国の艦隊。



Q:

ほうほう。

宮川:

さっき「ヤマトは『もがき』」って言ったけれど、僕は今回、頼まれていない曲を書いたんです。タイトルは仮だから言えないけれど、8月に録音しました。思い付いたからメロディーをピアノで弾いて「こんなのが聞こえてきちゃったんだけれど」とスタッフに伝えたら「どこで使うかは別として取っておきましょう」と言ってくれたので、もがいてもがいて作ったのね。そのあてどない曲を「これ、何かあるかもしれないんだよね」って作るのは、業者が言われた通りのものを作って流れ作業で録音して「できました」「ありがとうございました」「またよろしく」とは違うやり方だよね。ヤマトだからこそ「これ、もしかしてかっこよくない?新しくない?ヤマトっぽくない」って、いろんな方向にもがく。自分も、作曲でもがこうと思ったんだよ。それが何の曲かは実際のところ使われないかもしれないから、お楽しみにー、ってことでね(笑)

(一同笑)

Q:

頼まれていないのに勝手に書いて持って行っちゃうというのは、ヤマト以外でもあることですか?

宮川:

ないことはないけれど、その場合は最初にもうちょっと話し合いがあったりするかな。そもそも、僕のヤマトって結構そんな感じで始まったのよ。浪人中にお父さんから「おまえ、1曲書いてみろ」「一応戦闘シーンって言われてるから」って。それで僕なりに書いてみたら「なんか西さん気に入ってたぞー」みたいな、そんなところからだったんだ。そのときのマインドを自分にもう1回蘇らせたい。あのころのスタート地点をもう1回感じたいなって、そう思いました。



G:

宮川さんのヤマトとの出会いは中学生の時だったということでしたが、ちょうどそのころ、放送に影響を受けて「宇宙船に乗っていこう」という曲を作ったというお話があります。周囲でもヤマトで盛り上がっていましたか?

宮川:

それが全然でね(笑) 1学年2クラスだったから、だいたい同学年に80人ぐらいいるよね。その中で、3人しか見てなかった。放送は中学2年のときで、バンドを中1の終わりぐらいから本格的に活動を初めていたから、どんぴしゃだったんだね。

G:

なるほど。

宮川:

うちの学校はちょっと変わっていて、9月か10月にまず「演劇祭」があって、文化祭は11月だったと思うんだよ。

G:

ちょっと遅めなんですね。

宮川:

10月からヤマトの放送が始まっているでしょう。ということは、そこで見たヤマトに感化されて「宇宙船に乗っていこう」っていう曲を作ったに決まってんだよ(笑)

G:

なるほど(笑) 放送を見て、すぐに作ったぐらいのタイミングですね。

宮川:

その日に作ったよね、みたいな(笑) 曲としては「宇宙船に乗っていこうー、トゥントゥントゥトゥトゥトゥートゥトゥンンタンタン」って、幼稚な曲なんです。サビはタンバリンとベースのソロになって「ダダン、トゥットゥットゥットゥッ、ダダン。敵機来襲、方位、下げ!」って。「波動砲」とはさすがに言えないから(笑)「光線銃、用意!」「光線銃、発射!」って言って、オルガンの高いキーをピーッて押すのね。それから昔のギターアンプにはスプリングのリバーブっていう装置が必ずついてて、揺らすと「ドカーン」っていう音がするのよ。それでオルガンの後にギターアンプを揺らして「ピー、ドカーン」ってやって、3人で「やった」って言うと2番が始まるの(笑)

G:

すごい(笑)

宮川:

そのころ、俺の中ではすべてのことがビッグバンみたいにいっぺんに起きていたんです。まずはビートルズみたいなバンドがやりたいでしょ。それにELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)の影響でオルガンも弾きたかったし、「宇宙戦艦ヤマト」の情報も入れたい。そして、俺はやっぱりミュージカル風の曲、演劇的な音楽になっちゃうということも薄々わかっていて、その4つの要素がいっぺんに入ったんだよね。それで次の年、中3になって文化放送の「ハローパーティー」という番組でやっていた素人バンド合戦に出て、ウィークリーチャンピオンになったんです。マンスリーでは大学生のバンドとかとやり合って負けたけれど、番組の人からは「中学生でこの企画力はすごい」って言ってもらいました。

G:

おお……すごいですね。この「宇宙船に乗っていこう」はヤマトの影響を大きく受けていますが、それ以前からアニメを見ていて衝撃は大きかったですか。

宮川:

