今年1月に放送され話題を呼んだ、NHKスペシャル「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」。この番組で紹介されたのは、「広島のマザー・テレサ」とも呼ばれる中本忠子さん、83歳です。彼女は非行に走った子どもたちを更生させるため、自宅を開放し、毎日子どもたちのために手料理をふるまっています。40年間で200人以上の子どもたちを更生させた「広島のマザー・テレサ」


中本さんのところにご飯を食べにくる子どもは、さまざまな家庭事情を背負っています。親が刑務所に入っている、アルコール、薬物、ギャンブルなどにお金を使ってしまう、虐待されているなど…。満足に食事を食べられない子どもは、万引きやカツアゲなどに手を染めるようになります。保護司をしていた中本さんは、おなかをすかせた子どもたちのため、食事をつくって家に呼ぶようになりました(保護司とは、保護観察官と相談しながら、犯罪を犯した人の更生を手伝うボランティアのこと)。「大人は信じられない」と口をそろえる子どもたちが、中本さんだけには心を開き、「ばっちゃん」と呼び慕います。40年近くで、200人以上の子どもたちが更生していきました。中本さんを8年にわたって取材していたNHKディレクターの伊集院要さんが、このたび「ばっちゃん」の活動をまとめた本を出版しました。そこで、ばっちゃんと子どもたちを身近で見続けてきた伊集院さんに、ばっちゃんの活動やお人柄について聞いてみました。


Q:「ばっちゃん」を知ったきっかけはなんですか?

広島に赴任したばかりで「原爆についてなにかネタを探さなければ…」と、爆心地にほど近い小学校を取材したのがきっかけです。その小学校が「ばっちゃん」の暮らす基町にあり、校長先生と雑談していたときに、「この町にはマザー・テレサがいるんです」と聞いたのがすべての始まりでした。Q:365日、24時間子どもと向き合うばっちゃんには「すごい」という言葉しかありませんが、最初に「この人はすごい」と思ったポイントは?

最初にばっちゃんと子どものやりとりを見たとき、自然と涙が出ました。理由はわかりません。たぶん、私の中で「不良少年に会う」と身構えていたにも関わらず、実際に目の前に現れたのが「見たことがないほどすれていない純朴な少年」で、その少年のギャップのなかに、ばっちゃんのとんでもないすごさを感じたように思います。


Q:ばっちゃんのところに来る子どもたちを見て感じたことは?

とにかく「子どもがこれまで背負ってきたものはどれほど大きかったか」、「非行に走らざるを得なかったにも関わらず、非行に走ったことでどれだけのものを失ってしまったか」、「誰かがいれば、ここまで変われるという事実が突きつける、子どもの可能性とそれを無視してきた社会の罪」、「非行に走ったことで、将来にわたって抱えてしまったであろう困難」といったことを感じました。ただ、犯してしまった罪自体は許されないもので…。日本語の「切なさ」とは、こういうことかと感じました。Q:とくに印象深かったことは?

いちばんは、来る日も来る日も、しつこくばっちゃんに「なぜこれほど大変なことを続けられるのか?」と質問していたある日、「子どもから面と向かって『助けて…』と言われたことがない人にはわからないんじゃないの」と言われたことです。Q:伊集院さんから見て、ばっちゃんはどういう人ですか?

飄々としているようで、鋭く…。すごみがあるのに、隙だらけ、そんな人だと思います。


めまぐるしく変わる社会。生きづらさを感じる大人こそ、ばっちゃんの価値観にふれてほしい

Q:觥合8年もばっちゃんを追い続けることになるほど、なぜばっちゃんにひかれたのでしょう?

NHKでは福祉の番組を担当していたので、「弱い人たちのために…」と正義感をもって仕事をしてきたつもりでした。でもばっちゃんに出会って、それがいかに表面的であったかということを見せつけられました。中本さんと接しながら、「私はなんのために仕事をしているのか、テレビをつくっているのか」と、自分自身を見つめていたのだと思います。Q:ばっちゃんとのおつき合いで、伊集院さんが得たものとは?

