【ライターコラムfrom清水】清水入団から23年…引退表明の杉山浩太、静かな背中が語るものとは

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「極端なことを言えば、エスパルスというのが僕にとってサッカーだったし、サッカーというのはエスパルスだったのではないかなと思います」

 小学5年生で清水エスパルスのサッカースクールに入ってから23年間、途中2年間(2008〜09)柏レイソルに期限付き移籍したことはあったが、それ以外はアカデミー時代も含めてエスパルス一筋で現役生活を終えようとしている杉山浩太。10月19日に行なわれた引退発表記者会見で「自身にとってエスパルスとは?」と質問された際に語ったのが、冒頭の言葉だった。

 静岡市内で生まれ育ち、下部組織出身でトップチームのキャプテンとなったのは初めて(2013〜14)。清水に在籍したまま引退するのもチーム初。15年間のプロ生活の中でタイトルを獲ることはできなかったが、クラブの苦しい時期を支え続けてきた貴重な生え抜き選手だけに“エスパルス愛”は本当に深い。

 ケガや故障もあって実力に見合った出場数は記録していない杉山だが、もっともコンスタントに活躍したのがキャプテンを務めた2013年で、この年はリーグ戦34試合中30試合に出場。本職のボランチだけでなく、センターバックとしても多くの試合に出場し、守備面でも頼もしくチームを支えた。

 その前年の末に彼から聞いて、今も印象に残っている言葉がある。

「失点するのがすごく嫌いなんですよ。だから、失点に関心がないというか、『しょうがないな、今の無理だな』みたいな感じが嫌い。『何が何でも止めろ!』って思っちゃいます」

 実際、当時の清水の試合で、ゴール前の危険なシーンを深いスライディングで止めた選手がいて「今の誰?」と顔を見たときに、「また浩太か」と感嘆することが本当に多かった。177cm、68kgという体格の選手が、4バックのセンターとしてJ1の舞台で通用するのは容易なことではないが、細身ながら球際に弱いという印象もまったくなかった。

 元々は広い視野を生かした生粋のプレーメイカーで、ユース時代まではボランチよりも2列目のほうが主戦場。ジュニアユース時代から彼を見てきたユースの加藤慎一郎ヘッドコーチは、「中学時代は身体も小さかったし、浩太がセンターバックをやるなんて考えられなかったですよ」と証言する。賢さを生かして「ボールを奪うのはうまかった」(加藤コーチ)という特徴は当時から備えていたが、杉山がこれだけの守備力を身につけたのは、やはりプロに入ってからのことだ。

 その成長の原動力が、賢さや技術以上に「失点するのが大嫌い」という気持ちの部分にあったことは想像に難くない。

 ひるがえって近年の清水を見ると、杉山の言う「何が何でも止めろ!」という面がチーム全体として不足しているように感じられる。彼が早めに引退を発表したのは、残留争いの渦中にある後輩たちに向けた、一つのメッセージでもある。

「僕は澤登(正朗)さんや久保山(由清)さんが引退するのを若いときに間近で見て、その日の光景というのはずっと覚えています。僕が最後にできる仕事があるとしたら、若い選手や下部組織の選手たちにそういう背中を見せることもあると思います」

 そう語る杉山の背番号6を見ながら、華麗なプレーメイクの面だけでなく、失点を防ぐことへの強いこだわりの面まで含めて、しっかりと記憶に留めておきたいと思う。

文=前島芳雄