アニメは人並みには見ていたと思います。「マジンガーZ」は大好きだったし、「ガッチャマン」なんかもむさぼるように見てた。ストーリーは覚えていないけど(笑)、鳥みたいなのが来て、かっこよかったのは覚えてるし、ボブ佐久間さんの音楽は最高だったよね。あとは「スーパージェッター」も好きだったし、「宇宙少年ソラン」もかな。あとは「ジャイアントロボ」に、飛行機になる……「マグマ大使」か。あの辺はもう、心を完全に奪われてたよ(笑) 一番鮮明に覚えているのは「魔法使いサリー」かな。俺はサリーちゃん世代で、第1話を克明に覚えていますよ。男の子でも全然オッケーだったし、夢のある話だったしね。そのあと、ヤマトまでアニメというかテレビまんが、大好きでした。

G:

そこへ「ヤマト」がやってきた。

宮川:

それまでのものが一切、全部押し入れに入っちゃいました。「○○世代」って言うようになったのはヤマトからだよね。さっき「サリーちゃん世代」って言ったけれど、ヤマト以前は世代という発想はなくて、十把一絡げだった。ヤマトからは「ヤマト世代」「ガンダム世代」って、世代別ファンの地層がうずたかく積み上がってるよね。それまでは、サリーちゃんは大人も知ってたし、ウルトラマンは大人も横で見てたな。ウルトラQなんてみんなのものだった。

G:

なるほど。

宮川:

「8時だョ!全員集合」も、「俗悪番組」って言いつつ内容は校長先生も知ってた(笑)。だけど、ヤマトからは、世代を外れるとストーリーとかあまり知らないでしょう。それに、団塊の世代はヤマトを一切知らない。そこは盲点だよね。

G:

先ほど仰ったように、スパッと地層みたいに分け目がついている。

宮川:

そうそう、その第1号が「宇宙戦艦ヤマト」だよ。あそこからカルチャー、文化が始まったから、宇宙戦艦ヤマトブームは1974年の10大ニュースみたいなのに入るほどの大きな事象だし、だからこそ責任もあるのよ。

G:

「さらば」の時に大きな社会現象になったということは羽原監督をはじめとしたヤマト世代の方からの体験談を伺いましたが、始まりの時点でも線が引かれていたんですね。

宮川:

そうですね、オタク文化第1号ですよね。

G:

ちなみに、放送時にヤマトの音楽をお父さんが担当しておられることはご存じでしたか?

宮川:

もちろんです。

G:

事前に曲を聞くことはありましたか?

宮川:

それはなかったんだよね。「今度『ヤマト』っていうやつの曲をパパが作ってんのよ」ってお母さんから聞いて、それで「へえ」って思っただけだった。僕らはその前の作品の「ワンサくん」っていう作品が大好きだったので、ヤマトは「へえ」「何じゃそりゃ」くらいの感じだった。ヤマトの放送が始まった日も、お袋と妹は「アルプスの少女ハイジ」を見てたので、俺はヤマトというのが始まるらしいということで、もぬけのからになったおやじの寝室で、ベッドの上で横になってポータブルテレビで見てた。

G:

当時、ライバルとして「ハイジ」がとても強かったと聞きますが、宮川家でもハイジが強かったんですね。ポータブルテレビがあってよかった。

宮川:

妹からハイジは奪えなかったんだよね。でも、ポータブルテレビで見たからこそ衝撃が倍加しちゃったのかもしれないけれど(笑)

G:

日本テレビ音楽で2001年に行われた宮川泰さんへのインタビューの中で、彬良さんのことを「あいつはスゴイよ!(仕事を)手伝ってくれた事は何度もあるけど、彼を手伝った事はない。新しい『戦艦ヤマト』の編曲も、頼んで録音してあるんですが、ミュージシャンが録音の時、僕のところへ“いい!”とわざわざ伝えに来るんですよ。」とおっしゃっていて。

宮川:

あはは(笑)

G:

「でも、追い抜かれるっていうのは淋しいね」ともおっしゃっているんですけれど、彬良さんご自身として「ここで父親を超えたな」みたいなところはありましたか?

宮川:

実感としては全然一個も超えていないです。だけど今、僕の子どもたちが後ろに3人立っていて、もう超えたくてしょうがないと思っているところで「俺はまだ親父を超えてない」なんて言ったら、思いが分裂しちゃうじゃない。だから、もう「生まれた瞬間に超えてるんだ」と思うくらいがいいんじゃないかなって思っています。親ってのは一生超えられないし、親を超えるなんて無理。でも、それをあえて違う尺度で見れば、超えてることはいっぱいあるよ。

G:

(笑)

宮川:

俺は子どもたちに「頑張れ頑張れ、超えられるさ。いや、もう超えているよ」って言えるしね。じゃあ俺は親父を超えているかっていうと「とんでもねえ」って思うけど(笑)、物差しが変われば超えてるよ。たとえば……「すね毛の量は超えているよ」とかさ(笑)。そんなことだっていいんだよ。うちの娘は2人とも留学していて、1人はフランスに6年、もう1人はニューヨークに4年いるんだけれど、俺は留学なんて怖くてできなかったから、それだけですごいよ。フランス語喋ってるなんて、俺を超えていることは確かじゃない(笑) そんなのはいっぱいあるからね。だから、「超えたな」という瞬間は……そうだね、指揮をしてるときに、ときどき「お父さんは『指揮の仕方は彬良の方がうまいことやるなあ』って言ってたけど、ああ、そうか、お父さんはこれはできなかったんだ」ってよぎることはあるけれどね。