視野が広がり、思考が多面的になり、安易に物事をわかったつもりになることがなくなったように思います。長い間接してきたので、私も中本さんの感覚を少しだけ習得したような…。中本さんは、「飄々としているのに鋭く、すごみがあるのに隙だらけ」という人なんです。中本さんが8段だとしたら、私は、まだ2級くらいですが…。ジャッキーチェンの『酔拳』のような感覚で仕事ができるようになりました(笑)。


Q:ばっちゃんの活動を追い続けることが、もはや伊集院さんのライフワークだそうですね。

今回出版した本は、書き始めてから半年以上かかったのですが、どんどんどんどん、本のテーマが、社会のムードと合致してきたように思います。たまたまですが…。「排除」というひと言が時代を左右した今、この本を手にとって、読んだ人がなにを思うのか、私自身も楽しみです。私はけっして清廉潔白で“正しい”と胸を張って言える人生を歩んでいるわけではありません。失敗もあれば、自分の醜さに嫌気がさすこともあります。多くの人を傷つけてきました。でも、友人たちと話していると、そんな感覚を持って生きている人は多いのではないかと思います。そんな人たちが暮らしている社会のなかで、日常的に“排除”が行われ、ぼんやりしていると、すぐに、「正しい」と「正しくない」や、「勝ち」と「負け」に分けられてしまいます。
めまぐるしく変わる社会の「オフサイドライン」。人間も成長し、知恵をつけ、今を生きる人のなかには、そのラインを巧みに操ったり、その法則を見抜いた人たちもいます。
一方で、その「正しさのライン」が動いているということに気づかずに、昔ながらの感覚で生きている人も大勢います。そんな大勢の人たちが、最近「生きづらくなってきたな」と感じているようです。
そんな時代、そんな社会に、中本さんが長年大切にしてきた“価値観”は、“漢方薬”になるのではないかと思っています。本を読むというより、漢方薬を飲むような感覚で、手にとっていただけたら幸いです。Q:本書から得てほしいこと、読んでほしい読者層などは?

“大人”に読んでほしいです。今、子どもの人は、“大人”になったら、ぜひ読んで欲しいです。理由は、読めばわかるかもしれません。この本は、「●●ができる7つの方法」、「成功する人は6つの■■を持っている」といったわかりやすい本ではないです。むしろ、読んだ人の頭の中をぐちゃぐちゃにすると思います。でも、それが大切だということを伝えたいです。Q:子どもたちのコメントを読むと、「ばっちゃんは優しい」「怒られたことがない」と口をそろえますが、ユニークな方だそうですね。

番組の放送時、子どもにモザイクをかけたほうがいいか、中本さんのところへ相談に行ったところ、「子どもはモザイクしなくてもエエと思うんだけど、ウチ、シワが気になるけん、ウチをモザイクしてくれん?」と言われたときには大笑いしました。「おなかも気になる」とのことで、おなか周りのモザイクも希望されましたが、断りました(笑)。「子どもの貧困がたびたび報じられ、知った気になっていたが、まったく知らなかったことに気づいた」など、多くの声が寄せられたNHKスペシャル「ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜」は、好評につき、再放送が決まりました。11月3日11時放映予定なので、1月の放映を見逃した方はぜひご覧ください。「おかえりと言って抱きしめたら、子どもは必ず立ち直る」と言う中本さん。子どもとの向き合い方に大きなヒントがもらえると思います。

【伊集院要さん】
1978年、宮崎県小林市生まれ。新潟大学農学部卒業後、番組製作会社、フリーを経て、2009年NHKに中途入局。制作局文化・福祉番組部を経て、現在仙台放送局放送部デスク。福祉ネットワーク「心を映す連続画」でヤングクリエーター賞、ふるさと発スペシャル「ばっちゃん引退」で放送文化基金賞、ゆふいん文化・記録映画祭松川賞受賞。近著に『ばっちゃん 〜子どもたちの居場所。広島のマザー・テレサ〜』(扶桑社刊)がある

<取材・文/ESSE編集部>