G:

なんだか素敵な関係ですね。かつては泰さんと比べられることが嫌だったとうかがいましたが、こうしてお話をうかがっているとどこかではっきりと切り替えるポイントがあったのかなと感じます。

宮川:

比べられるのはみんなやはり嫌なものですよ。やっぱり、自分も親になったことで切り替えられたのかな。そういえば、僕が独り立ちしてなんとか軌道に乗った感があったのが20代半ばぐらいかな。「彬良はすごくいいね」とあちこちで言われはじめて、一回、僕への電話が親父の仕事場にかかっちゃったという間違いがあったんです。その人は親父と延々と話をしていたんだけれど、どうにも辻褄が合わないことに気付いて「あれ?彬良くんじゃないんですか。失礼しました」って。それで親父が、天地がひっくり返るくらい怒ったことがあるんだけれど(笑)

G:

なんと(笑)

宮川:

さすがにその時は「嬉しい」が雲に隠れちゃうぐらいの嵐だったらしいけれど(笑)、そういうことが何度かあって、今まで「宮川泰さんの息子さんの彬良さんです」と紹介されていたのが、シャレかもわからないけれど、「みんなが知ってる『クインテット』に出てる彬良さんのお父さんが、この泰さんなんだよ」っていうシチュエーションもでてきた。それは僕が40代になってからだったけれど、そういうことを面白がってネタにしたりしていたよ。

G:

ふむふむ。

宮川:

親というのは偉大なるバネでもあるから「悔しい」「乗り越えたい」という思いは活力の源になるよ。だって「なんで俺はできないんだ」って、悔しいもの。先ほど、超えたかという質問があったけれど、超えたか超えないかは自分次第。だけど、活力には使えるなって感じだよ。人生、なんでもいい方に考えればいいのよ。

G:

なるほど、ありがとうございます。お父さんがたくさん曲を作られた上に、重ねるように宮川さんは「2199」「2202」で新たな曲を多数作られていますが、「ヤマト渦中へ」をはじめ、まるで昔からあったかのように愛される曲が出てきていますが、新たな定番といってもいいこれらの曲はどうやって生み出されたのですか?

宮川:

それはもう、こちらが聞きたいぐらい(笑) ただ、最初はちょっと恥ずかしいぐらいの感覚がありました。どうかな、使えるかなって。

G:

ええっ、意外です。

宮川:

あの「天国と地獄」とか「ハンガリー舞曲」を思わせる「ブンチャブンチャ」というのが、あまりにもオーソドックスというか、古めかしいというかね。音響監督の吉田さんに「ちょっとこれはやりすぎかな?」って聞いたら「いや、最高ですよ」と言ってくれて。ふたを開けたらみんな喜んでくれた。

G:

宮川さんとしては、意外なほどの反響でしたか?

宮川:

そうそう。考えていないからそういうことが起きるのであって、狙ったところには行かないですから、勘を信じろということでしょうね。

G:

多くの新たな曲を作って来られて「ここはうまくできた」「苦労したけれどいいものができた」というものはありますか?

宮川:

苦労せずに自分の得意分野だなと思って作ったのは、加藤三郎と真琴の子ども・翼にまつわるシーンのメロディーです。ちょっと儚いんだけれど、それは「自分のメロディーだな」と心から思う。それから……「タンタンターン」っていう、主題歌の「さらば」と同じモチーフからはじめて違うメロディーになるものが出てきます。これはちょっと思い切った挑戦です。

コスモタイガー隊の加藤三郎(左)。長男・翼のこともあって旅立つヤマトへは乗船していませんでした。



G:

それははじめて聞くとビックリしそう……。

宮川:

明らかに違うメロディーなんです。そういった、これまで封印してきたことや、あえてやらなかったことを能動的にやることで、あのヤマトの「もがき」度をどんどんアップしていて、よりヤマトらしくもがいた曲を作り続けていきたいと思っています。

G:

なるほど、その曲が劇場に響き渡るのが楽しみです。本日はありがとうございました。

宮川:

ありがとうございました。



ちなみに、「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち」第三章 純愛篇は2017年11月3日(金)まで劇場公開中。YouTubeで期間限定配信ながら冒頭10分の配信も行われています。

『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』第三章 純愛篇 本編冒頭10分【期間限定公開】 - YouTube

©西義展/宇宙戦艦ヤマト2202製作委員会